第39話 死神ちゃんとメイド

 〈二階へ〉という指示の下、死神ちゃんが現場にやって来ると、女性六名のパーティーが回復の泉の傍で炊き出しをしていた。呆気にとられながらも、死神ちゃんはちゃっかりスープを頂きつつ〈とり憑き〉も完了させた。

 ステータス妖精が信頼度低下のお知らせのために飛び出した。しかし、ちょうど死神ちゃんにスープを渡してくれたメイドがうっかり器をひっくり返して、危うく死神ちゃんにスープをひっかけそうになっていたため、誰も〈彼女が死神にとり憑かれた〉ということには残念ながら気付いてはいなかった。


 具沢山の温かなスープを堪能しながら、死神ちゃんは彼女達をぼんやりと眺めていた。彼女らは皆、メイド服に簡素な手甲や脚鎧という出で立ちだった。ギルドが配布している緑の腕輪を付けてはいるから、一応冒険者としての登録もあるようだった。


 死神ちゃんが食器を返しに行くと、ちょうどメイド達が片付けをし始めた。慣れないダンジョンで気分が高揚しているのか、キャアキャアと騒ぎながらゆっくりと作業をしていて、それはまるで遠足のような雰囲気だった。すると、メガネをかけたメイド長らしき人物がこれみよがしに咳払いをし、メガネをクイと持ち上げて鋭い口調で言った。



「あなた達! これは遠足ではなくて、訓練ですのよ!? そのように浮ついていては、冒険者として正式にデビューをした際に、ご主人様の足を引っ張るだけです! いつモンスターと遭遇するか分からないのですから、支度のときと同様、片付けもキビキビと行いなさい!」


「あんた達、冒険者じゃないのかよ?」



 思わず、死神ちゃんは声をかけた。すると、メイド長は死神ちゃんを見下ろしてニッコリと笑った。



「研修でダンジョンに入るために、一応〈戦士〉ということで登録はしてございますのよ。現在、我らが主人のご子息様が単独でダンジョンを攻略中で、最初は傭兵を雇っておいでだったのです。ですが、やはり信頼のおけるメイドを随行させたほうが良いということになりまして。傭兵は簡単に裏切りますけれど、わたくし達メイドはそれこそまでおともするよう、厳しく教育されておりますから」



 死神ちゃんは眉根を寄せると首を捻った。頭の隅にぼんやりと浮かんでくるものがあり、それを必死に思い出そうとした。そして思い出したかのように「ああ」と声を上げると、人差し指を立てて〈理解した〉というジェスチュアをとった。



「王家から権威を譲り受けるべく攻略中の、あのM奴隷な三男坊か!」


「……Mどれ? 確かにダンジョン攻略中のご子息様は三男ですけれど。何ですの、そのMどれとやらは」



 〈理解できない〉という顔でメイド長が首を傾げさせると、死神ちゃんは苦笑いを浮かべてごまかした。しかしながらメイド長の背後では、メイド達のうちの一人が恥ずかしげに頬を染めていた。思わず、死神ちゃんはほんの少しだけ頬を引きつらせた。


 メイド長によると、あの三男坊の家は本人が言っていた通り、相当な権力のある貴族だそうで、先日ギルドに多額の寄付をしたらしい。その甲斐あって、近々冒険者の職種に〈使用人〉が加わることになったのだとか。本日は〈使用人〉としてダンジョンデビューするための準備として、研修にやって来たのだそうだ。



「そうですわ。せっかくですから、これから行う戦闘訓練、この小人族コビートさんに協力して頂きましょう。彼女をご主人様と想定し、彼女を守りながら戦うのです。――ささやかなお礼しか出来ませんが、ご協力、よろしいですか?」



 これで死神だからだ何だと言わなくても、彼女達に同行する理由ができた。死神ちゃんは「手間が省けた」と思いながら、笑顔で頷いた。しかし、死神ちゃんが笑っていられるのは、ある意味で〈今のうちだけ〉であった。


 メイド長が出発の合図をすると、メイド達は身支度を整えて立ち上がった。しかし、武器らしきものを持っている者は、例の〈どうやら三男坊のS女王役をやっているらしいメイド〉だけだった。彼女は女王よろしく皮の鞭を携えていたが、その他の者はおたまや鍋の蓋、フライパンなどを手にしている。

 死神ちゃんは顔をしかめると、呆れ声で言った。



「いやいや、全然身支度整ってないじゃないか。調理器具、しまい忘れて手に持ってさ」


「え? これが私達の武器よ?」



 きょとんとした顔でそう返すメイドの一人を、死神ちゃんは束の間ぽかんと見つめた。そして、死神ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。



「は!? それで戦うのかよ!?」


「ええ、そうだけど」



 死神ちゃんが呆然としていると、彼女達はモンスターと遭遇した。そして、驚くことに、彼女達は調理器具で善戦していた。何かが間違っていると思いながら彼女達の奮闘を見守っていた死神ちゃんは、戦闘の途中でメイドの一人から何故か紅茶を振る舞われた。〈主人に怪我を負わせてしまったと仮定しての訓練〉だそうで、死神ちゃんは戸惑いながらティーカップを受け取り、そして飲んだ。

 紅茶は驚くほど美味しかった。何でも、洗練された農園の茶葉を用いて熟練の紅茶技師が作った貴重な紅茶なので、美味しいだけではなく回復効果もあるのだという。さらに、メイド秘伝の特別な淹れ方をしているそうで、その味も効果も倍増しているのだそうだ。


 あまりの美味しさに言葉をなくして目をパチクリとさせる死神ちゃんにニコリと笑いかけると、メイドは「先にお渡ししておきますね」と言いながら未開封の紅茶缶を死神ちゃんに手渡した。今飲んでいる紅茶と同じものだそうで、どうやらこれが〈ささやかなお礼〉らしい。


 死神ちゃんが礼を述べてポーチに紅茶缶をしまっていると、善戦していたはずの彼女達が苦戦し始めた。すると、後方で様子を覗っていたメイド長がどこからともなく折りたたみ式の棒を取り出して、それを手早く組み立てた。――どう見ても、それは高枝切り鋏だった。

 メイド長はそれを槍のように振り回し、モンスターを一薙ぎに倒した。クールにメガネをクイと持ち上げる彼女を、他のメイド達は羨望の眼差しで見つめ、そしてため息をついた。すると、メイド長はニコリと笑って優しく言った。



「大丈夫。あなた達はよく頑張っています。すぐにとはいかないかもしれませんが、いずれ必ず、私のことだって超えていけますよ」



 メイド達は感動の涙を流し、メイド長に抱きついた。ビクトリーの日は近いだ何だと言いながら、肩を抱き合い腕を振り上げて鼓舞しあっていたのだが、そんな隙だらけの彼女達を、新たにやってきたモンスターの群れがいとも簡単に蹂躙していった。

 慣れぬダンジョンに気持ちが高ぶっていたのは、どうやらメイド長も同じだったようで、彼女は霊界に降り立つと〈お手本になるべき私が、こんな恥ずかしい様を〉とうなだれたのだった。




   **********




「……ということがあってさ。これがその紅茶」



 言いながら、死神ちゃんはポーチから紅茶缶を取り出すと、それをマッコイに手渡した。マッコイは興味深げに缶を眺め、そして蓋を開けて茶葉の香りを確認した。



「あら、すごくいい香り」


「お前、ティーポットとかって持ってる? 持ってるなら、あとで淹れてくれよ。せっかくだから、食後にでもみんなで飲もう」



 マッコイがニコリと笑って缶を脇に置くと、眉根を寄せた天狐がマッコイを呼んだ。



「マッコ、やっぱり難しいのじゃ! 具が皮から飛び出すのじゃ~!」


「どれどれ? ……あら、具を多く取り過ぎているわ。もう少し少なめにして。――ほら、綺麗にできたでしょう?」


「おおお、本当なのじゃ!」



 死神ちゃんの目の前では、天狐とマッコイが餃子を手作りしていた。初めてのお泊りの帰り際に天狐がした〈次はマッコと一緒にお料理がしたい〉というリクエストを叶えるべく、今回のお泊りの夕飯は〈みんなで餃子パーティー〉に決定したらしい。

 そんなわけで、死神ちゃんが勤務を終えて帰ってくると、既にやってきていた天狐が共用のリビングでマッコイと一緒に餃子をせっせとこさえていた。ミニキッチンの方では非番の女性陣がご飯を炊いたり汁物をこさえたりしてくれているそうだ。


 天狐は完成した餃子を皿の上に置くと、満足気な笑顔から一転して真面目な顔付きとなった。そして、ポツリと言った。



「調理器具は武器だったのじゃな……」


「いや、そんなわけないだろう」


「それにしても、ギルドからは新しい職種が増えるという連絡は、まだ来ておらぬのじゃ。アイテム実装に関わってくるから、そういうことは早めに言って欲しいのじゃ」



 死神ちゃんはテーブルに肘を付くと、「ギルドとこちら側とは、やはり何かしらの関係があるのか」と思った。そして、新たに餃子を作り始めた天狐と、その横で追加の皮を作り始めたマッコイをぼんやりと眺めた。彼らは、メイド達が身に着けていたようなフリルの白エプロンを揃いで身に着けていた。――わざわざ、餃子作りのために天狐が用意してきたのだそうだ。

 死神ちゃんは、ほんわりとした笑顔を一瞬浮かべたのち、すぐさま顔をしかめた。天狐とマッコイが不思議に思って声をかけても、死神ちゃんは不機嫌な顔を心なしか赤らめて「何でもない」の一点張りで通した。

 天狐は動かしていた手を止めるとニヤリと笑った。



「さてはお花、わらわとマッコがお揃いなのが羨ましいんじゃろう。それでもって、お花も一緒に餃子を作りたいのじゃろう」


「いや、そうじゃない」


「強がらんでもよいのじゃ。そんなことなら、お花の分もエプロンを用意しておけばよかったのじゃ!」


「いや、だから、そうじゃない」



 頑なに否定する死神ちゃんに、天狐が口を尖らせた。マッコイは苦笑いを浮かべると、二人に向かって言った。



「まあ、何でもいいじゃない。この前のお泊り会の時にアタシがつけてた黒のエプロン、あれでよければ、今、持ってくるわ。せっかくだから、かおるちゃんも一緒に作りましょうよ。きっと、楽しいわよ。――少なくともアタシは、薫ちゃんが一緒だと、今よりもっと楽しくなると思うの」


「わらわも! お花が一緒だと、もっと楽しいのじゃ!」



 マッコイが微笑むと、口を尖らせていた天狐は破顔の笑みで元気よく拳を握った。餃子を手にしていたことを忘れてうっかり握りつぶした天狐が驚愕の表情を浮かべると、死神ちゃんはクスクスと笑い出した。そして「俺もやるよ」と答えると、手を洗いにキッチンへと向かったのだった。





 ――――調理器具やエプロンなんかは武器・防具ではなく、日常生活やこういう〈楽しいこと〉にだけ使いたいものDEATH。

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