『夜の淋しさを埋めるもの』
「うーわ真っ暗やんけ……やっぱ断りの電話入れて正解ってとこか」
プラカップのコーヒーを提げた一志が俺達より一歩遅れて店から出てくるなり、ストローを口に運びながら真っ黒な空を睨んでボヤいた。
「ホント、今何時?」
「もうそろ19時ってとこ」
俺らもそれにならって首を上へと向け、それぞれエナジードリンクとミルクティーの蓋を開ける。
首都高から中央道の下りへと抜けた先で下道に降り、走ること20分。適当なコンビニ目星を付けてひと心地着いた時には、あたりはとうに夜の
「いっそこのまま夕飯行くか?」
一志から返って来たのは予定にはない提案ではあったが、確かにここから店を探せば食事時としては丁度いい。何より解散してから改めて食べるものを調達しに出るのも面倒くさい……というか一度家に帰ってしまえばそのダルさに負けて寝てしまう自分が容易に想像できた。
「せやね――」
何より、どうせ外で食べるなら全員で卓を囲んだ方が楽しい。こいつは全員見解が一致しているだろう。
と、思ったのだが。
いち早く同意を返そうとしてふと横を見ると、先輩が困ったように首を傾けている。
「行きたいところだけど……今からごはん、はちょっと厳しいかな」
「そなの?」
まさかの反対票に軽く驚きながら訊ねると、先輩は長い唸り声と一緒に頷いた。その顔に悔しさが
「時間に縛られているわけじゃないんだけど、今日中に顔出しておきたいところがあってさ。ここまで遅くなると思ってなかったから言わなかったんだけど……」
「え、美恵ちゃんなんか予定あったん?マジ、ゴメン……」
ここにきて初出の情報を突きつけられ、驚いた顔で両手を合わせて頭を下げる一志に先輩は慌てて両手を振った。
「一志君が謝ることじゃないって」
続いた優しいフォローの声に、一志がゆっくりと顔を上げる。
「そうそう」
その顔からまだ申し訳なさが拭えていない事を読み取り、今度は俺が肩を軽く叩いてやる。
ならばここは弄り半分だとしても非難するのは良い選択とは言えなかった。これが後から合流した一志がSAでだらだら土産を選んでいたとか、余計な寄り道を提案したとかならば存分に責め立ててやるのだが――
「……さすがに事故は予想できないっしょ」
「全然動かなかったもんねえ」
俺の空笑いに今度は先輩が続いた。
首都圏に入る手前あたりで不自然に滞りだした車の流れ。それがトラック同士の派手な衝突によるものだと察したのは、完全に止まった車列のド真ん中で、路肩を急行する緊急車両の列を見た時だった。
こうなってしまえば時すでに遅しというか。見切りをつけて高速を降りることも出来ず、車線規制のおかげですり抜け出来る隙間もないといった詰み状況が続き、芋虫のような速度でようやっと事故現場を抜けた頃にはこんな時間になっていた。
そこに誰のせいもクソもないだろう。強いて言えば事故を起こしたどっちかのドライバーのせいだ。
「丁度ここ駅前だし、特急乗れれば間に合うから、ホントに大丈夫だよ?」
「そう言ってくれると助かるわ」
ずここ、とストローを鳴らしながら未だバツが悪そうに笑う一志だったが、その顔にはいつもの調子が戻っていた。
「とりあえず、今日はここで解散っすかね」
丁度3人とも飲み物の中身が空になった頃合いと重なり、収まった場を締める俺の一言に、ふたりが頷く。俺が広げたレジ袋に先にプラカップが放り込まれ、丁寧に紙パックを畳んでいる先輩と対照的にいち早くグローブを嵌め終えた一志がバイクのセルを回した。
「じゃーな!お互い……つうか、美恵ちゃんも気を付けて帰れよ!」
「うん、また行こうねー」
「おー、また学校でなー」
そう言い残し先に家路を急ぐ車列へと混じってゆく一志をふたりで見送り、それから纏めたゴミを捨てに一度店の中へと戻る。最後だからとてっきりさっきのSAみたく引っ付いてくるかと思ったが、意外にも先輩は店を出るまでパーソナルスペースを保ったままだった。
まぁ、そういう気分じゃないってだけだろう。あるいは頭の中を仕事モードに切り替えている最中かも知れない。あまり深く考えず、ハンドルに引っ掛けているメットを被り直す。駅まで見送るべきかもしれないが、さすがにコンビニに停めたままってわけにもいかない。
「んじゃ、また明、日――?」
言いながら振り返った先、思ったより近くにあった先輩の顔に挨拶の続きが引っこむ。その位置関係ももちろんだが、何より驚いたのは彼女がいそいそとメットを被り、未だサイドスタンドが降りたままの俺のバイクの脇に準備万端といった様子で佇んでいたからだ。
まさかヘルメット姿のまま電車に乗るわけでもあるまい。ましていくら私鉄とはいえこの時間の駅周辺は混み合う。信号に引っ掛かりながら下ろす場所を探すよりも、ひとりでさっさと歩いた行ったほうが早く改札を抜けられるのは明白だ。
つまり『そこまで乗っけて行け』という意思表示でもない。
「いや、駅すぐなんだけど……」
となればその意図はわかりきっているものの、一応訊く姿勢は取る。ポーズとして。
そんな俺から先輩は少しだけ視線を外して、どこか悪戯っぽい笑顔を作った。
「せっかくなら、乗り換えの駅まで一緒に居たいな」
ようやくここでさっき引っ付いてこなかった理由が分かった。単に彼女の言うところの『充電』があんな短い時間である理由がなかった、というだけだ。特急云々は一志に気を遣わせない為の方便だったってところか。
……あるいは巧く出し抜くための詭弁か。
あぁ、だめだ。昼間の一幕があったばかりなので、どうしても悪い方向に考えてしまう。
「達也の通る道の途中だし……ダメ、かな?」
とはいうものの彼女の言うことに嘘はないのも事実だったし、断る理由も見当たらない。なによりこうして控えめにお願いされると袖にするのも気が引けた。
それにひとたび帰ってしまえば明日の朝までぐーたら出来る俺達と違って、先輩にはこれからまた仕事というフィールドが待っている。そこには社会にちゃんとした形で就労したことのない奴にはわかりっこないストレスがあるんだろう。
そこに立ち向かう為の小さな
そして一志に気が引けるというのも、それこそ何を今更という話だった。
「脇逸れたら詳しくないから、ナビは頼むね」
こんなボンクラの背中が充電スタンドになるなら。
言い換えれば必要とされているなら。
スタンドを蹴ってシートにまたがった俺が了承を示す文句を吐いたのは、実のところそれが一番大きな理由だった。
「やたっ」
小さく声を弾ませながら跨る先輩の勢いに、サスペンションが弾む。すぐに腰元へ回された両腕が一瞬だけ、不必要なほど強くお互いを密着させる。
「特急より早い到着は、期待しないでね」
「うん、いいよ。ゆっくりがいい」
単気筒のエンジンがビートを刻み、傾けた車体が国道の流れに乗って加速する。
タイヤから伝わる古いアスファルトの凹凸、脇を抜けるトラックが唸らせる横風。絶え間なく聞こえるマフラーの爆音。ひとたび車列に加われば、体は様々な振動に晒される。
そこに紛れた先輩の手の震えを、その時の俺はまだ感じ取れていなかった。
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