ばぶみ~BABY! ぎーまいBABY!

天ノ川源十郎

「人生終了①」

 きょう、ママンと死んだ。

 正しくはママンと一緒にいた俺だけが確実に死んだ。


 それは言語を絶するほどに惨い死にざまだった。死に方にも色々あるが真っ当に生きてきた人間ならば誰もがこんな風にはなりたくはないと確実に思う死に方だった。死んだ直後の俺の姿は普通の神経の持ち主ならば正視に耐えることなど決してできなかっただろう。そこに救いがあるとするならば死亡した俺の姿を目にした人物が一緒に居たママンだけだったくらいだろうか? いや元より救いなどない。神は死んだのだ。何故なら最初からママンと一緒にいなければ俺がこんな無様な死に方をすることもなかったのだから。


 死に方を選ぶことは案外と難しいものだ。死は誰にとっても平等に訪れる、とはよく言うが実際のところ死へと続く道の険しさにはずいぶんと個人差があるのではないかと俺は思う。特に苦労もなく進める平坦な道の場合もあれば、苦痛と苦難が立ちはだかる試練に満ちた道の場合もある。きっと死への長さだって違っていて、一瞬で通り抜けられる道もあれば、何か月・何年・何十年にもわたって続く道だってあるはずだ。


 できれば一瞬でなおかつ平穏なものが良い。そう思うけれども自分の死に方を選ぶことはどうやら難しいことらしい。死に方を選ぶ意思よりもずっと運がものを言うからだ。


 俺の死は一瞬だった。だが間違いなく悲劇的な部類に当てはまる。

 日本人男子として生まれて21年。ストレートで地元の有名大学に進学して現在大学三年生。卒業に必要な単位もだいたい修得して就職活動も春先から早々と下調べを開始。某家電メーカーのサマーインターンにも参加し、さぁこれから社会へ羽ばたこうという準備期間中に俺は不幸にもこれ以上ないほど無様な死を迎えてしまったわけだ。前途有望な輝かしい未来が待っているはずだったのに、その先は一瞬で地獄へと変貌した。




 さて死んだはずの俺、赤坂和樹がどうして今こうして話ができるのかといえば、俺が幽霊として意思を持っているから…… というわけではもちろんない。では、どういうことかといえば、ここにいるのは単純に社会的に死んだ俺だからである。

 死は別に肉体の死だけとは限らない。心だけが死ぬ場合もあれば、社会的に死ぬ場合だってあるのだ。


 よって肉体的には無事だ。

 心臓だって動いているし、呼吸だって正常だ。でも魂は死んだ。

 俺の身体は病気一つない全くの健康体といっても良いだろう。だが魂は死んだ。


 精神に受けたダメージは甚大でこれ以上ないほど致命的だ。今、俺は携帯電話を片手に持ったまま硬直して身動き一つとることができなかった。


 それは魂の殺人事件だった。

 同じ大学に通う後輩、明石涼子からの携帯電話で伝えられた容赦ない言葉によって俺は社会的に殺されてしまったのだ。電話に出た直後に後輩の不機嫌そうな声で伝えられたその内容に俺は自分が社会的に死んでしまったことを悟った。


「先輩は引っ越してきたばかりだから知らないかもしれませんが、ここの壁って薄いんですよ。『ママーだいしゅき~』とか『おっぱいおいちぃでしゅ~』とか全部私の部屋に筒抜けですからね。彼女いないよ~って言ってたくせに何してるんですか? 迷惑なのでいかがわしいお店の女の子は今後アパートには絶対に連れ込まないで下さい!」


 ママンに膝枕をされたまま携帯電話を耳に当てていた俺はポンペイ遺跡から発掘された遺体のように固まっていた。言葉を失ったまま呆然としていた。言い訳の言葉を必死になって探したのだけれど見つからず「あっ、えっ、その違くて」と言葉がようやく発せられた時には通話が切れておりその言葉が後輩の耳に届くことはなかった。



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