第58話 死神ちゃんとアイドル天使②

「あら、大変……」



 モニターを眺めていたマッコイは表情を曇らせると、ポツリと呟いた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は「ちょっと待って」と言いながらモニターのコンソールを操作した。そして頬に片手を宛がいながら肩を落とすと、苦々しげな表情を浮かべた。



「ああ、やっぱり」


「何だよ。だから、どうしたんだよ?」


「どうやら、あの子が来ているみたいなのよ」



 そう言って、マッコイは死神ちゃんからモニターへと、再びちらりと視線を送った。釣られてモニターに目をやった死神ちゃんは盛大に顔をしかめた。そこに映し出されていたのは教会の内部で、画面内に見覚えのある少女が写り込んでいた。



「ソフィアか……」


「ええ。まだ今日は教会までいていった子が出ていないから、モニターに映り込むまで気づかなかったわ。ちょっとこれは、全体周知や配置換えをしないと……」



 マッコイは素早く腕輪を操作して機械に手を伸ばすと、出動要請の自動振り分けをオフにしながら課長に無線を入れた。そしてトラブル発生を報告すると、全体周知や配置換えの手配を行った。

 それにより、彼女の〈魔の手〉が伸びそうな死神ちゃんはこの日、銀勤務に急きょ変更となった。


 翌日、モニターを見ていたケイティーが突如デレッと様相を崩した。珍しく仕事中に〈プライベートモード〉の表情を垣間見せた彼女を、死神ちゃんは不思議そうに眺めた。そして首を傾げると、死神ちゃんはケイティーに声をかけた。



「なんだ、何か可愛いものでも映ってたか」


「うん、映ってた。あー、いけない。うっかり気が緩んだ。これ、れっきとしたトラブルだってのに」



 死神ちゃんは嫌な予感がして顔をしかめた。案の定、そこにはソフィアが映っていた。ケイティーは課長に無線を入れたあと、不思議そうに首を傾げながらモニターのコンソールを操作した。



「それにしても、おかしいな。この子、いつもだったらお母さんと一緒に一日だけ来て、それで帰るのに」



 死神ちゃんは苦笑いを浮かべながら、彼女の言葉を聞いていた。この日も、死神ちゃんは銀勤務に急きょ変更となった。


 更に翌日、モニターを見ていたグレゴリーが面倒くさそうに頭をボリボリと掻いた。死神ちゃんは顔をしかめると、呆れ口調で彼に尋ねた。



「もしかして、ソフィアですか」


「おお、よく分かったな」



 グレゴリーはつぶらな黄色い目をパチクリとさせながら、課長に報告すべく腕輪をいじった。そして死神ちゃんは、もちろんのごとく銀勤務に変更となった。


 隣の区画を担当している同僚に〈そろそろお昼休憩に行ってきたら〉と促され、死神ちゃんは社内に戻って昼食をとっていた。食堂で日替わり定食を突きながら〈昼寝をしてから戻ろうか、それとももう少し後の時間に昼寝をしようか〉などと考えていると、腕輪がチカチカと光った。突然の無線に首を捻りながら出てみると、グレゴリーが開口一番「小花おはな、俺を助けろ」と言った。



「助けろって何ですか。物々しいな」



 死神ちゃんが唸るようにそう返すと、グレゴリーは「とりあえず、飯食ったら一度待機室に来い」と言ってきた。

 言われた通り死神ちゃんが待機室に顔を出すと、グレゴリーは死神ちゃんをモニターブースに手招きした。



「一体、どうしたんですか」


「単刀直入に言う。お前、俺らのために三日ほど寝込め」


「はあ……?」



 死神ちゃんが怪訝な顔を浮かべると、グレゴリーは頭を掻きながら「実は」と話し出した。それによると、一昨日・昨日と大人しくしていたソフィアは本日とうとう行動を起こしたのだという。なんでも、彼女は祓われ去っていく死神の前に立ちはだかると、物怖じせず死神に近づいていき、そしてこそこそと耳打ちをしてきたのだそうだ。



「その内容っていうのがな〈女の子の見た目のおじさんの死神さんは元気にしてますか〉でな。しかも、誰かしらが教会にいていくたびに、そうやって耳打ちしてくるそうなんだ。だから、お前、ちょっと会ってこい。あの子もお前と会えたら、気が済んで帰るだろうから」


「だから〈寝込め〉なんですね。ていうか、寝込むこと確定なんですか。やめてくださいよ、物騒だな」


「いやでも、多分そうなるだろ」



 死神ちゃんが呆れ眼で頬を引きつらせると、グレゴリーは悪びれることもなくあっけらかんとそう言った。死神ちゃんは溜め息をつくと、金勤務に復帰することを投げやりに了承した。


 教会は安全地帯にあるため、とり憑いた状態でないと死神は立ち入れない。なので、二階をうろうろしている新米冒険者を死神ちゃんが専属で担当出来るようにとグレゴリーは手配した。

 しばらくして、死神ちゃんに出動要請がなされた。死神ちゃんは冒険者にとり憑くと、〈一刻も早く教会に行ってお祓いを受けなければ、お前はカサカサに精気を吸い取られて死ぬ〉と大ボラを吹いて冒険者を脅した。それを鵜呑みにした冒険者は、慌てて一階へと戻っていった。


 教会の祭壇の近くに立っていたのは、いつもの胡散臭い爺さんだった。爺さんは心なしか疲れているようで、少々痩けた頬を必死に持ち上げて笑顔を繕っていた。通常なら一日で帰る〈お偉いさん〉が何日もいるのだ、身も心も休まらないのだろう。

 爺さんの傍で退屈そうにぼんやりとしていたソフィアは死神ちゃんに気がつくと、花開くようにパアと顔をほころばせた。そして爺さんに「まだお祓いしないでね」とお願いすると、彼女は嬉しそうに死神ちゃんの元へと駆け寄ってきた。



「死神さん、やっと会えた! ソフィアね、死神さんに会いたくてずっと待ってたの!」



 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、どこからともなく彼女の叔父である〈おしゃべりさん〉が現れて、冒険者を教会の隅へと連れて行った。ソフィアは死神ちゃんの手を取ると、椅子のあるほうへと向かった。

 彼女は死神ちゃんが腰掛けるのを確認すると、いそいそと死神ちゃんの横に腰掛けた。そして表情を曇らせると、しょんぼりと俯いた。



「この前はごめんなさい。あのあと、お母様に〈死神さんにお歌を聞かせてはいけません〉って怒られたの。ソフィアのお歌は、死神さんの具合を悪くするからって。死神さん、すごく具合悪そうに消えていったから、ソフィア、とても心配だったの。大丈夫だった?」


「お前、もしかして、〈ずっと待ってた〉っていうのは、謝りたくて待ってたのか?」



 死神ちゃんが小首を傾げると、ソフィアはコクンと頷いた。死神ちゃんは優しく微笑むと、彼女の頭を撫でてやった。

 彼女は今回、いつも通り母親の視察にくっついてきたそうなのだが、どうしても死神ちゃんに一言謝罪したかったため、わがままを言ってこの街に残ったそうだ。なので、用事が済んだら叔父に家まで送ってもらうことになっているのだという。死神ちゃんが「あまりお母さんを困らせたら駄目だ」と言うと、彼女は恥ずかしそうにぺろりと舌を出して肩を竦めた。

 死神ちゃんは彼女に笑顔を返すと、ふと周りを見回した。そして不思議そうに首を捻った。



「そういえば、今日は〈お姉ちゃん〉はいないんだな」


「うん、お姉ちゃんはね、今、街の宿屋で寝込んでるの。なんか、踊りすぎたって言ってたわ」



 死神ちゃんは苦笑いを浮かべて相槌を打った。さすがの〈お姉ちゃん〉も、まだあのダンス地獄からのインキュバス・キッスのコンボのあれこれが癒えていないらしい。

 死神ちゃんはソフィアともうほんの少しだけ会話すると、そろそろ帰らねばと告げた。ソフィアは名残惜しそうに頷くと「歌わないから、踊りだけ見ていって」とはにかんだ。



 例のごとく、おしゃべりさんは姪っ子の肖像画が貼り付けられたうちわを大事そうに抱えながら祭壇前に陣取った。そして冒険者の肩を叩くと、気さくな笑顔を浮かべて言った。



「貴様、運がいいな! ソフィアたんの踊りはな、お歌ほどでないが祝福効果があるんだ。本来は高い金を払って、お歌と一緒に堪能するものなのだが。踊りだけでも見ることができた貴様は、しかもそれをタダで見ることができた貴様は本当に運がいいぞ!」



 死神ちゃんはその言葉を聞いて冷や汗をかきながら「やっぱり寝込むこと確定かよ!」と心の中で叫んだ。嬉しそうに微笑んでペコリと頭を下げるソフィアに〈踊りはいい〉と断る勇気も持てず、死神ちゃんは腹を括って寝込む未来を受け入れた。




   **********




「無理せず断ってもよかったでしょうに。まったく。かおるちゃんったら、本当に優しいんだから」



 マッコイは苦笑交じりにそう言いながら、濡らしたタオルを絞って死神ちゃんの額にそっと置いた。死神ちゃんはフーフーと苦しそうに息をつきながら、バツが悪そうに笑みを浮かべた。



「よかったわね、今回はそこまで重症ではなくて。前回よりは早く復帰出来るそうよ」


「や、本当に悪いな……」


「気にしないで。そもそも、グレゴリーの〈俺らのために寝込め〉っていう頼み方にも問題があったわけだし」



 マッコイはニコリと微笑むと、一層目を細めて言葉を続けた。



「おかゆ、作る?」


「でも、お前、夜勤――」


「そのくらい大丈夫だから」


「じゃあ、作って……」



 マッコイは頷いて死神ちゃんの頭をひと撫ですると、立ち上がって部屋のドアを開けた。すると前回同様に同居人達が雪崩れ込んできたのだった。





 ――――大切な人達の笑顔を守るためなら、そして悪気のないアイドル天使に一刻も早く、かつ笑顔でお帰り頂くためなら、死神ちゃんはいくらでも体を張る。しかしながら、そのたびに寝込んでしまうのは逆に迷惑がかかって、それはそれで考えものだなと、ちょっとばかり反省もしたそうDEATH。

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