第2話 山神高校探偵部

 大きな桜の木が見えてきた。校門をすっかり覆うほどに咲き乱れた花は、私立山神高校に春の訪れを告げていた。

 沢渕さわぶち晶也まさやは真新しい制服に身を包み、やや緊張した面持ちで校門をくぐり抜けた。まっ白な靴の上に薄色の花びらが一枚、また一枚と降りかかる。

 今日が高校生活の一日目である。これから三年間、どんな出来事が待ち受けているのだろうか。心の中は不安と期待が交錯する。

 型通りの入学式が終わると、続いて生徒会による新入生歓迎会へと移った。こちらは堅苦しい式典とはうって変わって、軽快な音楽で幕を開けた。体育館の二階の窓が遮光カーテンで覆われると、途端に場内は暗闇に支配された。

 ステージの上をスポットライトが縦横無尽に移動する。ついこの間まで中学生だった新入生らは心を躍らせ、一瞬たりとも目を離せずにいた。

 重なったライトが今、一人の人物を浮かび上がらせた。それはすらりと背の伸びた、細身の女子生徒だった。彼女はありふれた制服の上からも、その魅力を存分に発散していた。清楚で、凛とした足の運びは自信に満ちている。肩にかかる髪が何度も波のように揺れた。

「みなさん、ご入学おめでとうございます! ようこそ我が山神高校へ」

 彼女は満面の笑みを浮かべ、両手を精一杯空へと開いた。大きな瞳が光の中で輝く。ゆったりとした仕草で壇上から会場を見渡すと、それはまるでアイドル歌手のコンサートを思わせた。

 続いて舞台の両脇から次々と男女が飛び出してきた。彼らは今、十人ほどが一列になってアイドルの後ろに整列した。

「はじめまして、私は生徒会長の森崎もりさき叶美かなみです。そしてこちらは山神高校の生徒会執行部の面々です。今日みなさんと会えることを心待ちにしていました。どうか最後までお付き合いください」

 一瞬の間を置いてから、会場は拍手の渦に包まれた。

 暗闇のどこかで、

「森崎先輩!」

と黄色い声援が上がった。同じ中学の後輩だろうか。森崎叶美も手を振って応える。

 次の瞬間、スポットライトが嘘のように消えて、舞台の背景に巨大な映像が浮かんだ。そこには「山神高校の一年」という英文字が踊っていた。

 寸劇やクイズなど、飽きさせない構成であっという間に歓迎会は終了した。新入生にとってそれは心に残るイベントとなった。

 この圧倒的なパフォーマンスをやってのけた生徒会とは一体どんな組織なのだろうか。中学時代とはスケールが違い過ぎる。沢渕晶也は感心しきりだった。自然とこれからの高校生活に胸が躍った。今は周りの誰もが感動の余韻に浸っているようであった。

 新入生が一団となって教室に戻る際、前を行く男子二人の声が耳に入ってきた。

「あの生徒会長はなかなかの美人だったな」

「森崎先輩って言ったっけ、あの人と知り合えるなら、俺も生徒会に入りたいよ」

 確かにあの生徒会長は、沢渕にとっても気になる存在だった。しかし彼女と関わることなど、まずあり得ない。人前に立つことが苦手な沢渕にとって、生徒会だとか、執行部だとか、それはまさに無縁の世界である。高校三年間全てを費やしても、彼らと接点を持つことはないだろう。沢渕はそういう人間である。


 入学式から早くも一週間が経過していた。沢渕にとって見る物、聞く物、全てが珍しかったが、今ではすっかり雰囲気にも慣れて、一人で校内を探索できるまでになっていた。

 こんな時、友人が少ないことが大いに役立つ。自分のペースで、自分の満足するやり方で物事を眺めたいと思う。一人でなければ、それも思うようにはできない。

 今日の放課後は図書室へ出向いてみようと、朝から決めていた。それで授業終了のチャイムと同時に、一人廊下に飛び出した。

 廊下に並んだ窓に、夕刻の空がどこまでも切り取られていた。春のこの時期、まだ外は肌寒いが、校舎内は日差しを受けて暖かい。ずっとこうして歩いていたい気分になる。

 窓の外に目を遣ると、どのクラブも新入生の勧誘に余念がない。特大の看板を掲げて、道行く人誰にでも声を掛ける文化部。新入生を前に生演奏をする吹奏楽部。反対側のグランドでは、ゴムで弾かれたように次々と駆け出す運動部員の練習風景があった。

 沢渕はどのクラブにも所属する気はなかった。これは中学の時もそうだった。一人で本でも読んでいる方が性に合っている。

 おかげで中学時代は本の虫となった。特に推理小説は彼のお気に入りで、シャーロックホームズ、怪盗ルパン、アガサクリスティー、横溝正史など全て読破してしまった。

 これからもその読書欲がなくなることはないだろう。高校ではどんな種類の本に出会えるのか、それを確認するために、こうして足を運んできたという訳である。

 大方予想はしていたが、放課後の図書室は閑散としていた。書棚に人影はまるでなく、遠くのテーブルで数人が勉強している程度である。いつもこんな雰囲気なのだろうか。

 沢渕にとってこれは実に有り難いことだった。人混みは苦手である。日頃からこのような環境を維持しているのであれば、大好きな本を誰にも邪魔されず、思う存分読めそうだ。

 早速推理小説の書棚へ足を運んでみた。一見して、中学校の図書室とはラインナップが異なっている。海外の翻訳本が充実していて、初めて見るタイトルが多い。これは嬉しい誤算である。どうやら足繁くここへ通う価値はありそうだ。

 作家の名前をメモしておこうと、胸ポケットからシャープペンシルを取り出した。その時、頭のキャップが抜け落ちて、床の上を転がった。そして窓側の大きなテーブルの奥へと吸い込まれていった。

 沢渕は両膝をついて、テーブルの下へ潜った。有り難いことに、付近に人がいないので、気兼ねする必要はない。

 夕方で、しかもテーブルの下は太陽光が遮られていて、一瞬何も見えなかった。それでもしばらくすると目が慣れてくる。

 キャップの転がった先を思案していると、突然頭上から乱暴な音が響いた。誰かがテーブルを叩いたのだ。予期せぬ出来事に、沢渕の心臓は飛び出るほどだった。これまでの行動が正当かどうかを思わず確認した。

 しかしどうやらそれは沢渕に向けられたものではなかった。すぐに椅子が引きずられて、勢いよく男子が腰を下ろした。続いてその反対側でも、今度は控え目なやり方で椅子がするすると動き出し、女子生徒が腰掛けた。すぐ目の前に、スカートから二本の白い足が伸びていた。

 沢渕は動けなくなってしまった。気配を消すべく、息を押し殺した。この体勢は非常によろしくない。上の二人に見つかったら、どう誤解されるか分かったものではない。果たしてどうしたらよいだろうか。

 沢渕はひたすら二人が立ち去るのを願った。しかし今来たばかりの連中がすぐに腰を上げるとは思えない。長期戦になるのは明らかだった。何とかここから消え去ることはできないだろうか。いや、手品でもない限りそれは無理だ。沢渕は途方に暮れた。

 それにしても、女生徒の足に顔を向けているのは、万が一発見された時の言い訳は困難を極めそうだった。ここはリスクを最小限に抑える必要がある。そう考えて、気の遠くなるような時間をかけて身体の向きを変えた。

「しっかし探偵部も最近パッとしないなあ」

 男の野太い声がした。

「でも、事件がなくて、何よりじゃないですか」

 向き合う女の声。

「そうかもしれんが、せっかく裏のクラブとして存在している以上、活動がないと、俺としては張り合いがないんだよ」

「クマ先輩、表向きは柔道部でしたよね?」

「あっちは練習ばっかりでつまらないんだよ。もっとこう、実践的に身体を動かしたいのさ」

「そう言えば、聞きましたよ。部長を救ったそうですね」

「ああ、あの時はさすがのあいつもブルっちまってさ。得意の投げ技で一人、二人と蹴散らしてやったら、あいつの見る目が変わったね」

 そんな会話が弾んでいたところで、突然二人は黙り込んでしまった。妙な沈黙が生まれた。その瞬間、沢渕は最悪のシナリオを覚悟した。

「そこにいるのは、誰だ?」

 男の声がしたかと思うと、天井が空へと持ち上がった。

「お前、そこで何してる?」

 図書室を揺さぶるほどの大声に、沢渕は恐怖のあまり、動けなくなってしまった。

 そこには制服のデザインを大きく歪曲させた男が立っていた。それは今まさに人間に牙を剥いた熊と言ってもよかった。身の危険を感じる。

 熊は男子生徒の背中を、まるで猫のように持ち上げた。

「立て!」

 沢渕はとうとう二人の前で顔を晒すことになった。

「あら?」

 突然、女の方が声を上げた。

「沢渕くん、じゃない?」

 それは天の救いだった。

 見覚えのある顔だった。確か、同じクラスの女子である。名前は何といっただろうか。ここですかさず名前を返して会話が弾めば、無事に解放されそうだ。そう思って記憶の糸をたぐるのだが、緊張しているせいか、名前が出てこない。初日、お互い自己紹介をした間柄なのだが。

「何だ、こいつと知り合いか?」

 熊が訊いた。

「ええ、同じクラスの子」

 だめだ、名前が分からない。焦れば焦るほど、記憶は遠のいていく。

「こんな所で何してたの?」

 彼女は不思議そうな顔で訊いた。

「シャープペンシルのキャップを落としてしまって、それで」

「キャップだって?」

 熊は床に目を遣ると、素早く視線を動かした。

「あっ、あった」

 これが野生の勘というやつか。熊はこうやって獲物を捕るのだと妙に納得した。

 今、彼の大きな指先には、沢渕の探し求めていた物が収まっている。

「ああ、それです。どうもありがとうございました」

 沢渕は頭を下げると、何食わぬ顔でその場を立ち去ろうとした。

「ちょっと待て。まだ話は終わってないぞ」

 熊の手が沢渕の肩に掛けられた。鉛のような重さを感じる。

 この重みから逃れられないのだろうか。この学校には、それこそ無数の生徒がいるというのに、どうして自分が選ばれたのだろうか。川を遡上する鮭の中で、熊に食べられる悲運な一匹の気持ちが、今は分かる気がする。

「一体、何事だい?」

 思わぬ方向から、落ち着き払った声が聞こえた。三人は一斉に振り返った。

 そこには眼鏡の男子生徒が立っていた。どこか見覚えのある顔だった。

「遅かったな、直貴」

「お疲れさまです、堀元先輩」

 二人の声が重なった。

 この堀元直貴という上級生には、高い知性を感じる。沢渕は今や、安息の地を見つけたような気がした。少なくとも熊と話すよりはましである。人類は熊と意思疎通する術を持たない。まだ助かる道はある。この人に従おう、沢渕は瞬時にそう決めた。

「ここは人の目もある。とにかく出よう」

 堀元がそう言った。


 四人は図書室を後にした。

 沢渕のすぐ横で熊の腕がリズムよく前後に揺れていた。これでは逃げ出す訳にもいかない。

「こいつ、俺たちの秘密を聞いてやがったんだ」

「でも、沢渕くんに悪気はなかったと思います。ただ偶然居合わせただけですから」

 同じクラスの女子が、慌ててそう付け加えた。

 彼女の言う通りである。二人が勝手に話し始めたのだ。それにこの連中の秘密とやらに、まるで興味はない。

 堀元は何も言わずに沢渕の方に目を遣った。

 沢渕はその視線から目を逸らさなかった。やましいことは一つもないのだ。

「まあ、いいじゃないか。君、もし時間があるなら、僕たちに付き合ってくれないか?」

 それは優しい声だった。

「分かりました」

 沢渕は憮然とした態度で答えた。心が落ち着いてくると、こんなことで逃げ回ることが馬鹿馬鹿しく思えてくる。ここで逃げ出せば、この先こんな連中に、ずっと怯え続けることになる。入学早々、それはまっぴらごめんである。

 三人は校舎を出ると、そのまま校門へ向かった。沢渕もそれに続いた。

 桜の花びらが無数に舞っていた。時折駆け抜けていく春風の仕業である。

「一体、どこに行くんですか?」

 前を行く三人はぴたりと足を止めた。そして熊が真っ先に振り返った。

「カラオケに決まっているだろう」

 まるで意味が分からなかった。


 何の冗談かと思いながら、それでも連中について行くと、彼らは商店街のアーケードを抜けて繁華街へと出た。しばらくすると、本当にカラオケボックスの前で足を止めた。

 三人は慣れた様子で店に入っていく。仕方なく沢渕も後に続いた。実は沢渕にとって、このような店に入るのは初めてだった。

 そもそも歌を唄うのは苦手である。お金を払って、しかも音痴な歌を他人に披露するなんて、まるで理解に苦しむ。こんな場所は居心地がよい訳がない。彼にとっては、静かな場所で一人、本と向き合っているのが幸せなのである。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの奥で、若い女性店員が仕事の手を止め、笑顔で声を掛けた。しかし三人のすぐ後ろに沢渕の姿を認めると、一瞬その笑顔も凍りついたように見えた。店員にとっても、それほど場違いな人物に見受けられたのだろうか。

 しかしさすがは商売人である。すぐに、

「はじめまして、ようこそ」

と沢渕にだけ余分な挨拶をつけてくれた。

「いつものお部屋が空いておりますので、どうぞ」

 エコーのたっぷりかかった、騒音ともとれる歌声が部屋から漏れてくる。まるで酒に酔った大人のようだ。そんな気分になれる連中がむしろ羨ましく思えてくる。

 各部屋から放たれる騒音を避けるようにして、三人は廊下を奥へと進んでいった。この後、罰として一曲歌わされる羽目になるのだろうか。それを考えると、沢渕の心は重かった。

 辿り着いたのは奥の大部屋であった。たった四人で使うにはちょっと勿体ない気もする。部屋の照明は薄暗く、途端に三人の表情が読めなくなった。

 全員がそれぞれソファーに腰を下ろした。その動きには無駄がなかった。この部屋によく出入りしていることが容易に見て取れた。

 誰一人、口を開く者はなかった。部屋は今、無音状態と化していた。

「みなさん、どうぞ私に構わず歌ってください」

 沢渕がそう言うと、一同は顔を見合わせて一斉に笑い出した。

「いや、よかったら君が歌ってもいいんだよ」

 眼鏡を持ち上げるようにして、堀元が言った。

「ああ、そうですか」

 沢渕は分厚い歌本をめくって見せた。歌う気などさらさらなかったが、そうでもしなければ間が持たないと思ったのである。

 すると外からドアをノックする者がいた。皆が一斉に振り返ると、小さく開いたドアの隙間から身体を滑らせるように入ってきたのは、制服姿の女子だった。

 新入生歓迎会の司会を務めていた生徒会長、森崎叶美その人だった。あの時ステージで見たのとまったく同じ姿がそこにあった。

「あら、新人さん?」

 そう言うと、彼女は沢渕の真正面に座った。長い髪がふわりと舞った。

「実は、このクラブの存在を、誰かがご丁寧に説明したらしい」

 叶美の横から堀元が説明した。

「いや、俺とタキが喋っているのを、こいつが下で聞いていたんだ」

 熊が慌てて言った。

「いいえ、違いますよ。上で勝手に話が始まったんです」

 熊はキッと沢渕を睨んだ。

「上とか下とか、何だかよく分からないけど、まあ、これも何かの縁かもしれないわね」

 叶美は口元に笑みを浮かべた。健康的な歯がちらりと見えた。

「私、森崎叶美。よろしくね」

「沢渕晶也です」

 叶美は自然なやり方で白い手を出した。二人は握手した。

 彼女の手は柔らかかった。思わず緊張する。

「あなた、このクラブに興味あるの?」

 彼女は身を乗り出した。今、叶美の瞳には沢渕の顔だけが映っている。

「そういう色仕掛けは止めろよな」

 野太い声が飛ぶ。

「うるさい」

「クラブって、探偵部のことですか?」

「そう、沢渕くんは、うちのクラブのことをどこまで知っているのかしら?」

 叶美はゆっくりと長い髪をかき上げた。

「この探偵部は山神高校の非公式クラブで、その存在は教師や生徒たちに知られていないと思われます。今日は今年度最初の会合でしょうか。ここ最近は事件らしい事件が起きていないので、このクラブの出番もないのでしょう。

 この部屋が探偵部の部室になっているようですね。今のところ僕が顔を合わせたメンバーは五人」

「あれ、この部屋にはお前の他に、四人しかいないんだが?」

 熊がわざとらしく素っ頓狂な声を上げた。

 叶美は唇に人差し指を当てて、先を促した。

「まずは探偵部の部長、森崎叶美先輩。同時に山神高校生徒会長。学校中の先生や生徒から圧倒的な支持を受けている。しかしこのクラブでは、厳しい部長という別の顔をお持ちです。そして今、新メンバーが加入することを希望されている」

 叶美は目を丸くするような表情を作った。

「続いて、堀元直貴先輩。生徒会執行部の一員。同時にこの探偵部においては、副部長を務めていらっしゃる。冷静沈着で、推理が得意。まさにこの部のブレインと言って差し支えないでしょう」

 沢渕は続ける。

「そしてクマ先輩。そのあだ名は風貌から来ているのか、それとも名前がクマなのか。表向きは柔道部。投げ技を得意とし、以前森崎部長を暴漢から守ったことがある。まさに探偵部の用心棒。おそらくクマ先輩は部長のことが好きなのだと思います」

「おい、新入り。余計なこと言うな」

 叶美は一人笑って、

「私を守ったって、実はそんな大袈裟なことじゃないのよ」

と訂正した。

「次に佐々峰多喜子さん。非常に家庭的で、洗濯や掃除が好き。料理を大の得意とする。僕のクラスメートです」

「お前、タキのこと、どうしてそんなに詳しく知っているんだよ。もしかしてストーカーか?」

「自己紹介ですよ。初日にクラス全員でやりました」

 多喜子は目を輝かせて、

「私のことを覚えていてくれたのね?」

と感嘆の声を上げた。

 沢渕はそこで一度、周りを見渡した。

「ここまでが、今、この部屋にいる方たちですね。あともう一人は、さっき受付にいた若い女性、あの人はたぶん大学生ですが、この探偵部のメンバーです。それに佐々峰多喜子さんのお姉さんでもある。おそらく車を所有していて、探偵部の大事な足として活躍している。

 これはまったく僕の勘ですが、佐々峰奈帆子さんは山神高校を去年卒業されていて、先代の探偵部の部長だったのかもしれません。

 これで合計五名。あともう一人、世代の違う大人がいても面白いですね。少年探偵団の明智先生みたいな方です」

 部屋にいる誰もが言葉を失っていた。その様子から、沢渕は自分の推理に自信が湧いた。

「直貴、どう思う?」

 沈黙を破ったのは叶美だった。

「僕の睨んだ通りだ。申し分ない」

「お前、百メートル何秒で走れる?」

 熊が訊いた。

「よして頂戴」

 叶美はそれを手で制すると、沢渕の顔をまじまじと見つめた。

「いくつか訊きたいんだけど、いいかしら?」

「どうぞ」

「どうして私が新入部員を欲しがってるって分かった?」

 叶美は挑戦するような目つきだった。

「先輩がここに入ってきた時、僕を一目見て、何も咎めることはしませんでした。もし部外者を排除する気なら、おそらく違う言動になった筈です。それに僕は学校の図書室からここまで連れてこられた訳ですが、おそらく部長と堀元先輩の間で、新入生を勧誘する話ができていたからだと思います」

「その通りさ。僕は君を一目見て、推理の得意な新入生だと睨んだんだ」

 堀元が口を挟んだ。

「君はテーブルの下にキャップを落とした、と言った。つまりあの棚の付近で何か筆記をしようとしていたんだ。ではあの書棚にはどんな本が置いてあったか。そう、推理小説だよ。ということは、君は推理小説に関して大いに関心があることになる。それならこの探偵部に相応しい人物ではないかと考えたんだ」

「そうですね。確かに推理小説は大好きです」

「もう一つ、いいかしら?」

 叶美が続ける。

「どうして私たちの他にメンバーがいると?」

「すでに佐々峰多喜子さんがいたからです。彼女は僕と同じで、今年入学したばかりです。この学校に通うようになって、まだ十日と経っていない。そんな人物が探偵部の一員というのはちょっと妙な話です。それなら以前から彼女はこの部に出入りしていたのではないか。兄か姉が高校在学中メンバーで、その時から彼女も一緒に活動していたのではないか、そう考えたのです」

「でも、どうして受付の店員がタキの姉貴だと分かった?」

 そう訊いたのは、熊だった。

「簡単です、名札に書いてありましたから」

「うぐっ」

 それから熊は咳払いをして、

「図書室ではすまなかった、許してくれ。俺の名は、久万秋くまあき進士、クマでいいよ」

 そこでドアがノックされて、さっきの受付の女性が入ってきた。ジュースの載ったお盆を器用にテーブルに置いた。

「多喜子の姉の奈帆子です。どうぞよろしく」

 彼女はそう言って、微笑みかけた。沢渕も頭を下げた。

「何だか、凄い子が入ってきたわね」

 奈帆子は叶美にささやくように言った。

 沢渕が不思議そうな顔をすると、

「ごめん、あのカメラでずっと見てたの」

と言った。

 こうして、沢渕晶也は山神高校探偵部に入部することになった。

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