第3章 黒い泉の謎(1)

 季節の移り変わりは風のごとく早い。沢霧の村人たちは、カケルの指導のもと、冬支度に余念がなく、近隣の集落とも協力しながら、大量の鮭や川魚を捕獲保存し、クルミや栗をかき集め、時には大型の獣を仕留めたりしていた。

 猪や鹿を弓矢で射ることもあったが、集落の端に大きな深い穴を掘り、先端の尖った杭を立てて落とし穴にかけることもある。

 狩の腕前は男の価値を左右する、ということで、雪也も集落の若者と一緒に野山を駆け回った。

「さすが勇士様だな。俺たちも体力にあ自信があるけど身体能力が格段に違う! 背高いし、これで沢霧の村は安泰だよ」

 狩りの腕前は縄文人には及ばないが、雪也の体力と運動能力は口々に褒め称えられた。

 雪也のここでの日課は早朝のランニングと筋トレ、アキやキララから受け取った朝食をエナに運び、その日の占いを聞く。その結果はいつも抽象的なので雪也には判断ができない。ただ、村長に伝えるだけだ。

 日中の間は、手作業をしたり、食べ物を探しに行ったり、比較的自由だ。エナは巫女だからか、あまり外には出ない。ずっと瞑想をして過ごしていることもあれば、太鼓を叩きながら何かぶつぶつ唱えていることもある。

 いわゆる文明とはかけ離れた生活は想像以上に不便だったが、雪也を除け者にする村人はいないし、まぁ何とか見よう見まねで毎日を終えていた。

 雪也にとって問題なのは、縄文式の生活よりも巫女の扱いである。

「ユーキーヤー! 温かいお湯に浸かりたいわ。用意してくれる?」

「満月の力を得なきゃいけないんだけど、あたしを抱えて、広場に連れていって」

「痛っ! もっと優しく揉んでよ。昨日も今日も瞑想しっぱなしで、全身が疲れてるんだからね」

「あたしは巫女よ。あたしが掃除して汚れたら力が弱くなるじゃない。ユキヤの仕事でしょ」

 はっきり言って、巫女のイメージが崩されてしまった。もの静かで、自我を捨て、一心に皆の幸せを祈る――。エナはそういう巫女ではなかった。役目を果たしていることには違いはないのだが、気位が高いというか我が儘というか、注文は多いし気に入らないことがあるとすぐに拗ねてしまう。

(ううー、マジで早く百里基地に帰してくれよ)

 今頃、基地では捜索しても行方不明の隊員が発見されないということで、警察にも世話になっているかもしれない。縄文時代にやってきてから、二ヶ月は経っただろう。

 救難隊の仲間や隊長に迷惑をかけてしまっていることを考えると、胃痛と頭痛と心痛が一気に襲ってくるような感じだ。

「エナ? そろそろ出発しようか」

 今日は快晴、出掛けるのにちょうどよい日だ。雪も降っていないし、すっきりと青空が広がっている。雪也もエナも毛皮のコートと靴を身につけて外に出ると、いつものようにミウが駆け寄ってきた。巫女と勇士と犬が沢霧の村を歩く。今ではこれが当たり前の光景となっていた。

「なかなか、見つからないわね、黒い泉。でも昔から皆、この辺りに分け入っててよく知ってるんだから、ないものはないかもしれない」

 巫女の精霊の踊りの後、エナが告げた黒い泉を探せという言葉に従って、村の人々はことあるごとにそれらしき泉を求めて歩いたが、今までに見つかったという報告はない。けれど、巫女のお告げは絶対なのだ。見つかるまで、探し続けなければならない。

「巫女が諦めちゃダメじゃないの? エナには力があるんでしょ。なら信じないと」

 するとエナは少し驚いたように、雪也の顔を覗き込んだ。

「……ユキヤでもたまには良いこと言うのね」

「ええっ、たまにはって、ひどいな」

「でも、雪也の言う通り、精霊の言葉は絶対正しいの。だから諦めちゃいけないわね」

 天候が良さそうだということで、二人と一匹は少し遠出することにした。もう沢霧の村の周囲の森林は調べつくしてしまった。村から阿武隈川までだいたい徒歩で二十分ほどで、その途中にも森林がある。

 二十一世紀と違って、川の中流や下流が濁ることもなく、安心して美味しい水を飲むことができるので、何も泉が山にあるとは限らない。

「ミウ、ここに泉が湧いてると思う?」

「くぅん……」

 もこもこの犬は大人しめに鳴いて首を傾げた。ミウはかなり賢くてちゃんと人間の言葉を理解しているらしい。特にエナとは本当に姉妹のように会話が成り立っているとしか思えないほどだ。

 ミウは鼻先を地面すれすれに近付けながら森林の中を嗅ぎ回っている。こういう時、人間の二人は無言でミウの後をついていく。

「そろそろ休憩しない? 疲れちゃった」

 すぐにエナが音を上げることは予想できていたので、雪也は太陽の光の当たる開けた場所に毛皮の敷物を置いて女王様を座らせた。自分は背負っていた弓矢と腰に下げている大型の石のナイフを外して、エナの隣の切り株に腰を下した。護衛ということで、剣のような武器がないかカケルに尋ねたが、縄文時代にはまだ製鉄技術はなく、石を鋭利な状態にして持ち歩くか、弓矢に頼るしかなかった。

「別の世界にいたって言ってたけど、そこでも勇士だったの?」

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