先生はいつもお暇ですよ?

 

 



「お久しぶりです、深鈴さん」


 少し照れたように、モジモジと幕田は深鈴に挨拶していた。


「高原のホテルに行ってらしたんでしたっけ?」


 高原のホテルなんていいもんだったか? と思いながら、行ってらしたのは俺も同じだが、何故、俺に訊かない? とも思っていた。


 すると、幕田は気配を感じたのか。


「随分、長逗留でしたねー、先生」

と一応、こちらにも話を振ってきた。


「途中でまた違う事件に巻き込まれてな」

と言うと、


「ほんと先生は事件を呼びますよねー」

と笑って言ってくるが。


 いや、待て。

 呼んでくるのは深鈴だろう、と思っていた。


 自分が犯罪者になり損ねた怨念からか?


 深鈴が犯罪者と事件を呼び込んでいるような気がする。


 幕田は、深鈴さん、深鈴さん、と彼女の名を呼んでいるが。


 ふん。

 嬉しそうに深鈴の名を呼ぶな。


 こいつの名前は、亮灯だぞ。


 此処らでは自分しか知らないと勝ち誇りたくなるが、残念ながら、自分もその名で呼ぶことは許されてはいなかった。


 いきなり名前が変わると、幕田たちが混乱するから、というのが表向きの理由のようだが。


 どうせ、亮灯という名は志貴にしか呼ばせないんだろう、といじけている。


 江戸時代、武士は、名を相手に握られ、呪詛をかけられることを恐れて、本名を教えなかったというが。


 お前は武士か、と深鈴を睨みながら、幕田に言う。


「おい。

 ケーサツ。


 なんか用があって来たんじゃないのか?」


 深鈴のご機嫌伺いか? と訊くと、

「あ、そうでした。

 そうでした」

と幕田は笑って、ポケットから折り畳んだ紙を出してきた。


「先生。

 この住所のところに行っていただけませんか?


 お暇なときでいいんですが」


「先生はずっとお暇ですよ」

と余計なことを言いながら、深鈴はお茶を淹れに行く。


「何処だ。

 この田舎は」

と見覚えのない地名に呟くと、


「うちのおばあちゃんちの近くです。

 近所のおじいちゃんが、うちの仏像がなくなった気がするって騒いでるらしいんですよ。


 それでおばあちゃんが僕に言ってきたんですけど。


 らしい、じゃ警察動けないし、管轄も違いますしね。


 安く引き受けてくれる探偵さんが居るって言ったら、ぜひって言ってるらしくて」


「おい。

 安くってなんだ?


 勝手にうちの料金を決めるな、と思っていると、


「だって、先生、お暇なんでしょう?」

と痛いところを突いてくる。


「おばあちゃんが、ぼたもちもつけるって言ってましたよ」


「子供のお使いか」


「なに言ってるんですかっ。

 うちのおばあちゃんのぼたもちは最高ですよっ」

とよくわからないところで、幕田が憤慨し始める。


「私、ぼたもち好きですっ」

と深鈴が手を叩き、そうなんですかー? と幕田が喜ぶ。


 なんなんだ。

 このぬるい空気は……。


 まあ、事件自体が、かなりぬるい感じだが、と思っていると、幕田が、

「深鈴さんが行くのなら、僕も行こうかなー」

と機嫌よく言い出す。


「管轄外なんだろ……?」

と低い声で脅してみたが、幕田は人の話を聞くような男ではなかった。


「そういえば、ぼたもちとおはぎの違いって、なんなんですかねー?」

としょうもないことまで言い出す。


「呼び方が違うだけだ。

 ぼたもちは春、おはぎは秋のお彼岸だ。


 春は牡丹の花、秋は萩に見立ててるから。


 牡丹餅と御萩だろ。


 俺は美味ければ、どっちでもいい」


「夏は、夜船(よふね)、冬は、北窓(きたまど)って言いますよね。

 私も美味しければ、なんでもいいです」


「じゃあ、ぜひ、うちのおばあちゃんちでお召し上がりください」

と幕田が話をまとめてしまう。


 なんだろう。

 幕田のおばあちゃんちを訪ねて、ぼたもち、いや、今の季節なら、夜船かおはぎか、をいただくツアーみたいになってきた。


「……どうでもいいが、ケーサツ。

 お前ら、めんどくさいことがあると、俺に押し付けてるだろ」


 いえいえ、と笑うが、警察が探偵に仕事を斡旋してくれる理由など、それしかないような気がしていた。





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