図画工作の時間 1

 今日もご多分に漏れず天気がよい。秋は快晴の日が多い。

 チャイムが定刻どうりになり、図画工作の授業が始まった。


 美和子みわこ先生が授業の内容を説明をする。


「本日は校庭に出て、外の風景を描きましょう。風景の写生の時間です。

絵の具はまだ使いません、まずは鉛筆で下絵をかいて見ましょう」


 そういうと、少し大きめの画用紙を子供達に手渡していく。

 画用紙を受け取った生徒たちはそれを自分の画板がばんに止めると、手に鉛筆と消しゴムを持ち、ぞろぞろと校庭へ移動を開始する。


 外にでて集まる。美和子先生は一通り人数を確認してから、

「校庭の外には出ないで下さいね。それでは皆さん描いてみましょう」

 授業の開始の合図がはなたれた。



 私は絵心はあまり無いのだが、建築業界にいて建物の鳥瞰図ちょうかんず内観透視図ないかんとうかずといったイメージ図はいくつも描いてきた。

 それなので客先などに受けの良い絵を見せる為のコツを知っている。

 絵を上手く見せるためには『題材と場所選び』というモノが重要で、私は子供達はどういった基準で場所を選ぶのかが気になった。


 すこし様子を見ていると、だいたいの子は仲の良いグループで行動をするようだ。

 3~4ほどの人数で、あまり下見をしないで適当な場所に腰を下ろし絵を描きはじめた。

 場所選びはかなり重要な要素なのだが、この事に関して言えば子供達はあまり熱心だとは言えない。


 そういえば、理科の授業で『リトマス試験紙なんて覚える必要がない!』と言い放った子。名前はそうすけくんというのだが、この子がいつもの屁理屈へりくつで、

『こんなものは大人になったときに必要ない』と、駄々をこねるかと思っていたが。

 なにやら夢中になって絵を描いている。


 学習というより、どちらかというと遊びの延長線上にあるような授業なのだろう。

 遠くから眺めていると、どことなく楽しんでいるような印象をうける。

 この授業を苦痛に思う人間は少ないだろう。



 突っ立って眺めていたら、せいりゅうくんと、ようたくんから誘いのお声が掛った。


「おっさん、いっしょに描こうぜ」


「おじさん、いっしょに描こう」


 私はこのお誘いに付き合うことにする。


「良いけど、描く場所は決めたの?」


 せいりゅうくんが返事をする、

「まだ決めてない」


「なるほど、決まっていないのか……」


 ここは少しズルをしてみよう。


「私が決めてもよいかな?」


「いいぜ」


「いいよ」


 私は校舎を描く事にした。




 黄金比といった言葉があるように、美的感覚にはある程度の決まりがある。

 私は時計にあまり詳しくないが、カタログなどに写っている時計の写真は、常に10時10分ぐらいを指している。

 その時刻が時計を最大限に美しく見える時刻だそうだ。


 建築物においてもそれはあるようで『綺麗に見える角度』というものがある程度決まっている。

 マンションや新築のちらしを見比べてみれば分ると思うが、だいたい似たり寄ったりの角度の構図が採用されている。

 ルールを守れば見栄みばえのする絵が出来上がるのだが、一方で弊害へいがいもある。このルールを守れば守るほど、結果として似通にかよった、没個性で印象に残らない絵となってしまう……

 でも気にしなければ良いだけの問題なので、ここではそこまで考えないようにしよう。



 私たち校庭を移動し、校舎のもっとも美しく見える場所に陣取った。そして描きはじめようとしたときに声がかかる。


「ぼくもここで描いてもいい?」


 それはクラスではおとなしい、のりとくんという子だった。


「いいぜ、一緒にかこうよ」


 せいりゅうくんがこころよく承諾をして4人で絵を描きはじめる。


 のりとくんという子は自力でこのポイントにたどり着いたようだ、なかなか美的センスの鋭い子だ。

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