エピローグ
エピローグ
「じゃあ、亮灯。
元気でね」
新幹線のホームまで、志貴は見送りに来ていた。
「うん」
と嬉しそうに亮灯は微笑む。
もうアリバイ作りのために、他人のフリをしなくていいので、遠慮なくベタベタなカップルの別れを演じていた。
それを横目に見ながら、晴比古は、志貴じゃないが、俺がこいつらを殺したい、と思っていた。
「もうお前、一緒に帰らなくていいぞ。
志貴とこのまま、結婚しろよ」
「そうしたいのは、やまやまなんですけど。
私、死んだことになっている人間なので、いろいろとややこしいですし。
まあ、こっちに居るだけなら、戸籍は関係ないんですが」
「深鈴の戸籍ももう使えないしな」
と言うと、
「どのみち、深鈴さんの名前で結婚する気はなかったです。
だって、志貴が他の人と結婚するみたいで嫌じゃないですか」
と言う。
「それに、先生を一人で置いておくのが心配で」
ありがたいが、今すぐホームに突き落とされそうな気がするから、今それを言うのは、やめてくれ、と思っていた。
志貴は突き落としておいて、きっと言うのだ。
『大丈夫ですか?
どうしたんですか?』
人の良さそうな顔で、手を差し伸べ、俺にしか見えないように笑うに違いない。
ギリギリまで乗らなかったので、席に着いてすぐ、新幹線は発車した。
志貴はいつまでも、それを見送っていたようだった。
振り返り見ている亮灯に、
「本当にいいのか?」
と問うと、亮灯は黙っている。
「お前、あんな男前、放っておいたら、浮気するぞ」
いや、まあ、あの志貴がそんなことするわけないとわかっていたが、ちょっと嫌がらせも兼ねて言ってみる。
亮灯は俯いてしまった。
しまった。
いじめすぎたかな、と思ったとき、顔を上げて亮灯は言った。
「そうですよね、先生。
また制服姿で血まみれの女とか現れたら、志貴、フラフラッと行っちゃうかもしれませんよね」
「どんなフェチだよ……」
「だって、志貴。
私と会ったとき、雨で、私の顔や服についていた乾いた血が溶けて流れてくのが綺麗だったとか言ってましたよ」
「そりゃ、お前だからだよ。
なんか読むか」
と亮灯の膝に古い文庫本を二冊放った。
「どうしたんですか、これ」
「浅海が貸してくれた。
道中暇だろうからって」
「貸してくれたってことは、返しに来いってことですよね。
浅海さん、先生に気があるんじゃないですか?」
となにやら嬉しそうに言うので、深く傷ついてしまった。
俺、どんだけ問題外なんだよ、と思ったのだ。
「高校生を俺にどうしろって言うんだ。
犯罪だろ。
志貴じゃないんだ」
と機嫌悪く言ってしまう。
「女はすぐに大人になりますよ。
あ、そうだ。
先生、戻ったら、私のことは深鈴って、呼んでくださいね」
もう寝てしまおうかなと、腰を深く落として、目を閉じかけたのに、思わず開けてしまう。
「なんでだ!?」
「だって、みんな私の名前がいきなり変わったら、びっくりするし。
と亮灯はいつも地元で世話になっている刑事の名を挙げた。
「……本名知ってるのに、その名で呼ぶのは、贋金つかまされてるみたいで嫌なんだが」
そう恨みがましく睨んでみたが、深鈴は笑顔で言ってくる。
「どうぞ、深鈴って、呼んでください。
私が先生を深い森から導きますよー」
「今、お前が俺をどん底につきおとしてるんだが……」
「えっ。
なんでですか?」
お前にフラれたからだよっ、と思ったが大人げないので言わなかった。
それに、まだこいつらが、遠距離恋愛を続けるというのなら、つけ入る隙はあるはず。
いつか俺も、亮灯と呼んでやるっ、という低い目標を掲げ、目を閉じようとしたとき、すぐ後ろに連結している車両から、悲鳴が聞こえてきた。
亮灯は本を置き、自分を乗り越えて、行ってしまう。
「こらっ」
危ないだろうがっ、と思っていると、飛んで戻ってきた亮灯が叫んだ。
「先生、人が凍って死んでますっ」
「はあ?」
「まだ、周りの人たち動いてません。
さあ、そこら中の人の手を握ってみてくださいっ。
その顔でっ!」
「この間から思ってたんだが。
事件呼んでんの、俺じゃなくて、お前じゃないのか」
さあ、早く、と亮灯に手を握られる。
その手からは、どんな罪も重い心も流れて来ず、晴比古は少し笑って、立ち上がった。
「しょうがねえなー、もう。
ほら、行くぞ。
ーー深鈴」
了
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