第96話 死神ちゃんとうっかりさん②

 地図上で見る限り、〈担当のパーティーターゲット〉は同じ場所をぐるぐると動いていた。その不可解な動きに、死神ちゃんは眉根を寄せて首を傾げた。

 とりあえず、死神ちゃんは現場へと向かってみた。すると、見覚えのあるノームの娘が円を描くようにして必死に歩いていた。そして、彼女は必死になるあまりうっかり足を滑らせて浅めの落とし穴に引っかかった。

 お尻だけを穴に埋もれさせて立ち上がれずにピーピーと泣いている彼女の前に立つと、死神ちゃんは呆れ眼で彼女――うっかりさんを見下ろした。彼女は顔をくしゃくしゃにすると、死神ちゃんの腕を掴んで引き寄せた。



「ふえ~ん! 立ち上がれないよ~! 助けてくださ~い!」


「分かった! 起こしてやるから! だから離せ!」



 死神ちゃんはうっかりさんの腕の中でもがくと、押し付けられた豊満な乳を掴んでぐいぐいと押しやった。彼女は死神ちゃんを離すと、嬉しそうに手を伸ばした。死神ちゃんは溜め息をつくと、その手をとって引っ張り上げてやった。

 うっかりさんは立ち上がると、再会の挨拶もそこそこに再びうろうろし始めた。彼女が一歩脚を出すたびに、どこかしからかピロピロと笛の音のようなものが聞こえてきた。死神ちゃんは顔をしかめると、彼女に声をかけた。



「何でまたうろうろしてるんだよ。お前、さっきそれで穴に落ちただろうが。しかもなんか、ピロピロうるさいし」


「これにはちょっとわけが―― あああああああ!」



 うっかりさんは死神ちゃんに苦笑いを向けると、そのままうっかり足を滑らせて再度同じ穴にハマッた。苛々しながらも、死神ちゃんはもう一度彼女に手を差し伸べた。穴から脱出した彼女はしょんぼりと肩を落とすと、涙を浮かべてポツリと言った。



「ああ、またうっかりやらかした。またうろうろしないとだ……」


「だから、何でうろうろしてるんだよ」



 死神ちゃんが尋ねると、彼女は薄っすらと笑みを浮かべ、そして心なしか恥ずかしそうに俯いた。

 彼女の話によると、今装備している鎧は体力回復の効果がかけられているのだそうだ。事あるごとにうっかりをやらかしては怪我をする彼女は、仲間達から〈傷薬や回復魔法の消費を抑えられるように〉という理由でこの鎧をプレゼントしてもらったらしい。

 本日は鍛錬のために単独でダンジョンに来ているそうなのだが、せっかく素敵なプレゼントを貰ったのだから回復は魔法を使わずに全てそれで賄おうと思い、一生懸命同じ場所をぐるぐると歩いていたのだとか。



「だったら、こんな足場の悪いところじゃなくて、もっと安全な場所を歩けばいいだろうが」


「だって~! うっかり地図忘れてきちゃったんだも~ん!」


「ああもう、いちいち泣くなよ! ほら、とりあえず、教会に向かって歩こうぜ! 一階に辿り着くまでたっぷり時間はあるし、回復もできるだろ。もしくは、回復を諦めて潔く死んでくれ」


「やだもう、死神ちゃん、発言がしっかり死神だよー!」



 うっかりさんは肩を落として泣き喚きながらも、一階に向かって歩き出した。


 とぼとぼと歩く彼女の横を、死神ちゃんはふよふよと漂っていた。ぐずぐずと鼻を鳴らす彼女の様子に、死神ちゃんは面倒くさそうにムスッとした表情を浮かべていた。しかし、段々と険しい顔つきとなっていき、我慢の限界とばかりに頬を引きつらせた死神ちゃんは低い声でボソリと言った。



「なあ、その音、どうにかならないのか? さっきからずっとピロッピロピロッピロ、すごくうるさいんだよ」


「着ている間は鳴り続けるんだよね、これ。回復効果がきちんとかかっているっていう合図でさ」


「じゃあ、脱げ。その音、地味にイライラするんだよ」


「脱いだら回復できないじゃない!」



 ギャンギャンと言い合いながら歩みを進めていると、モンスターと遭遇した。うっかりさんは厳ついメイスを手に敵をしばき倒すと、ドロップしたアイテムをしげしげと眺めて首を捻った。



「ん~、今、ポーチいっぱいなんだよね。指輪だったら、指につけていっちゃおうかなあ」


「何でそんなにポーチがいっぱいなんだよ」


「え? うっかり遭難したとき用の食料とか……」



 不思議そうに首を傾げさせながら、当然とばかりに彼女は答えた。死神ちゃんは溜め息をつくと、呆れて果てて目を細めた。



「持ち帰りたいなら、食べるなり捨てるなりして少し空きを作ればいいじゃないか。そもそも、そんなに食べ物詰め込む余裕が有るなら、地図忘れるなよ。一番大事だろうが」



 うっかりさんは不服そうに頬を膨らませながら、拾い上げた指輪を指にはめた。すると、指輪を中心に黒いもやが立ち込めて消えた。



「げっ、この指輪、呪いがかかってた!」


「……最早、うっかりっていうレベルじゃないな。ただの馬鹿って言うんだよ、それは」



 抑揚なく言い捨てる死神ちゃんをギロリと睨みつけたのもつかの間、うっかりさんはさめざめと泣きながら再び歩き出した。

 うっかりさんが歩くごとに、ピロピロ音の他にチャリンチャリンという音が加わった。彼女は立ち止まると、顔を青ざめさせてポツリと呟いた。



「嘘でしょ、この呪い、所持金が減っていく呪いだ……!」



 うっかりさんは血相を変えて走りだした。一歩歩くごとに効果が発生するのだから、その一歩を大きくとればその分〈教会に辿り着くまでに効果が付与される回数〉も減ると思ったのであろう、まるで飛び石に移るかのごとく出来うる限り遠くへ足を伸ばすように走っていた。その間ももちろん、彼女はピロピロチャリチャリとうるさい音を撒き散らしていた。



「お前、すごくうるさいよ! 本当にどうにかならないのかよ、それ!」


「今、そんなこと話し合っている余裕はないから! 一歩でも少ない歩数で教会に着かないと、死神ちゃんを祓うお金が無くなっちゃ―― ああああああ!」



 そのまま、うっかりさんは深い落とし穴へと消えていった。〈一歩でも少なく〉に集中しすぎて、足元までは見ていなかったのだ。死神ちゃんは呆れ顔でハンと鼻を鳴らすと、壁の中へと消えていったのだった。





 ――――ダンジョンに入る前からうっかりをやらかすのは、正直どうかと思う。準備は万全に。そして、探索やアイテムゲットは慎重に行ってこそなのDEATH。

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