土曜日

 始業開始20分前という社会人としては遅めの時間帯に、家を出て学校へ向かって歩き出す。


 小学校という場所は、普通に土曜日も授業がある。

 しかしうちの学校では、この辺りがすこし変則的になっていて、土曜日の授業はあったりなかったりする。それはもちろん気分によって授業が開かれたり、無かったりする訳では無い。


 ごく普通の授業が開かれるときと、自由参加の特別授業がある時に別れるらしい。

 特別授業とは何をやるのかは分らないが、今日はごく普通に国語の授業が開催される。


 小学生に混じって登校する、きょうも秋晴れで気持ちよい。

 生徒達は授業が午前中だけというのもあるだろうか。やや浮かれているようにも見える。




 登校して見ると、うちのクラスの前に人垣ができていた。

 小さな子も混じっていたので、さまざまな学年の子供達が廊下からクラスの中を覗き込んでいるようだ。

 不思議に思い子供達に声を掛けてみる。


「なにかあったんですか?」


「おお、きたぞ」「おおきい」「すげー」


 という声が上がった。どうやら珍しがって私を見物に来たらしい。

 ひとりの男の子がたずねる。


「おじさん、うちの生徒なんだよね」


「そうだね」


「どのくらい居るの?」


「たぶん卒業するまでは居ます」


「おおー」と周りから声があがり、変な所で納得される。


「これからよろしくね」


「はは、どうも、よろしくね」


「あくしゅをして」


「はいはい、わかりました」


 子供達に次から次へと握手をする。もしかしたら私は、この小学校ではちょっとした有名人なのかもしれない。

 少なくとも、特異な存在ではあるだろう。


「サインをして」


 そういって、ノートと鉛筆を取り出してきた。


「サインですか?」


「そうサイン」


「名前をかけばいいのかな」


 とりあえず名前を書いてみる。サインなんて生まれて書いたこともない。


「ぼくも」「わたしも」と、ちょっとした行列が出来てしまった。


 適当に名前を書いていたら、こんどは小さい男の子が、

「おじさん、肩車してくれる?」


 とせがんできた。


「いいよ、肩車だね」


 そういって、男の子をひょいともちあげて肩車をしてあげる。


「たけー、すげーぞこれ」


 という大きな声が、耳元から聞こえる。

 満足そうでなによりです。


 するとこんどは、「ぼくも」「わたしも」と肩車待ちの行列ができてしまった。


 これは少し困ったぞ、男の子は別に構わないが、女の子はどうなんだ?

 本人は気にしていないようだが、女の子を肩車している私は見ようによっては変質者だ。


 さて、どうしよう。

 先に男の子を肩車してしまったし、女の子だけ断るというのも不公平に思われてしまうかもしれない。

 ここで男女の違いを説明して納得してもらえるだろうか?

 ……小学生相手ではかなり難しそうだ。


「うーん」と唸っていたら、救いの女神が現れた。


「ほら、もうそろそろ授業が始まりますよ」

 美和子みわこ先生が生徒達をいなしてくれた。



 助かった、あやうく変質者になる所だったかもしれない。

 これからは軽はずみな行動は控えるようにしよう。

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