修学旅行 3

 日光へと向かう前に、益子町ましこまちへと寄り道をする。



 益子町ましこまちとは、日光から車で1時間ほどの場所にある町で、この場所は全国的に有名な焼き物の町である。バスは体育館を二回りほど小さくした工場ともロッジともつかない建物の前で止まる。

 その建物には『陶芸体験』という看板がかかっており。我々はこの体験をするためにここまでやって来た。


 陶芸といえば粘土をこね、ろくろを回し茶碗や湯飲みなどを作るシーンを思い浮かべるかもしれないが、小学生にはやや難易度が高い。形を作ることも難しいのだが、下手に粘土をいじくりまわすと空気が間に入ってしまい、それが原因となり焼成しょうせいの時に割れてしまう。

 また陶器を焼くには時間がかかるので、いったん成形をして工房に託す必要がある。

これがまた時間がかかり、乾燥させる工程やら、釉薬ゆうやくをぬって窯で焼成する工程を経ると実に45日前後かかるらしい。


 手塩に掛けた作品が45日後に届く。段ボールの封を開けてみれば焼成の時に粉々に割れてしまって『陶器の破片がつまっていた』などという事態になれば、あまりにも小学生には酷な出来事となるだろう。

 そのような悲劇を招かないように、我々はお手軽な『絵付け』だけをする予定となっている。



 バスから降りると、まずは大きな背伸びをする。およそ2時間ほど狭い座席に閉じ込められていたので色々と節々が硬くなっていた。駐車場にはすでに窯元から広報の方が待ち構えていた。絵付けをにしやってきた我々を捕まえると、まずは自慢の施設見学をさせられる事となる。


 初めに焼き物の肝ともいえる『登り窯』へと案内をされ、その説明を受けた。益子町で屈指の大型の窯らしいが、そもそも普通のおおきさの窯がわからないのでくらべようもない。ただ、かなりの量が入りそうだ。ざっとみて積載量は4tトラック2~3台くらいだろうか。こんな量を一度に焼く必要があるのか疑問が生じる。必要以上に大げさな施設のような気がする。


 続いておそらく世間でもっとも見かける益子焼の工場を見学する事となる。


 まず入り口で完成品を見せられる。その焼き物は、ひとり用の小さな釜であり、駅弁の釜飯弁当などで使われる容器であった。説明によると日に1万個近く作るそうだ。これだけ収入が得られればこの工場は安泰あんたいだろう。


 工場内に入るとあまり人は居ない。その代わりに大型の機械が並び、型枠を使い粘土から次から次へと釜が形作られていく。もちろんこの器も焼き物なので窯で焼成を行う。しかし使っている窯は先ほど見学をした登り窯ではなく、ガスによる近代的な工業用の窯だった。やはりあの登り窯は観光用の飾りなのかもしれない。


 一通りの見学が終わると、いよいよ我々は工房へと入る。



 工房のドアをくぐると、がらんとした食堂のような空間が広がっていた。

 白く清潔なテーブルが並んでおり、その上には筆と絵の具と素焼きのマグカップが人数分用意されている。


 全員が席についた事を確認すると、美和子みわこ先生から指示が出る。


「では皆さん、なんでもいいから書いて下さい」と、おおざっぱな指示が出された。

 さて、これは困った。何かしらのお題がないと何を描いていいものやら……

 私は周りの友人達が何を描くのかを見極めてから作業に取りかかる事とする。



「よし、決めたいつものアレを描こう」


 そういってせいりゅうくんは人らしき姿を描きはじめた。

 剣と盾を構えていることこから、おそらくモンスターハンティングのハンターを描いているのだろう。

 兜の特徴から、おそらくいつも身につけているあの装備を描いていることがうかがえる。


 それを見ていたようたくんが、

「僕も決まった、アレを描いてみる」


 そういって怪獣…… ではなく、ゲームに出てくるドラゴンだろう。

 尻尾の棘の形状から、おそらくあのモンスターを描いていると判別が出来る。


 ゆめちゃんは黙々と人らしき姿を描いている。

 調理服のような姿なので、おそらくお父さんとお母さんと思われる


 きりんちゃんは、動物の『キリン』を描いていた。

 やはり名前の依頼はそこからなのだろうか?

 それともビールでおなじみのあの絵を描くのは難しいので、妥協した結果なのかもしれない。


 友人達が苦戦を強いる中、私は楽をさせてもらう事とする。

 得意分野である建物を描くことにした。


 小学生卒業の記念となる品なので、校舎を描く。モチーフが決まったのでおおざっぱな構図を決めて描きはじめたのだが、とてもやりにくい。いつもなら、鉛筆とシャープペンを使って線を丁寧に描いていけばいいのだが、下書きなしに筆でフリーハンドで引いていく事はかなり無理があった。絵をうまく見せようと線を増やそうとしたのもあだとなった。歪んだ線がごちゃごちゃとして、なかなか酷いありさまだ。


 のりとくんはどのような絵を描いているのだろうか?

 少し気になり除いて見ると、やはり町の風景を描いているのだが、私とは違いすらすらと書いている。

 建物は細かく描かずに平面的にデフォルメをして描いていた。芸術的なセンスではもう彼にはとても敵わないかもしれない。


 私は再び自分の作品に向き合うと、他の子供達の3倍は時間をかけただろうか、なんとかそれなりに見栄えのするものが描けた。


 作業を終え休憩したいところだが、すぐにとなりの建物に移りランチとなった。



 陶芸教室の建物の横にある日本家屋のような建物へ入る。

 中は畳み張りになっており、朝から履きっぱなしの靴を脱ぐと、開放感が襲ってきた。

 座布団の上に腰を落として、だらだらとしばらく待っていると座卓の上に蕎麦が並べられた。

 蕎麦は益子焼とみられる清々しい器の上に載せられていて、非常に美味そうに見える。


 一通り配膳が終わると、美和子先生が食事のお許しがでた。


「それでは食事にしますよ。いただきます」


 子供達が元気よく「いただきます」と返事をすると同時に、麺に食らいつく。

 たしかにいつもより食事の時間がおそいのだが、そこまでがっつかなくても良いのではないだろうか。

 そんな子供達を尻目に私は、ゆったりと蕎麦を味わう事にした。

 すこし太めで太さがまばらなこの麺は手打ちだろうか。使っている水が良いのか、すこし透明感があるような気がする。一口たべてみると、蕎麦の風味が生きている。麺のコシも給食のそれとは大違いでハリがあり、角がピンとたっていて、この蕎麦はとても美味い。子供達が夢中になって頬張る理由も分るというものだ。


 急いで食べる子供達に美和子先生がさらに追い打ちを加える。

「お代わりできますよ、急いで食べなくても大丈夫ですよ」

 これにより、子供達の勢いはさらに増した。あちこちら「お代わり」の声が上がり、さながらわんこそばのような、たいへんな食事となった。


 たが、いつもは給食で必ずと言って良いほどお代わりをするようたくんの食が進んでいない。

 初めはバスに酔って具合でも悪くなったと思ったが、聞いてみるとどうやらお菓子を食べ過ぎただけらしい。安いお菓子で腹を満たしてしまうとは、なんとも勿体ない事をしてしまったものだ。


 こうして騒がしいランチを食べ終わると、バスはいよいよ日光へと向かう。

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