真夜中の授業 1

 広葉樹の葉はすっかりと落ち、辺りは冬の様相ようそうに染まってしまった。

 本日は特別な日で、真夜中に授業が開かれる。行われる内容からして、分類的には理科に当たるだろう。

 ただ、これを授業と言うのは少し違う気がする。

 夏の花火大会を、化学反応の観察会と言ってしまうくらいに場違いな内容だ。



 時刻は夜の9:30を迎えた、私は懐中電灯と手荷物を片手に小学校へと向かう。

 同じように子供達も懐中電灯を携えて学校に向かって集まり始める。


 田舎とはいえ、さすがに懐中電灯が必要不可欠といったほど真っ暗ではない。

 ところどころに街灯が設置され、暗くはあるが出歩くには不自由はしないほどの明るさはある。


 本来なら灯す必要の無い懐中電灯だが、子供達は普段使い慣れないこの道具を使いたくてしかたが無いらしく、あちらこちらをスポットライトのように照らし出している。

 ただ、この光は飽きっぽい子供達の象徴しているようで、一カ所には留まらず、興味のおもむくまま右や左に激しく揺れる。その動きを追うと、目が回ってしまいそうだ。


 光は小学校に近づくほど増えて行く。夜の小学校は不気味だが、これだけ周りに人がいるとこれっぽっちも怖くは無い。

 目的地である屋上を見てみると、光の球がいくつか揺らめいている。すでにけっこうな人数が集まっているようだ。

 私もその光の輪の中に加わる為、いつもは立ち入り禁止の屋上へと足を運んだ。



 屋上に着くと、美和子先生が待ち構えていて、一枚のプリントと蛍光ペンを渡された。

 これから観察記録を取らねばならない。見上げると透き通るような空の中、幾つもの星がきらめいている。

 オリオン座、冬の大三角形、星座にうとい私でもこれらはすぐに見つけられる事ができた。

 だが、今日の主役はこれでは無い。


 本日は流星群りゅうせいぐん極大ピークを迎える。我々はこの天体ショーを観察する為に集まった。



 私は屋上で観察する位置を探す。とはいえ場所どこでも構わない。

 花火などとは違い、観察対象は真上から訪れるので人の頭などは一切視界に入らないからだ。

 それでもなぜか、ひとけのない広い場所を探し広い屋上をうろうろしていると、せいりゅうくんとようたくんに声をかけられた。


「おっさん、一緒に『流星群』をみようぜ」

 せいりゅうくんはとても今日の事を楽しみにしていた。


「動画を撮る準備もしてきたよ」

 ようたくんも張り切っている。


 おそらく二人の頭の中には、『流星群』という言葉が一人歩きをしているのだろう。

 ゲームか映画で見たような流星を想像していると思われる。

 それは、大きなモノだと都市がひとつ消し飛ぶような、小規模なものでも辺り一面を火の海にして、モンスターに大ダメージを与えるような、派手な映像を期待しているのだう。


 だが、現実はかなり貧相だ。流星群の正体は数ミリから数センチの『ちり』であり、地球の大気圏に突入するとあっという間に燃え尽きる。見えている時間は1秒もあれば長い方で、ほとんどは一瞬、見つけたと思ったら消えている。

 私は残念な結果を二人に告げなければならない。


「『流星群』といっても、ちょっと一瞬だけ光の線が見える程度で地表に来る前に消えてしまうよ。

 爆発もしないし、音もまったくしないよ」


「そうなんだ……」

 ようたくんは肩を落とした。


「たいしたこと無いんだな」

 せいりゅうくんもガッカリしている。


 流星群は定期的に訪れ、大きな規模のものが年3回、小さなものを含めると年10回程度、観測ができる。

 彼らが想像した規模のモノが実際にやって来るとしたら、たまったものではない。毎年のように地球は滅亡する事になってしまう。


 すっかり落ち込んでしまった彼らを励ます為に、私は古くから言われているおまじないを彼らに教える。


「こんな話しを知っているかい? 流星が消える前に3回願い事を言うとかなうと言われているよ」


「本当?」「まじか!」

 二人の目が輝く。


「何を言おう」


「俺様は野球がうまくなれるよう、頼むぜ」


「僕は食べ物でいいや、とりあえずステーキが良いかな」


 子供達は願い事の内容を考え始めた。

 流星群の観測とは少し趣旨が違うようだが、まあここは興味をもってくれただけ良しとしよう。


 しかしここで困った事がおきた。

 せいりゅうくんとようたくんが、『願い事を3回言えばかなう』という事をクラスメイト達に伝え始めた。

 何人かはすでにこの願掛がんかけを知っていたようだが、今やクラスの話題の中心はこれから始まる天体ショーでは無く、願い事の内容である。


 広大な宇宙には神秘とロマンで満ちあふれているハズなのだが、ここには世俗的せぞくてきなものしかないようだ。

 私は一人、まだ動きの無い空をじっと見つめた。

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