卒業文集 1

 卒業が間近になってくると授業以外にも何かと作業が増える。

 今、国語の授業で行っているこの作文も、その一つであり。私はこの創作活動に苦戦を強いられていた。


 日ごろの書く作文でも、ある程度のプレッシャーがかかる。そんな中でも今回の授業で作る作文は特別で、出来上がったものは卒業文集というものに載る。

 卒業文集というものは、けっこう捨てずに残しておくものだ。今後の記録として残るのだから、日ごろの作文のように、ただ原稿用紙の枠を埋めるような文章では良くないだろう。


 私はあれこれ考え、筆を進めようとするのだが、全く筆が運ばない。

 ただでさえ作文が苦手な私に、さらに厄介な理由がもう一つのしかかっている。

 それはこの作文に関してはお題が決められているからだ。『将来の夢』というテーマで書きつづらなければならないらしい。



 普通の小学生の『将来の夢』というテーマは自由そのもので、何を書いても許される。

 男の子なら、飛行機のパイロット、サッカー選手、プロ野球選手。

 女の子なら、女優、アイドル、ケーキ屋さん、お花屋さん、何を書いても良いだろう。


 まだまだ若いので、実現がほぼ不可能だと思われるサッカー選手やアイドルといった職業でも、まったく可能性が無いわけではない。


 ただそれは普通の小学生の話で、私はもういい年をした大人だ。

 将来と言われても自由な発想ができず、どうしても現実的に物事を見てしまう。

 既に人生の成長が終わった者には、かなりの制約が課されたこくなテーマだと言えよう。



 例えを上げるなら、私にはスポーツの選手は年齢的に無理だろう。

 パイロットになるには英語が堪能たんのうでなければならない。英語とは全く関わり合いの無い日々を過ごしてきた私の実力は、おそらく中学生並だ。


 小学生に人気のありそうな職業の中で、なれそうなものと言えば『お花屋さん』くらいなものだろうか?

 しかし花屋でさえ、実際に考えると厳しい。


 我が町は大きいとは言い難い。花屋はなんとか一軒だけ存在しているが、駅から比較的近い立地の良い店舗にも関わらず、店内に人影をみることは稀だ。

 花屋の店の中には不釣り合いなほど大きなガラスケースが設置してある。そこにかなりの量の花を飾れるハズなのだが、おそらく切り花を大量に仕入れても売れる前に枯らしてしまうのだろう。ケースの3分の1ほどに、申し訳程度に切り花がならんでおり、3分の2は日持ちを気にしなくても良い鉢植えや観葉植物がいつも並んでいる。


 お世辞にも繁盛しているとは言えないだろう。

 しかも花という商品は、無くても生活に困る事はない。私もこの屋に顔をだすのは、お盆とお彼岸の時期に仏花ぶっかを買いに行く程度で、日ごろは近寄りもしない。


 このような状態で無理に私が同業者として出店すれば、ただでさえ少ない稼ぎが半分になり、おそらく両方の店が潰れる。

 稼ぎが良く、努力もせず花が売れるのは、墓地の前にある花屋くらいなものだ。ただ、そういった場所には既に店舗が陣取っているので、花屋という商売はなかなか上手くは行かないはずだ。



 どの職業なら問題無いかと、あれやこれやと考える。

 しかしどの業種でも無理がある。

 時間が過ぎていき、原稿用紙は白紙のまま授業が終わってしまった。


 ふつうの作文なら書けなくても減点されるだけで済むのだが、これはそうは行かない。

 この作文は宿題となった。




 家に帰り、一通り、食事と雑用を済ませ、自室にもる。

 いつもなら建築士の勉強をするが、今日は面倒な宿題を片付ける予定だ。


 原稿用紙を広げるが、相変わらず何も浮かんでこない。

 リラックスできる自室なら、なにか思う着くかと考えたが、そうは行かないようだ。


 タバコに火をつけ、煙を吐き出す。


「将来の夢か、今さらなぁ~」


 久しぶりに愚痴のような独り言が出る。


 ただただ漂う煙を見つめていると、ニコチンの副産物だろうか、ひらめきがひとつ生まれる。


 テーマは『将来の夢』だ、今までは『将来』という言葉に考えが固執していたが、もう一つの『夢』という重要なキーワードを見逃していた。

 つまり作文に記す事は『夢』であり、実現性は考慮せず願望を書けば良いのだ。


 社会復帰した時の現実不可能とも思える欲望を、私はそのまま作文として書く事にした。

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