背の高い転入生 7

 放課後、子供達からの質問攻めを受けている最中、「ブーン、ブーン」とスマフォが鳴る。

 画面を見ると今朝に登録したばかりの『再教育課』という名前が表示されている。何の用だろう。


「失礼、電話をとりますね」


 そう言い電話を受けると子供たちから「ビジネスマンだ」とかそういった声があがる。建築業界の私に対しての冷やかしだろうか?

 いや考えすぎだ。子供にはわかっていないだけだ。スーツを着たサラリーマンはみんなビジネスマンにみえるのだろう。


「もしもし鈴萱すずがやですが」


「こちら文部科学省、再教育課の桐原きりはらですが、授業は終わりましたでしょうか?」


「ええ終わりました。なんでしょうか?」


「引っ越しをしますので現住所の都心の自宅の方へ戻ってきて下さい。

既に大家さんに鍵を開けて貰って作業を進行しております」


「えっ」


「なるべく早めに帰宅をお願いします」


「ちょっとまってくだ……」


 電話は言いたいことを言うと切れてしまった。


「なんの話だろ?」「ビジネスとかの話だろ?」「いや女だな、ふられたんだ」


 子供達は好き勝手にものを言う。要らぬ誤解を与えるのもなんだし、正直に話すことにした。


「今日これから引っ越しをしなきゃならないから、もう帰るね」


「えー」「もっと遊ぼう」


「また明日にでもしよう、ではまたね」

 と言って手を振って立ち去る。


「またねー」と言って子供達は手を振り返してくれた。




 時刻はまだ3時になっていない。こんな時間に帰ってしまってよいものだろうか。

 不安になったので職員室によって確認する


 職員室のドアをあけて中をのぞく、なかには先生方が雑談をしていた。

 年配の方がおおく、中心となる年齢層は50代に届きそうだ。


 こういった場合は担任の美和子みわこ先生に聞くべきだろう。

 しかし見回してみても見当たらない。たまたま席を外しているのだろう。

 代わりに誰か話を聞けそうな方はいないかと探していると、先ほど案内をしてくれた校長先生と目があった。校長先生に確認をとれば間違いはないだろう。


「すいません校長先生、ちょっとよろしいでしょうか」


「はい、なんでしょうなにかありましたか?」


「いえ、もう帰ってもよろしいのでしょうか?」


「ははは、大丈夫ですよ生徒はもう帰る時間です。教職員は残業などもあってそうはいきませんがね」


「そうですよねいろいろと大変ですよね、お察しいたします」


「いえいえ、あなたも先日までは大変でしたでしょう。いつもは何時くらいに帰宅するのでしょう」


「昨日は夜の10時半くらいでしたかね、そこから帰ったので家についたのは11時すぎでした」


 職員室がざわつく

「そんな時間まで残業を……」

「一番遅いときでも、夜8時くらいじゃないのか……」

 そんな声がチラホラと聞こえる。


 失敗した、あわててつくろう。

「昨日は久しぶりの残業でいつも遅い訳ではないですよ」


 校長先生がそれに応じてくれる。

「そうですよね、いつもそこまで遅いわけではないはずですよね。

ちなみに徹夜てつやとかそういった事はありませんよね」


「いまは無いですね、でも若い頃は徹夜とかはありましたね」

 ごく普通の話で返したつもりだったのだが、職員室はシーンと静まり返ってしまった。

 『徹夜』という出来事はショッキングだったらしく、周りの先生方はあきれているというか、信じられないという顔をしている。


「そうですか…… でもほら、今は早く帰れます。ゆっくりできますよ」

 校長先生は聞いてはいけない事を聞いてしまったような気まずい顔をしたが、次の瞬間にはほがらかな顔でフォローを入れてくれた。どうやら変な気を使わせてしまったらしい。


「そうですね、それではお先に失礼させていただきます」


「それではお疲れ様です」


 建築業界の私の業務体系は、ここでは異質そのものらしい。

 この職員室の反応だと、まだ子供達との方が打ち解けられそうだ。

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