第29話 死神ちゃんとにゃんこ

 死神ちゃんは、待機室の指示板に映しだされた自分への指示を見て首を傾げた。いつもは〈◯階へ〉しか表示されないのだが、今回はその前に〈追加出動〉と表示されたのだ。

 たしかに、冒険者のパーティーがソロではなく複数名だった場合、一人目の死神が出動してから一定時間が経過すると〈追加出動〉が発生することにはなっている。ソロの場合でも、一人目がとり憑けないまま一定時間が経つと、複数名パーティーの時と同様に〈追加〉がなされる。しかし、そういったのはごく稀で、大抵は〈追加〉が発生する前に冒険者は探索を中止してダンジョンの外へと帰っていくのだ。

 死神ちゃんはきょとんとした顔でグレゴリーを見上げると「珍しいですね」と声をかけた。すると、彼は頭をボリボリとかきながら、面倒臭そうに溜め息をついた。



「あー……。あいつ、またか」


「また?」


「うちの班にはな、おサボり常習犯がいるんだわ。困ったことに。――小花おはな、お前、その持ち前の可愛らしさとトーク力で、パーティー全滅させてきてくれねえかな。じゃねえと、あいつ、多分帰ってこないから……」



 死神ちゃんは顔をしかめると、グレゴリーに曖昧な返事を返した。そして首を捻りながら、ダンジョンへと向かった。


 現場は五階の火炎区画と極寒区画の堺にある〈暑くもなく寒くもない、いい塩梅の気温の場所〉だった。死神ちゃんが到着してみると、冒険者達が膝を抱えてしょんぼりとしており、彼らの視線の先には死神らしき黒い物体が地べたで丸くなっていた。死神ちゃんは頬がひきつるのを必死に抑え、笑顔で冒険者に話しかけた。



「ねえ、お兄ちゃん達。どうしてそんなところでお膝を抱えているの?」


「やあ、君、小人族コビートかい? 仲間が死神にとり憑かれたから一旦帰ろうかと思ったんだけど。極寒区域を通るにしても火炎区域を通るにしても、かなり体力を消耗するだろう? だからひとまず体力の回復をしようってことでキャンプを張ったら、この死神、丸くなって寝始めたんだよ……。休憩終わっても起きてくれないし、起こそうとすると威嚇されるし。まるで猫だよ」



 そう言って、戦士が深い溜め息をついた。〈死神憑き〉になると死神から一定距離以上は離れられないから、起きないのであれば運んでやろうとも思ったらしい。だが、如何せん触ろうとすると威嚇されるため、それも諦めたのだという。死神ちゃんは同情の表情を作ると、戦士の頭を撫でてやった。すると、彼の腕輪からステータス妖精さんが軽快に飛び出した。



* 戦士の 信頼度が 2 下がったよ! *



「……おい、なんで信頼度が下がるんだよ」


「いや、だって、こんな小さな子に撫でられてデレッとしてるのが、ちょっと気持ち悪かったっていうか」


「デレッとなんてしてないだろ! 誰だって、小さな子がおマセに〈よしよし〉とかしてきたら、ちょっと和んでほっぺた緩むだろ!」



 戦士が仲間と言い合いをしていると、そのうちの一人が「ていうか、信頼度が下がったってことは、この子、死神?」と呟いた。その言葉で、一同は騒ぐのを止めて死神ちゃんをまじまじと見つめた。死神ちゃんは、肯定する代わりに満面の笑みを浮かべてみせた。



「はああ!? マジかよ、死神憑きが二人に増えただと!?」


「ていうか! 死神なら、の仲間なわけでしょ!? どうにかしてくれないかしら!」


「いやあ、どうにかって言われても。手っ取り早くどうにかしたいなら、憑かれたやつ、死んだら?」


「さっきの可愛らしいのはどこにいったんだよ!? それも騙しだったのかよ!」



 死神ちゃんが笑顔で爽やかにそう言うと、冒険者達がギャイギャイと文句を垂れ始めた。死神ちゃんは面倒臭げに頭をかくと、地べたの黒い球体をつついた。すると、威嚇しようとしてきたは、一転して興奮気味にガバッと起き上がった。そしては嬉しそうに、死神ちゃんにのしかかった。――傍から見て、まるで死神ちゃんが死神にとり憑かれているかのようだった。

 一同はぽかんとした表情で死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんもまた、〈どうして!?〉というかのような表情で固まった。



「……とりあえず、動いたな。――なあ、死神ちゃんよ。悪いけど、、そのまま運んでくれないかな」



 驚愕の表情のまま死神ちゃんが固まっていると、一行は死神ちゃんの返事も待たずに歩き始めた。

 魔法職の魔力はもしもの時のためにとっておきたいし、携帯カイロも在庫が乏しいしということで、一行は火炎区域を通って帰ることにした。しかし、自分とケイティーとの中間くらいの大きさの塊にのしかかられた死神ちゃんの足取りは、当然ながら遅かった。そのため、死神ちゃんに合わせてゆっくりと歩いていた一行は徐々に疲弊していった。そして、ファイヤージャイアントの繰り出す熱血千本ノック攻撃を避けることも受けきることも出来なかった彼らの身体を、たくさんのデットボールがこんがりと焼け焦がしたのだった。




   **********




 同僚にのしかかられたまま、死神ちゃんは待機室へと帰ってきた。グレゴリーは疲れ果ててげっそりとした死神ちゃんから黒い塊を引き剥がすと、を適当に放り投げた。するとは軽い身のこなしで見事に着地し、死神ローブを脱ぎ捨てながらプリプリと怒り出した。



「いきなり投げ捨てるとか、酷いのね! レディーは丁重に扱うのね!」


「うるせえよ。金勤務で出動中に寝るなって、あれほど言っただろうが」


「だって、いい塩梅に暖かくて、気持ちが良かったんだもんねー!」



 グレゴリーがガックリと肩を落とすと、黄トラ柄の猫獣人フェルパーの女性が満面の笑みで胸を張った。グレゴリーは溜め息をつくと、呆れ顔で言った。



「ていうか、新人に手間かけさせてるんじゃねえよ。何で最後までのしかかったままなんだよ。てめえで歩けよ」


「だって、この子、マッコの香りがするんだもん」



 にゃんこは死神ちゃんに再び抱きつくと、嬉しそうに頬ずりした。死神ちゃんが驚くと、にゃんこはうっとりとした声で言った。



「マッコのグルーミングは最高なのね。この前ようやく、もふ殿も体験したそうなのね。あたいが散々オススメしてたから、ずっと気になってたみたいで。〈長年の夢がようやく叶った〉って喜んでたのね。マッコの香りがするってことは、あんた、定期的にグルーミングされてるの? すごく羨ましいのね。マッコ、死神やめてトリマーになってくれたらいいのに。そしたら、あたい、毎日だって通うのに」


「グ……? ……あー、自分じゃあ髪が結べないから、ほぼ毎日結んでもらってはいるが……。そんな、臭うもんなのか……?」



 死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、グレゴリーが再び死神ちゃんからにゃんこをもぎ取って適当に放り投げた。そして、にゃんこを睨みつけると、彼は怒り顔で唸った。



「馬鹿言ってんじゃねえよ。狩人を支援するパートナーの腕を買われて死神になったってえのに、ただの猫に成り下がりやがって」


「にゃ!? グレゴ、酷いのね! あたい、〈オトモの誇り〉は捨ててないのね! 狩りだって肉焼きだって、今も上手に出来るのね! 腕前はG級グレートなのね!」


「じゃあそれなりの働きしろよ。〈次サボったら減給〉って、俺、言ってあったよな。もう課長に報告済みだから、たっぷりと絞られるんだな。――もうすぐ中番マッコイが来る時間だから、何かあったら、ヤツにでも投げてくれ」



 言いながら、グレゴリーはにゃんこの襟首を掴むと、彼女をずるずると引きずって待機室から出て行った。廊下から、にゃんこの悲痛な叫びがこだまして聞こえた。


 しばらくして、グレゴリーと入れ違いでマッコイがやってきた。死神ちゃんはふんふんと自分の匂いを嗅ぐと、マッコイの近くで深呼吸をして首を傾げさせた。怪訝な顔をするマッコイに、死神ちゃんは低い声でぼそぼそと言った。



「いや、なんか、〈マッコイ臭い〉って言われたから、ちょっと確認を……」


「はあ!? 何それ、どういうこと!?」



 マッコイは素っ頓狂な声を上げると、ほんのりと赤らんだ顔をしかめた。死神ちゃんは混乱をきたしたマッコイに答えてやる間もなく、次のターゲットを求めてダンジョンへと繰り出していったのだった。





 ――――にゃんこのサボりグセもG級グレートだけど、死神ちゃんの〈言葉の足りなさ〉もG級グレートだと、一連のやり取りを見ていた同僚達は心の底から思ったのDEATH。

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