『それだけは間違いないだろう?』
「あの採掘所跡、雰囲気あってよかったなー。ちょっと寒かったけど」
喫煙所から離れ、改めて土産物を見るべく売店へ向かう。
その途中で思い出したように呟く俺に、ふたりは大きな賛同を返してくれた。
「本来インディーズのバンドが撮れるような場所じゃないらしいけど、そのあたりは流石アルレディって言えばいいのか……」
「クラウドファンディングで資金募って、交渉もかなり長い事粘ったって言ってたしね」
「よほどノブさんのセンスに訴えるものがあったのかなって思ってたけど、実際に行ったら納得したわ」
それぞれ人1人がギリギリ通り抜けられない間隔で横並びになって歩きながら、一志と先輩の間で行き交う会話のキャッチボールを見守る。
――この陣形で沈黙が続けば続く分だけ、さっき飲み込んだ心労が重みを増すだけだ。
唐突な話題の切り出しは、そう感じた上での足掻きに過ぎなかった。我ながらそこに見えるあまりの不自然さに、心情を見透かされるんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだが、結果弾み始めた話題の前にはその歪さも霞んでいってくれるだろう。
「高柳君、後で撮った写真クラウド上げておいてくれるかな?あのPVの並び真似した奴」
「おー任せろ……っつうか、忘れないうちに今やっとくか」
先輩の要請を受けていそいそと端末を取り出した一志だったが、そこに映った画面を見て急に渋面を滲ませ、急に足を止めてしまう。
「ん、どした?」
つんのめりながら一歩遅れて止まり、奴へ振り向いて訊ねる。
そんな俺に続いて、先輩もその顔に疑問符を乗っけて一志を見やった。
「いや、バイト先から着信来てるんすけど。しかも7件連続」
既にある程度事態の予測がついているのだろう。やるかたないい思いをため息に乗せながら、一志は俺達に向かって着信履歴を見せてきた。
「あー……穴が開いたか」
長いものでも10分、短いものだと3分という間隔で繰り返されていた架電の痕跡。シフト制のバイトを経験したことがあるものならば、その絵面だけで何が起きたかはすぐピンとくる。
得心して同情の声を上げる俺とは対照的に、先輩は俺達の顔を見比べながらまだ眉根を潜めていた。
「またバックれかなぁ。最近多いんだよ」
「こういう時、足持ってる奴から呼び出さんだよね」
「家も近いと尚更よ」
「わかるわー」
互いの気苦労を忍んで苦笑を交わす俺達に、先輩が少し声を張って割り込んできた。
「一体どういうこと?」
頭の上で一足飛びに話を進られ置いて行かれたのが癪だったのか、傾げるその首の上にはちょっと不満そうな表情が乗っかっている。
「あれ、賢い美恵さんでもお察しがつかない?!」
「そういうのもういいから」
これ以上機嫌損ねるとなんか面倒になりそう。
そんな予感を抱いた俺は、珍しい先輩の様子を見て悪ノリたっぷりに煽る一志を小突いて黙らせる。へそ曲げた先輩を取り成すのだって楽じゃないんだからな。
「多分こいつのバイト先で欠員が出たんだよ。んで代打のお鉢が回ってきた」
「あぁ、そういうこと……」
「この鬼電具合だと、他に出れる人がいねえっぽいなー……どーすっかなあ」
「えっ」
現場が割と笑えない局面に陥っているということを理解したのか、先輩の瞳には急に心配の色が宿った。
「こっからだとどうせ間に合わないし、まぁシカトしても――」
「ダメだよ。断るにしてもちゃんと伝えないと」
有耶無耶に流そうとする一志に向かってきっぱり言い放つ先輩。直前まで子供のようにおかんむりだったはずなのに、今じゃまるで教え子を諭す先生のような泰然さが備わっている。
なんだ?変なところについてる逆鱗にでも触れたか?
あるいはインターン先で責任ある立場に立っているからこその物言いなのか?
あまりの態度の変化っぷりに一志だけじゃなく、傍で効いているだけだった俺まで引き気味にのけ反ってしまう。
「売店で待っているから、掛け直しておいで」
「お、おぉ……そうするわ。悪いね」
俺達へ順々に視線を巡らせ頭を下げる一志に対し、やはりというべきか先に手と首を振り返したのは先輩だった。
「大丈夫だよ。石井君とゆっくり見てるから気にしないで」
「そうそ。ここまで早すぎたくらいなんだから」
潮目の変化が突然過ぎたせいで、論旨への追従が精いっぱいだった。
大して考えも巡らせずに開いた口には、意図せず皮肉めいた意味合いを込もってしまう。
「わかった。すぐ済ませてくる」
だがそれに気付く様子もなく、そそくさと回れ右して喫煙所の方へと戻っていく一志。普段ならばそういう所は敏感に察知して笑いの一つでも返してくるキャラなんだけど、どうも俺より数段気圧されているようだ。
「いってらっさーい……」
半ば呆然と手を振りながら見送る奴の背中が見えなくなるころ、不意に左から上着の裾をくいくいと引っ張られる感覚を覚えた。
何かに引っ掛けたかと目をやると、してやったりといった表情を浮かべた先輩の上目遣いと視線が合った。
……まさか、この人。
あんまり的中してほしくない予感が渦巻く胸に、口の端っこが勝手にひきつっていく。
「これで、5分くらいは独占できるかなぁ」
続くその一言で確信する。
さっきの心配そうな視線は演技かよ。
「……わざと大袈裟に説教垂れたってこと?一志を遠ざけるために」
「さっきのやりとり羨ましかったんだもの。なんか通じ合ってる感が、さ」
いや何処にジェラシー感じてるんすか、先輩……。
こっちとしては呆れを込めたつもりで深い息を吐くが、そこにある種の諦めを見て取ったのか、先輩は勝ち誇るように笑みを浮かべ、ぴたりと肩をくっつけてくる。
「……っ」
いつまでたっても、向こうからの急な接近には慣れない。それが自分とは月とスッポンレベルで釣り合わないルックスを誇る相手となれば、無理もないでしょ。
忘れていた心苦しさが今まで以上の重みを以って蘇ってくるが、そいつを行動に反映させる前に、先輩はするりと指を絡めてきた。
ほんの少し力を籠めればあっさりと折れてしまいそうな細指を編みこまれてしまえば、もはや強引に振りほどいて離れるという選択肢は潰されたも同然だった。
そして多分、この辺りは2人きりになれた嬉しさの勢い……ではなく、実益を兼ねた計算の上でやっている。売店の入り口を見据える横顔にちらつく、悪戯っぽい笑い方が証拠だった。周りからガスガス刺さる奇異の視線すら嬉しそうだもの。
「あぁ、充電充電」
「……やっぱ真面目だって感心した俺がバカでしたー」
そうして有無を言わさず歩き出す先輩へ、久々の敬語まで織り交ぜてせめてもの負け惜しみを口にする。正直照れ隠しの意味合いもあったが、何よりここで気兼ねなく鼻の下を伸ばしてはいよいよ一志へ向かって立つ瀬がない。
そんな俺の無意味な遠慮もどこ吹く風か、ドアを潜った先輩はありえないといった風に首を横に振った。
「そんなことで水なんか差さないよ。せっかく盛り上がってたんだし」
それはもし仮に俺と先輩の間柄に特別なものがなかったとしても、一志の不義理を見て見ぬふりをしていたという意味だ。俺にとっては意外な答えとも言えた。
「それに高柳君も言ってたでしょ?現実問題間に合わない場所にいる以上、何をしたって事態は動かない」
「だとしても、さ。てっきり先輩はそういうの許さないタイプかと思ったけど」
「流石に自分の抱えてる仕事だったら連絡くらいはするけど、極論――」
なおも話題を引っ張る俺を不思議そうに一瞥したきり、先輩はキーホルダーの棚に目線を流し始める。
そっちの方が興味を惹かれるほど、もはや彼女にとって関心の薄い話題なのだろう。
「――私達には関係のない事じゃない?」
こちらに目を合わせないまま発せられたその一言に、一瞬上から降り注ぐ空調の風がその温度を落としたような錯覚を覚える。
もし自分に向けられていたらと思ったからかもしれない。
ただひたすらに、冷たいことばだった。
「それより友達へのお土産、選ぶの手伝ってくれる?達也」
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