第6話 死神ちゃんともふ殿
待機室の一角にて、死神ちゃんは例のミニチュアベッドを展開して昼寝をしていた。夜勤者のための仮眠室もあるのだが、死神ちゃんにはそこに行くまでの体力が残っていなかったのだ。
夢の中で、死神ちゃんはもふっとした可愛らしいワンコに懐かれていた。顔を埋めてもふを堪能していると、もふもふは仲間を呼んだ。最初はデレデレとしていた死神ちゃんだったが、どんどこ増えていくもふに次第に困惑していった。最終的に九匹まで増え、死神ちゃんはもふに覆い尽くされた。
こうも纏わりつかれては、さすがに暑いし重い。死神ちゃんはそっとワンコ達をどかそうと試みたのだが、ワンコは喜んで飛び乗ってくるのをやめない。押し寄せる熱と重さでイライラしてきた死神ちゃんは、とうとう耐えかねて叫んだ。
「あ゛っちぃぃぃぃぃ!!」
そのまま、死神ちゃんは飛び起きたかった。しかし、夢の中同様、もふっとしたものがのしかかっていて起き上がるのを阻まれた。ただ、夢の中と違い、もふはワンコではなく〈何かの尻尾〉だった。死神ちゃんはもふの下から這い出ようと、必死にもふを掻き分けた。
「うにゃっ! やめっ、やめるのじゃ! あはっ、あははははは!!」
もふは笑い声とともにベッドから転げ落ちていった。ようやく起き上がることのできた死神ちゃんが目にしたのは、自分と同じくらいの背丈の〈九尾の幼女〉だった。
「まったく! そこは〈せんしてぃぶ〉で〈でりけぇと〉なところじゃぞ? あまりもしゃったら駄目なのじゃ!」
「えっ、何、誰……?」
汗を拭いながら、死神ちゃんがぼやくようにそう言うと、周りの死神達がどよめいた。張り詰めた糸のように緊迫していく空気に、死神ちゃんは顔をしかめた。すると、目の前の幼女はフフンと鼻を鳴らし、自慢気に胸を張って両手を腰に置いた。
「
「えっ……。お偉いさんが、何でこんなところに……」
ベッドから降り、ミニチュアを拾い上げながら死神ちゃんは呟いた。すると、天狐は死神ちゃんの手をがっしと掴み、死神ちゃんがミニチュアを鞄にしまうのを阻止した。
「このベッド、いいじゃろ? 凄いじゃろう!? 使い心地はどうじゃ? 不満はないかえ? これはの、わらわの可愛い配下が作ったのじゃ! のう、ロウニン!」
キラキラと目を輝かせ捲し立てると、天狐は勢い良く後ろを振り向いた。そこには身分の低そうな侍が、腰を低くし頭を垂れて構えていた。
「
「あ、はい、最高です……」
死神ちゃんがしどろもどろにそう答えると、天狐は更に嬉しそうに目を
「良かったのう、ロウニン! 〈ゆーざびりてぃ〉に配慮した、とても良い働きであった! 誠に大儀であるぞ! あとで褒美を遣わすからの、しかと受け取るのじゃぞ!」
ありがたき幸せ、と頭を下げると侍はどこかへと去って行った。呆然とした顔で侍の背中を目で追う死神ちゃんの視界に、天狐はにゅっと入り込んだ。視界に入り続けようとする天狐の必死さに死神ちゃんが後ずさりすると、天狐は嬉しそうに尻尾をうねうねと動かした。
「今日、わらわがここまで足を運んだのはの、他でもない、お花に会いたかったからじゃ! わらわはお花と遊びたいのじゃ! 早速今から遊ぶのじゃ!」
「えっ、俺、今、勤務中――」
死神ちゃんが面倒臭そうにそう言いかけると、天狐の顔はみるみると曇っていき、目には湖が出来た。周りの死神達は一斉に離れていき、一抹の不安に震え出した。
「いやじゃー! わらわは今遊ぶのじゃー! お花と遊びたいのじゃー!!」
天狐がわんわんと泣き出すと、部屋の明かりがチカチカと不安定になった。奇妙な現象に死神ちゃんが眉を
「お館様、だから申したではありませんか。勤務中に押しかけては、小花様の迷惑となりますと」
「おみつ~! そうは言ってもじゃな、勤務時間中でないとお花に会えぬではないか!」
「小花様の休日に合わせて、約束を取り付けたらよろしいではないですか。もちろん、お館様がきちんと〈宿題〉を終えたうえでですが」
「それだと、いつまで経ってもお花と遊べぬではないか!」
おみつと呼ばれたクノイチは困り果てて溜め息をつくと、死神ちゃんを見つめてポツリと言った。
「小花様。すみませんが、我らが〈アイテム開発・管理部門〉にご足労願えませんか。上に話は通しておきますので」
死神ちゃんが困って返事ができずにいると、おみつの言葉で復活を果たした天狐が鼻をスンスン鳴らしながら目をぐじぐじと拭った。
「でかしたのじゃ、おみつ! さあ、お花、今からわらわの城へ〈しゃかいけんがく〉じゃ! わらわのことは〈てんこちゃん〉と呼ぶがよいぞ! 皆が言うような〈お館様〉とか〈もふ殿〉とかは許さぬ! 〈てんこちゃん〉と呼ぶのじゃ! 敬語も禁止じゃぞ! よいな!」
「ていうか、俺の名前、お花(ハにアクセント)じゃなくて、小花(オにアクセント)……。しかも、それ、苗字……」
「うむ、心得ておるぞ、お花!」
満面の笑みで尻尾をうねらせる天狐を、死神ちゃんは束の間見つめて盛大に溜め息をついた。そして、死神ちゃんはおみつの後に続いて待機室をあとにした。
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このダンジョンという会社は、〈統括部長〉と呼ばれる雇われ社長が経営している。〈環境保全部門〉〈あろけーしょんせんたー〉〈アイテム開発・管理部門〉の三部門で構成されており、各部門にはさらにいくつもの〈課〉が存在する。
〈環境保全部門〉のダンジョン内での役割は主に、破壊された壁や道を人知れず直して回り、罠がきちんと作動するように管理するということだ。死神は〈ダンジョンの罠〉であるため、死神ちゃんはこの部門の〈死神課〉に籍を置いている。
ダンジョン内のモンスターは〈あろけーしょんせんたー〉で製造・管理されている。だから冒険者にどれだけ倒されても絶滅しないし、死んだあとすぐに死体が消え、さらにはそれが宝箱やアイテムへと変わるのだ。
その宝箱やアイテムを管理しているのが〈アイテム開発・管理部門〉である。ここではダンジョンで産出されるものだけでなく、社員の公私を支える品々を製造・管理している。
そして〈四天王〉というのは、三つの部門の〈部門長〉と〈統括部長〉の計四人のことを指す。つまり、天狐は文字通りの〈お偉いさん〉というわけだ。
死神ちゃんは、おみつに抱きかかえられている天狐を見て「とても四天王には見えない」と思った。すると、おみつは溜め息をつきながら、腕の中の天狐を見下ろして言った。
「ほら、お館様。ご自分の足でお歩きくださいまし。小花様が、とても四天王には見えないとおっしゃっておりますよ。抱きかかえられて移動するなど、威厳のかけらも感じられないそうです」
「ぬ! それはいかぬのじゃ! 動きやすいように尻尾をひとまとめにして……。――よし、おみつ、降ろしてよいぞ!」
九本の尻尾を一本の極太尻尾へと変化させた天狐は廊下に降り立つと、自慢気な笑顔で死神ちゃんとおみつを交互に見て、そしてドヤッた。死神ちゃんが愛想笑いを浮かべ、おみつが天狐の頭を撫でてやると、天狐は満足気に二人の前を歩き出した。
「ていうか、おみつさん。人の心の中、読まないでくれません?」
「読心術はクノイチの嗜みですから」
横を歩くおみつにボソボソと小声で話しかけると、おみつはそう言って微笑んだ。死神ちゃんは二人にバレないようこっそりと、小さく溜め息をついた。
**********
とある扉を
町のあちこちで鍛冶や機織りの音が聞こえ、死神ちゃん達が通りかかるたびに職人達は手を休めて頭を下げた。その都度、天狐はニコニコと嬉しそうに笑いながら「うむ!」と言って頷いていた。
中には試作品を持って近づいてくる者もいた。天狐は嫌な顔ひとつせず、気前よく対応していた。
「お主、これはちとおもしろみが無いと思わぬか? もっと、こう、バーッと! バーッ! ……っと!!」
「でしたら、お館様、こんなものはいかがでしょうか?」
すると、刀鍛冶の一本だたらがゴテゴテとした装飾の施された大剣を出してきた。一振りすると衝撃波の出る剣だそうで、その衝撃波の強さは持ち主の魔力の大きさで決まるのだという。試しに死神ちゃんが振ってみたところ、近くの建物を少し壊してしまった。死神ちゃんは必死に謝ったのだが、天狐は大いに喜び、製作者である一本だたらを褒めていた。
他の場所ではオンミョウジや妖術師が武防具に向かってひたすら呪言を唱えていた。〈呪われた武防具〉を作成するための大事な作業だそうだ。
一通り見て回り終えると、ちょうど死神ちゃんの勤務終了時間となった。死神ちゃんが帰らねばならないことを告げると、天狐は盛大に駄々をこね始めた。
「いやじゃ! わらわの城に泊まっていけばよいではないか! わらわはもっとお花と遊びたいのじゃ!」
「いや、でも――」
「いーやーじゃー!!」
天狐がギャンギャンと泣き出すと、町のここそこに灯してあった
「小花様、泊まっていってくださいませ!」
「いや、でも――」
「〈開発・管理部門〉のエネルギー源はお館様の妖力なのです。ですが、見た目通りの子供なので、まだ妖力のコントロールが未熟でして。なので、お館様が機嫌を損ねてしまわれると、全ての製造ラインが停止するどころか、この空間自体が危うく――」
死神ちゃんとおみつが話している間も、天狐は容赦なく雷を鳴らし、雨を降らせ続けた。暴風吹き
「いいか、てんこ。楽しい時間ってのはだな、あっという間に過ぎるものなんだ。でもな、これで終わるわけじゃあない。〈また今度〉の約束をすればいいんだ。俺達はもう友達なんだ、〈また今度〉が出来る。そうだろう?」
天狐は〈友達〉という言葉に反応すると、耳をピクピクと動かした。そして、ぐじぐじと涙を拭うと、満面の笑みで「うん!」と言った。それに併せるかのように、空はすっきりと晴れ、綺麗な月がぽっかりと浮かんだ。死神ちゃんは危機を脱したことにホッと安堵すると、〈素直で聞き分けの良い、可愛いお子様〉の頭を優しく撫でたのだった。
――――お偉いさんのご機嫌取りは、本当に疲れるのDEATH。
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