地上のふたつ星

木葉

第1章 白い光を追って(1)

 コックピットからの眺めは、やはり晴れた穏やかな日に限る。

 けれども、この機体が本来の役目を果たす時、外の景色の美しさなどに心を寄せる余裕などは許されなかった。

「赤城、どうした? 最近何か考え事があるみたいじゃないか」

「ああ、西潟二曹、驚かさないでくださいよ。別に大したことじゃないんです」

 職場の窓から滑走路に羽を休めるU-125Aをぼーっと見ていた赤城雪也三等空曹は、軽く会釈をしながら、先輩同僚の問い掛けに答えた。雪也は今年、二十五歳になるがどうも童顔で子供っぽく見られてしまう。おまけにこの職場の多くの屈強そうな男たちに比べると、小柄だし、目つきも柔和で、時々誘われる合コンでも「赤城くんって、本当に自衛官なの?」と言われる始末だ。

 西潟二曹とは、「クリスマスの予定はないのか」「いえ、特にありません」という今の時期にありがちな残念な会話を終わらせてから、考え事の続きに戻った。

 あの日のことは強烈に覚えている。

 しかし、克明に細かいことまで覚えているかと言えば、実は覚えていない。平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災は、雪也の所属する百里救難隊をすぐさま怒涛の任務に就かせることになった。

 出動命令が下ってから、雪也はこの世の終わりが来たのではないかという気持ちになった後、そんな絶望的な考えを打ち消した。

 ――人命救助の最後の砦。

 それが、航空自衛隊の救難団なのだ。主な任務は、自衛隊機の遭難に際してパイロットを捜索・救助することだが、民間の様々な事故や遭難でも出動する。

「要救助者、発見!」

 U-125Aという固定翼救難捜索機の機上無線員の雪也は、レーダーや赤外線暗視装置を駆使して、要救助者を捜索する役割を与えられており、誘導された救難ヘリコプターUH-60Jが主に救難に当たる。

 三月十三日、百里救難隊のヘリ三機が阿武隈川付近で五十名近くの被災者を救助したのは、肌に寒さが凍てつく早朝の0607(マルロクマルナナ)のことだった。

 翌日も小学校から要救助者を収容した百里救難隊は、その後も全力で任務を遂行した。もちろん、雪也も全身全霊をかけてレーダーや赤外線暗視装置を凝視し、機体の窓から目視で生存者の姿がないか捜索した。

 ところが――。

(あれ、おかしいな……。白い光なんて、見えないのに)

 ただ一度だけ、不思議なことが起きた。福島県上空、阿武隈川の河口方面に向かっている途中、雪也が捜査している暗視装置に奇妙な影が映ったのだった。

 三月の早朝はまだかなり暗い。最終的には目視が重要な救難作業も、暗視装置は必要不可欠だ。だがそこの映し出された奇妙な影は、人のものではなく、まるで火の玉のような白い光だった。雪也は目視で確認しようとしたが、外の世界は暗黒のまま、どこにも明るく照らされているところなどはない。

(北緯三十七度四十七分二十五秒、東経百四十度三十分五十二秒か……)

 咄嗟に確認して記憶する。

 勉強は嫌いだが、こういう興味を持ったことに関しての記憶力はわりと良い方だ。雪也は急いで任務モードに頭を切り替えたが、これで後から不思議な光の発生場所を確認することができるだろう。

 百里救難隊、いや自衛隊の長い長い戦いが終わり、いつしか雪也たちも通常の勤務に戻っていった。

 そして、クリスマスシーズンを控えたある日、職場のデスク周りを整理していて、クリアファイルから一切れのメモ紙が出てきた。

(これは何だっけ?)

 二つのグループに分かれた数字の羅列。雪也は記憶を辿った。

 そう、これこそが雪也の人生を変えることになった運命の数字だった。雪也は深呼吸をすると、この数字を獲得した時のことを鮮明に思い出した。大災害の中で遭遇した奇妙な光を見つけた場所の位置だ。一度その日の救難任務が終わってから、仮眠を取る前の少しの時間に手元にあったメモ用紙に、位置を書き留めておいたのだ。

 そしてそのまま季節が巡り、だいぶ長い時間を経てようやく雪也は自分の運命の扉を開く手前にたどり着いた。考え事をしていたのは、この不思議な光のことについてである。

 元々、雪也は好奇心は人並み以上にはある方だと自覚している。取り立てて趣味というものを持っていない雪也が、人生に退屈さを感じていないのは好奇心のお蔭かもしれない。

「もうかなり前のことだから覚えてないかもしれませんが、震災発生から数日後のミッションで、何か変な光を見ませんでしたか?」

 訓練が終わった後、震災当日、同じ機体に乗っていた救難員にメールで問い合わせてみると、翌朝には返信があった。彼は今、芦屋救難隊で勤務している。

 ――元気にしてましたか。質問の件ですが、ちょっとよく覚えていません。阿武隈川沿いでの火災とは別のこと?

 あまり期待はしていなかったが、やはりこれという情報は得られなかった。火災だったら目視でもはっきり見えたはずだ。

(よし、これは現地に行って確かめないとな!)

 一度気になり始めると、とことん突き止めたくなるのが雪也の子供の頃からの性分だった。メモをした緯度と経度を調べると、その住所は福島県福島市岡島字宮畑という場所である。

 ネットの地図で地名を入力して表示されたその土地は、一見すると何の特徴もなさそうだった。阿武隈川の東二キロメートルほど、強いて言えば工業団地がある。

(工場から出た光だったのかな……)

 あり得そうな推測に、少しがっかりしかけた雪也は、地図を航空写真に切り替えた瞬間、あっと息を飲んだ。

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