第92話 死神ちゃんと芸者②

 死神ちゃんはとある〈天井の高い部屋〉へとやって来た。〈担当のパーティーターゲット〉の位置はその部屋の一角から一向に動く気配がない。この部屋に一体何があるのだろう、と思いながら、死神ちゃんはこそこそと部屋の中へと入っていった。すると、ターゲットのいる方角から聞き覚えのある楽器の音がベンベンと聞こえてきた。

 音のする方へと近づいていってみると、そこには天井近くまで高く積み上げられた座布団が鎮座ましましていた。



「何だ、これ……」



 座布団を見上げながら、死神ちゃんは顔をしかめた。すると、ずっと聞こえていた三味線の音が鳴り止んだ。



「あらまあ、死神ちゃんじゃあないか。お久しぶりだねえ」



 そう言って芸者はニコリと微笑むと死神ちゃんに近寄り、新年の挨拶を口にしながら死神ちゃんの頭を撫でた。



「なあ、これ、一体どうしたんだ?」



 死神ちゃんが首を傾げさせると、彼女は三味線の弦をばちで弾きながら答えた。



「この街近辺を拠点にしている同郷の者で互助会みたいなものを作ったのさ。で、あたしらの国らしい新年会をやろうじゃないかということになってね」


「それとこの座布団タワーと、一体どういった関係があるんだよ?」



 死神ちゃんが眉根を寄せると、彼女はフフンと不敵に笑った。そしてもったいぶった口調で「だるま落としさ」と言った。死神ちゃんは、理解できぬとばかりに瞬きしながら彼女の言葉をオウム返しした。彼女はゆっくりと頷くと、ベンベンとリズムをとりながら楽しそうに言った。



「凧揚げしようか羽根突きしようか悩んでいたんだけどさ、ダンジョン内に天井高くまで積み上げられた座布団が稀に出現するって聞いてさ。これはもう、それを利用してだるま落としをしようじゃあないかってことになったのさ」



 ただし、座布団タワーが何度もお目見えするとは限らない。なので、やり方やルールに少々手を入れるそうで、ジェンガのごとく一人ずつ座布団を引き抜いていき、タワーを崩してしまった者がこの後の飲み会で発生する支払いの半額を負担するという取り決めにしているのだとか。そして、もしも崩れることなく最後まで綺麗に抜ききることができた場合には、芸者の奢りで景気よく最高級の店に繰り出す予定だそうだ。

 芸者はベンッと豪快に鳴らすと、互助会メンバーを見渡してニヤリと笑った。



「さあさあ、そろそろ始めるよ! あたしの演奏に煽られることなく、慎重に座布団を引き抜くんだよ! ――イヨッ! ホッ! ヨッ!」



 ベケベケと三味線の軽妙な音色が流れ出し、だるま落とし大会の口火が切られた。参加者達は緊張で顔を強張らせながらも、座布団に手をかけ、そして一気に引き抜いていった。時折、芸者が演奏のテンポを早め、それに釣られた参加者が慌てて座布団を引き抜いてタワーをぐらつかせ、苦笑交じりに文句を言っては互いに笑い合っていた。

 死神ちゃんはちゃっかりお茶とお菓子を分けてもらい、のんびりと飲み食いしながら楽しく観戦していた。ふと、死神ちゃんはあることが気になった。隣で三味線をかき鳴らしている芸者を見上げると、死神ちゃんは不思議そうに首を捻った。



「なあ、ところで、この座布団には一体何が座っているんだ?」


「さあ、あたしも実は知らないんだよ。もうじき、てっぺんが見えてくるころだろう? 何がお目見えするのか、楽しみだねえ」



 ニコニコと笑っていた芸者だったが、てっぺんが見えると急に顔をしかめ、そして演奏を中断した。気を取り直して演奏を再開した彼女だったが、座布団の上から降り注ぐ熱視線に、彼女は不愉快そうに顔を歪めていた。

 座布団が減っていくにつれ、ひょひょひょという不気味な笑い声が聞こえるようになった。参加者達は頬を引きつらせると口々に「もう止めて、飲み会しにいこうか」と言い出した。



「素敵なお姫様でも座っていりゃあなあ。テンションも一層上がったっていうのに。やっぱり、ダンジョン内のモノにそういうのを求めるほうが間違っていたってわけか」



 座布団上にてお澄まししている、いかにも馬鹿そうな、顔に白塗り化粧を施した殿様を眺めながら、竜人族ドラゴニュートの忍者が残念そうに溜め息をついた。すると、周りのみんなもげっそりとした顔でそれに同意した。

 もう飲み会に移動しようということになり、彼らは座布団に背を向けた。それと同時にどさりという音がして、彼らは座布団を返り見た。そこには、頑張って座布団を降りようとして失敗し、盛大に転げた殿様がいた。


 殿様は何事もなかったかのようにスッと立ち上がると、「苦しゅうない苦しゅうない」と言いながら一目散に芸者に駆け寄った。そして彼女の帯に手をかけると、思いっきり帯を引っ張った。



「やっぱりそう来るか! だからあたしゃ、芸は売っても体は売らないって言ってんだろ!」



 着物がはだけるのも厭わず、彼女は撥の仕込み刀で殿様の首を刎ねようとした。しかし、殿様は芸者の攻撃を巧みにかわし、そのまま彼女の着物を剥ぎ取ろうとした。



「忍者! 首刎ね!」


「あいよ、姐さん!」



 竜人族は芸者の指示に従い、殿様に襲いかかった。しかし馬鹿そうに見えた殿様は意外と有能で、彼の攻撃を跳ね返した。だが、跳ね飛んだ先は忍者ではなく芸者だった。

 サラサラと散っていく芸者を、忍者も殿様も呆然と見つめた。そそくさと去ろうとする殿様の首を忍者が刎ね飛ばすのを見届けると、死神ちゃんはこそこそと自分の世界へと帰っていったのだった。




   **********




「ほう、冒険者達も新年会をするのじゃのう」



 天狐は興味深げに目をくりくりとさせると、飛んできた羽根を打ち返した。マッコイがそれを打ち返すと、ケイティーが力の限り打ち込んだ。スマッシュされた羽根を拾えなかった死神ちゃんに、筆を持ったケイティーがニヤニヤと近づいてきた。



「して、お花。わらわも実は新年会を開くのじゃ! 町のみなの中でお琴や三味を習っている者達との、一緒に新春発表会を開くのじゃ! 是非とも来て欲しいのじゃが――」



 天狐が喋っている間、死神ちゃんはケイティーから落書きの洗礼を受けていた。ギュッと目を閉じて硬直する死神ちゃんの口の周りに、ケイティーがぐるりと筆を走らせた。

 泥棒ヒゲの生えた死神ちゃんを見て、話し途中の天狐がケタケタと笑い出した。ケイティーもまた、ケラケラと笑っていた。



かおるちゃん、とてもダンディーよ」



 そう言いながら、マッコイも笑いを必死に堪えていた。死神ちゃんは仏頂面でぷるぷると震えると、天狐とケイティーの陣地に向かって羽根を乱暴に打ち込んだのだった。





 ――――このあとすぐ、死神ちゃんは天狐を〈お揃い〉にしてやったそうDEATH。

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