僕の彼女にバグがある
衣谷一
二人のあいか
この大学の食堂は関東で二番目に狭いと聞いたことがあった。しかしその狭さを以てしても人はまばらで空席が目立った。カードゲームに興じる一団がいたが、それだけだった。
昼下がりの学食。この大学の立地がそうさせているのかもしれないが、田舎のようなのんびりとした空気が流れている。カードゲームと言ったところで、ポーカーやブラックジャックのような洒落たものではなくて、見るところ神経衰弱だった。
藤田孝雄と高橋愛佳が学食にやってきたのはこれから受講する講座を決めるためだった。今日はセメスターの始まり、学生なら誰しも経験する向こう半年間のカリキュラム決めである。数あるテーブルの中の隅っこを陣取り、構内のコンビニで購入したミネラルウォーターを並べて準備万端だった。高橋は紙のシラバスを、藤田はタブレットで電子版シラバスを眺めていた。
「それじゃあさ、たっきーはどの共通科目を受けるの?」
「適当に気になるやつを取るよ。高橋が受けるって言った講座に合わせるよ」
「たまにはたっきーが選んだ講座にしようよ。ほら、これなんてどう?」
高橋が指さす先には藤田のタブレットがあった。表示されている画面にはちょうど情報系の講座が表示されていて、藤田も高橋も受講できる講座だった。
「じゃあそれでいいや」
「これじゃたっきーが選んだんじゃなくて私が選んだもののようなものじゃない。納得いかない」
「いいじゃないか、いいじゃないか」
藤田のいい加減なやり取りに不満を口にする高橋はしかし楽しそうな表情をしていた。話している事自体が嬉しいかのような、そんな調子だった。
「だめですよ孝雄」
二人の会話に割って入る音があった。しかし声をかけそうな学生は二人の周りにはいなかった。同じテーブルに座る人物もいなければ、他のテーブルから声をかける者もいなかった。
「そうなのアイカ?」
「ええ、今までの学修履歴を考えると、こちらの講座がいいと思います」
タブレットの画面が何もせずにも切り替わった。表示されるのは文化史の講座だった。もちろん高橋も受講できる講座だった。
声はタブレットから聞こえてきた。
「じゃあそれにする。追加お願い」
「文化史を受講講座に加えました。講義は木曜日の二時限目ですね」
「ありがとうアイカ」
「どういたしまして」
へろへろととろけるような笑みを浮かべる藤田を、高橋は頬杖をつきつつ眺めた。口元にはかすかにため息がふっと出る。本当に仲がいいよね、とぽろりと言葉を漏らした。彼女の声はしかし聞こえていなかった。藤田はタブレットとのやり取りに夢中になっていた。
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