第27話 死神ちゃんとマッサージ師

 〈五階へ〉という指示のもと、死神ちゃんはダンジョン内を彷徨さまよっていた。地図を見ると〈担当のパーティーターゲット〉のいる位置は、まだ死神ちゃんも足を踏み入れたことがない〈五階の最奥部〉となっていた。しかも不思議なことに、ターゲットが動いている様子はない。――モンスターに見つからずにキャンプでも張れるところや、特別な何かでもあるのだろうか。死神ちゃんは〈何が待ち構えているのか〉ということに少し期待して胸を膨らませると、地図を頼りに奥へと進んでいった。


 座標の位置付近には、扉付きの部屋があった。どうやら、ターゲットはこの部屋の中にいるらしい。

 死神の業務規定では、ダンジョンへの入退場以外では、壁などをすり抜けてはいけないことになっている。つまり、冒険者の恐怖心を煽るために、ダンジョン内を闊歩せよということだ。しかし、〈扉〉だけはすり抜けを許可されていた。――なので〈扉をすり抜けてこっそりと近づき、じっとして動かないターゲットを脅かしてやろう〉と死神ちゃんは考えた。



「さ、ベッドに寝そべってちょうだい。――じゃあ、始めるわよ」


「あっ……! そこ、すごく、いぃ……っ! あああっ……!」


「んもう、すごくカチカチじゃない。駄目よ、こんなに我慢しちゃあ」



 扉をすり抜けてみると、部屋の半分がカーテンで仕切られており、そのカーテンの中からそんな卑猥な会話が聞こえてきた。しかも、どちらの声も男だ。死神ちゃんは思わず、扉をすり抜けた足でそのまま踵を返した。



「ああっ、駄目です、そこは、い……痛っ……」


「駄~目。これだけは我慢なさい。そしたら、すっごく気持ちよくなれるから」


「は、はい……。あ、ああああ、ああ――」


「何やってんだ、お前ら!」



 これも仕事と思い立ち止まって〈とり憑き〉のタイミングを覗っていた死神ちゃんは、耐えかねてカーテンを乱暴に捲り上げた。すると、ベッドの上に寝ていた男の腰がグキリという鈍い音を立て、その傍らに立って男の腰を触っていた男が顔をしかめさせた。



「……あんた、見ない顔ね。新入り? 何班?」



 ベッド上の男に断りを入れると、もう片方が死神ちゃんをギラリと睨みつけながら近づいてきた。彼はグレゴリーと同じくらい、つまり、二メートルはありそうな大男だった。青々とした髭の剃り跡にスキンヘッド、そしてボディービルダー並みのムチムチな筋肉が凄まじく威圧感を放っていた。



「えっと、三班、ですけど……」



 死神ちゃんがたどたどしく答えると、大男は怪訝そうに眉根を寄せた。



「あら、じゃあ、もしかしてあんたが噂の〈元カノが統括部長で、今カノがマッコイ〉っていう渋ダンディ? ――どこをどう見ても幼女じゃないの。どういうことなのよ」


「おい、ちょっと待て。何だそれは」



 死神ちゃんがこれでもかというほど眉間の皺を深くすると、大男がケラケラと笑いながらベッドへと戻っていった。



「オカマの情報網、舐めんじゃないわよ! ――あ、マッコイの名誉のために言っておくけど、これ、別のオカマから聞いた情報だからね。でも、マッコイ本人にも一応確認したのよ。そしたら、あの子、プリプリ怒りながら否定してさあ。真相はどうあれ、渋ダンディがあの子のことをどう思ってるのか、今度本人をとっ捕まえて聞いてやればいいかなと思ってたのに」



 どうやら、アリサの起こした騒動による被害は、鉄砲玉だけで済んではいなかったようだ。死神ちゃんは少しだけ、めまいにも似た感覚を覚えた。

 しかしながら、を知っているということは、つまりは彼はに属する者ということだ。それが何故――



「何で、冒険者にマッサージなんか……」



 そう、彼はこんなダンジョンの奥地にてマッサージサロンを開いていたのだ。死神ちゃんが話しかけると、大男は手を止めて死神ちゃんを睨みつけた。



「いろいろあるのよ、いろいろ。ていうか、さっきあんたが大声で脅かしたから、解すどころか痛めちゃったじゃないさ。知ってる? 人の骨や筋肉は全て、呼吸と一緒に動いてるのよ。だから、呼吸のタイミングに併せてズレを治したり解したりするわけ。――逆を言えば、それを利用すれば相手に大ダメージも与えられるってことよ。お客さん、これ、テストに出るから覚えとくのよ~」



 マッサージ師は、死神ちゃんのせいで痛めつけてしまった客の腰を解し直しながら、ニコニコと笑った。お客はうーうーと呻きながら、必死に頷いていた。



「でも、お客さんも大変ねえ。こんな奥地まで来てさあ。パーティー全滅しちゃって、仲間はみんな、魔法の棺桶に詰めてバッグの中だっけ? アタシのマッサージで気力体力回復させたら、わね。しかもさあ、死神にまで狙われちゃってさあ」


「えっ、死神!?」



 マッサージ師の言葉に驚いたお客がガバッと身を起こすのを、マッサージ師は「ほら、動かない」と窘めながら軽くはたいた。お客が大人しく寝直したのを確認すると、マッサージ師は施術を再開させた。



「そうよお。この幼女、怖い怖い死神さんなんですって。ベッドの上はセーフティーゾーンだから〈死神罠発動のタイムカウント〉もストップするんだけど、残念ながら寝そべる前に発動しちゃったみたいねえ。――だから、施術が終わったらわよ。ね」


「えええ!? ここが安全地帯なら、ずっとここにいたいですよ、アルデンタスさん」


「馬鹿をおっしゃい。それから、お客さん、身体だけじゃなくてのほうもパンパンじゃない。これは、スッキリしたほうがいいわよ。宿ね」



 マッサージ師――アルデンタスとお客のやり取りを聞いていた死神ちゃんは顔をしかめた。それに気がついたアルデンタスは必死に笑いを堪えながら言った。



「いやあだあ! この子ったら、いやらしい想像したみたいよお! 経験値の話をしてたってだけなのにさあ!」


「あからさまに、そういう言い方したよな、あんた」



 死神ちゃんが不機嫌な顔で噛みつくと、アルデンタスは堪えきれずに笑い出した。


 施術が終わり身支度が済むと、客はアルデンタスに追加で施術してもらった分の料金を払おうとした。しかし、アルデンタスは〈延長してもらったわけではなく、アクシデントが発生してのことだから、お代は前払いで貰ったものだけで十分〉と言って受け取らなかった。



「さ、それじゃあ、頑張って死神から逃げなさいな。、いいわね。またここまで来ることができたら、そしたらまたきっちり解してあげるから。今は、頑張って



 お客はアルデンタスの言葉に必死で頷くと、上階目指して走っていった。

 死神ちゃんはようやく、アルデンタスの存在理由が分かった。部屋を飛び出していくお客の背中を見つめていた死神ちゃんがアルデンタスを振り返って見ると、彼はお茶目にウインクした。そして「ほら、あんたもお仕事!」と言って、死神ちゃんの背中をパシリと一叩きしたのだった。




   **********




「……ということがあったんだが、オカマ界隈では一体どういうことになってるんですかね、マッコイさん」



 寮に戻ってきた死神ちゃんが表情もなくそう言うと、マッコイは抱えていたクッションに静かに顔を埋めた。



「ごめんなさい、迷惑かけて……。ホント、みんなにはキツく言っておくから……」



 顔を上げずにそう言った彼の耳は真っ赤で、マッコイに申し訳ないとは思いつつも、死神ちゃんは耐え切れずに笑い出してしまった。



「アルデンタスさんって、俺らと同じ〈環境保全部門〉でいいんだよな? しかも、死神俺らと同じ〈罠〉のような扱いなんだろ?」



 マッコイは死神ちゃんの質問に小さく「ええ、そうよ」と答えると、いまだに真っ赤のままの顔を勢い良く上げた。



「ていうか! 元はといえば、アリサのせいじゃない! 今度、絶対に文句を言ってやるんだから!」



 死神ちゃんはひとしきり笑うと、いまだおかんむりでボフボフとクッションを振り回している彼を誘って夕飯を食べに行ったのだった。





 ――――何やら変な被害は受けたけど、職場の〈知らなかったこと〉をまたひとつ知ることができて、死神ちゃん的には、実は意外と楽しかったのDEATH。

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