13 メディック3・前衛1・応援1

 呼びかけに応じたのはカナリー、ナヴィ、ルルカの3人だ。

 なぜかプラシアも付いてきて、5人のパーティが完成する。

 冒険者届けを出して、街の外壁を出ればいざ冒険の始まりだ。


「って! 中尉! どうして前衛が私だけなんですかぁ!」


「物理の盾役いないしさ、あとは魔法攻撃で、ね?」


「盾役とか無理ですし、それにこの羽生えちゃってる子はなんですかっ……?」


 ビクビクしながらルルカはプラシアを指さす。

 察しの良いカナリーと違って、ルルカは未だに現状を飲み込めていない。

 カナリーがうんうんと神妙にうなずきなら肩を叩く。


「地面が空に浮いてるでありますし、羽くらい生えるでありましょう」


「ルルカ安心しろ。僕もカナリー看護官もナヴィもメディックだ」


「そうであります!」


「サラ、お前は前衛できるだろ」


「そういう問題じゃないんですぅ……」


 がっくりうなだれるルルカの背中を押しながら、草原の道を歩いて行く。

 街の十分の一ほどの衛星都市が見えてきた。

 マルーン氏の空図によれば、この衛星都市から島を渡る定期便が出るらしい。


 都市の入口で冒険者届けを出した時にもらった手帳を見せる。

 女3人、男2人という珍しいパーティだ。しかも一人は羽が生えている。

 門番や街の人にとってはカナリーの巨乳が目立つようだったが。


 定期便はなんと畜産の輸送に使う貨物船だった。

 よく見ると外装も内装も派手な色だったり他国の旗が掲げられていたりする。

 運賃は高かったが、ずいぶん賑やかな様子に僕らは安堵した。


 通されたのは唯一の灯りが天井にぶら下がったランタンだけの船室だ。

 軍の輸送とは違い、荷物として詰め込まれた感じが妙に懐かしい。


「何年ぶりだろうな、こうして島を渡るのは」


 ナヴィがぼそっとつぶやいた。

 僕はうんうんと相槌を打つ。

 察しの良いカナリーは僕の脇を離れて、プラシアに話しかけていた。


 プラシアが歳の近い同性と会話しているのを初めて見た。

 まだ言葉はおぼつかないところがあるけれど、至って普通の女の子に見える。


 船が出発すると、退屈な時間が始まった。

 乗り合いの者たちのほとんど冒険者らしい。

 兵士たちの暇つぶしは賭けで勝負することだが、彼らは自慢話で勝負をする。


「何を何を! 俺の倒したモンスターなんかこの船よりデカいのさ! そいつはトレントって言う動く大木なんだが、近づく人間を尖った枝で一刺し。その証拠にほら、俺の二の腕には今も大きな穴が空いてやがる」


 冒険者の男は袖をまくり、本当に腕に空いた穴を自慢げに公開した。

 完全に穴が空いた状態で治癒しており、腕の筋肉を収縮させるのがよく見える。

 そのグロテスクさと武勇伝が相まって自慢話の勝負は彼の優勝のようだった。


 僕は傍らのプラシアがドラゴンの娘だったことを思い出したが、まあいいか。

 そんなことよりトレントというモンスターについて聞きたかった。


「なあその話、詳しく聞かせてくれよ」


 僕は男からトレントについて情報を聞き出すうちに、あることに気がつく。

 男が倒したというのは身体の一部をもぎ取っただけに過ぎないらしい。

 それでもう依頼を達成したので帰ったという。


 船が森のある島に近づいた頃、男が僕に忠告する。


「たぶんアンタらのパーティはトレント狩りに向いてねぇ。盾役いないだろ?」


 ルルカと目が合ってあからさまに逸らされる。

 普通、狩り目的の冒険者のパーティは前衛2人・後衛2人が基本だ。

 僕たちはどうか。メディック3・前衛1である。


 プラシアはなんだろう、と彼女に目を向けた。

 僕の視線に気づいて、両手をぐっと握ってエールを送ってくる。

 話せるようになってからあの子はよくわからない。うーん、応援1、かな?


 男は「自分も行けたら行ったが、すまねえ」と短く謝った。

 どうやら別のクエストのために船から降りれないようだ。

 そんな配慮に感謝して、お礼にマルーン氏から写してもらった空図を出す。


 空図の書き手が連邦の行商人と分かると、男は感心し、感謝を述べた。

 男は自身の空図に僕の写しの空図を重ね、刻印石をかざして短く詠唱する。

 淡い光とともに男の空図に新たな領域が書き加えられた。


 僕らが知っているのはこの星が丸いこととロフトピアは未開の地ということ。

 世界はまだまだ謎だらけだから冒険者はできるだけ知識を共有する。

 冒険者の自慢合戦は日常茶飯事だが、元は情報交換が目的だったらしい。


 男はトレントについて教えてくれた。その習わしに僕も乗ったわけだ。

 満足した様子の男と別れ、船は島の断崖にある空の桟橋に着いた。

 このあたりはエーテルの濃度が高く、桟橋から浮く島々を見渡せる。


「わあ! こんな風景、はじめて見ましたよ!」


 ルルカが大きなリュックを背負った状態で桟橋の上を走る。

 ぐらぐらと揺れて僕とナヴィは苦笑いの顔を見合わせた。

 カナリーが帰りの船の手続きとプラシアの翼にまつわる質疑を軽くこなす。


 森のあるこの島は帝国の直轄地の一つで、つまりは僕の肩書が役に立った。

 定期航路を少し外れるので人は住んでいないが、階段や道は舗装されている。

 僕を先頭に断崖の階段を少しのぼると、ひんやりとした空気が流れてきた。


「驚いた。島全体が森なのか。いや、森が島になっているのか……?」


 木々の根が土を固めた階段を貫いて飛び出していた。

 よく見ると崖の壁面からも木が生えており、僕らが歩いて渡れそうな感じだ。

 階段は木の幹で途切れ、どうしてもその上を行くしか無いようである。


「ルルカ、その荷物は持っていけなさそうだぞ」


「なぜですか? 全員分の食料と全員分の野営用の備えですよ」


「ここ、渡っていくから」


 木々があばら骨のように湾曲して生える断崖を指差した。


「冗談ですよね……?」


「こういう時サラ医官は冗談を言わないのであります、マルーン二等兵」


「ハッ」


 ルルカ・マルーン二等兵は軍隊式の敬礼をして返事した。

 荷物を下ろし、手際は悪いが最低限の荷物だけに絞っていく。


「よくわかってるね。あっ、カナリー看護官は大丈夫かな……」


「どっ、どういう意味でありますか⁉」


 正直なことを言えないので、ナヴィに視線で助けを求める。

 タバコを探しているらしく僕にはまったく気づいていなかった。

 僕はできるだけカナリーの首から下を見ないようにしながら答える。


「怖くないかなって心配しただけだよ」


「つい半年前の訓練でこういう場面は経験しているであります!」


「うん、なら行こうか。他の全員も大丈夫だと思うし」


 プラシアも小さくうなずき、ナヴィはやや機嫌が悪そうに返事した。

 ちょうどルルカも荷物をまとめ終わった様子だ。

 僕は念のため全員に重力を軽くする闇の魔術をかける。


 木に足をかけて乗ってみると、軋む音が少ししただけで充分渡れそうだった。


「あ えと、ごめんなさい 通らせてもらうの ゆるして?」


 振り向くと、すぐ後ろでプラシアが木に謝りを入れていた。

 それを見てルルカが木に礼をして、カナリーは優しい声色で木に呼びかける。

 僕に気づいてナヴィがこれ見よがしに謝りを入れた。僕は少し気まずかった。

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