卒業制作 5

 子供達のデザイン画をもらい受け、私は直ぐに設計を開始する。

 のりとくんのベンチには手を焼いたが、なんとか翌日までには大体の設計を終え、材料を発注出来る形となった。


 そして発注をかけて二日後には材料が届く、木材はあらかじめカットして貰っているので、我々は組み立てと仕上げに注力すればよい。

 材料の届いた日の放課後には、早速、卒業制作が始まった。



 私は1組と2組の全てのベンチの作成に関わらなければならない。


 最初の行程としては、まず彫刻が必要なベンチにそれらを施す作業からだ。

 届いた木材に図案を印刷した紙をスプレーのりで貼り付けて、子供達に渡した。


 最近の彫刻刀は私が子供の頃に使っていた物と違い、手を切らないよう、刃の先にガードが付いている。

 これならば安心だ。多少は乱暴に扱っても怪我の心配はいらないだろう。

 木材を渡された子供達は、黙々と彫刻刀を動かして彫り始めた。

 子供の集中力は凄まじい、何かにとりつかれたように動きが止まらない。


 この様子なら思ったよりも早く仕上がりそうだ。

 他のチームの様子が順調に進んでいる様子を見終えると、ようやく私は自分のチームのベンチ作成に取りかかった。



 初めに設計者であるのりとくんを中心に我々は円陣を組む。

 我々のベンチは彫刻などの作業はなく、ただ仕上げをして組み立てるだけだ。

 仕上げとは、ヤスリがけで表面を滑らかにした後、ペンキで塗装をするだけで、おそらくこの作業に時間はあまり取られない。


 ただ、彫刻などの装飾が無い反面、組み立てには時間が掛かるだろう。

 他の一般的なベンチは部品点数が10点そこそこなのに対し、のりとくん設計の屋根付きベンチは30点を超える。


 まずは組み立てるべき木材を床に広げてみる、するとその数の多さにうちのチームメイトは辟易へきえきする。


「大変そう」「僕らに出来るの」「屋根の部分はあきらめようよ座る場所だけでいいよ」


 子供達は木材の周りに立ち、不平不満を言い始めた。

 ただ文句を言っているだけで仕事が終わるハズがない。

 呆然と立ち尽くしている子供達に作業を促す。


「みんなでやれば大丈夫、そんなに大変な作業じゃないよ」


 私に背中を押されて、子供達は手を動かし始めた。

 ただ、ヤスリがけという作業はいささか単調だ、となりで行っている彫刻の作業をうらやましく見ながら、自分たちの作業を進めていく。


 そして手を動かし続けること2時間あまり、一通りのヤスリがけが終わり、早くもうちらは次のステップへと移る。



 次のステップは塗装なのだが、塗装の前にベンチを仮組みして見る。

 T字とL字の金具を使い、木ネジで軽く止めていく。

 子供達は現金な物だ。作業していたものが形になると、やる気をだしてきた。


「早く組み立てよう」「その前に塗装だよ」「じゃあ塗っちまおう」


 そんな中、のりとくんの表情に曇りが見受けられた。何か不満な点があるのだろう。

 私は気になり声を掛けてみる。


「どうしたの、のりとくん。何か言いたい事があるならいってごらん」


 そう言うと、少し遠慮がちに口を開く。


「もう少し、背もたれと座る部分にへこみが欲しいです、座り心地が良くなると思います。

 ヤスリがけでなんとかならないでしょうか?」


 ヤスリを使ってへこみを作るなどという事は考えてもみなかった。

 これは大変だ、ヤスリは表面を滑らかにするものであって削り取る物ではない。

 仮にヤスリだけで無理矢理に削り取ろうとすれば、何十時間もの作業が必要になるかもしれない。


 あきらかに卒業制作には間に合いそうにもない。私は何とかこのままで済む方法を考える。


「のりとくん、やすりで曲面を作ろうとしても難しいよ、角を落とすのと平面を削り取るのでは労力がまるで違う。

 途方もない時間が掛かるよ」


 事情を説明し、作業を断念するように説明をする。

 ところが、その説明を受けたせいりゅうくんが、変なやる気を出してきた。


「やるだけやろうぜ、せっかくの卒業制作だし」


 ようたくんもその言葉に感化されたようだ。

「いくらでもヤスリがけをするよ」


「師匠、お願いします。へこみが有った方が絶対に快適だと思います」

 のりとくんのお願いも入った。

 こうなると、もう引き下がれない。やるしかないだろう。


「分った。じゃあへこみを作ろう。ただヤスリがけで平面は削り切れない。

 へこみを作るには特殊な台鉋だいかんなというかんなを掛ける必要がある。

 私はこの鉋を使ったことがないので、かなり酷い出来栄えになりそうだが、それでもいいかな?」


「いいぜ、ガタガタになったらヤスリがけで直してやるよ」

 せいりゅうが元気よく返事をした。


「僕もやる」「私も手伝う」


 我がチームは一丸となった。

 こうなったら後には引き下がれない。何とかするしかないだろう。

 とりあえず反り台鉋がなければ作業は進められない。

 明日に備えて、今日は早めに解散をするように促す。


「では今日はここまで、鉋がけの作業は明日にしよう。おつかれさま」

 そう挨拶を告げて私は帰ろうとした。


「???」

 子供達は意味が分からず立ち尽くしている


 ああ、そうか、そうだった。

「改めまして、さようなら」


「さようなら~」「バイバイ」「さよなら」


 この子供達の社会では、『おつかれさま』は別れの挨拶ではなかった。

 少し仕事をしてしまったせいで昔の癖がでてしまったようだ。



 学校の帰り道、私は寄り道をする。

 反り台鉋を買い、適当な木材も買い込んで、その日の夜から練習を開始した。

 うちのチームのベンチは無事に間に合うだろうか。少し不安になってきた。

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