第14話


 自警団の連中は俺を見るなり、視線を無理に逸らそうとする。それと、同時に腫れ物を触るかの様に入口を通して来た。

 "疲れからの不幸な事故"の件で呼び止められる事は無かった。と、言うよりは"頭のイカれた野郎"とは関わらんとこ……って、連中の感情が嫌でも解る。

 まぁ、あの時は"つい"、ムカッと来て撥ね飛ばしてしまった俺も悪い。序でに言えば、クラクション鳴らしたのも良くなかった。

 今度は声を……辞めた。声掛けて、いきなりズドンされて、死んだら最悪どころじゃない。やっぱり、敵対の意志が無い時はクラクション鳴らしておこう……

 敵対する時? 寧ろ、挨拶なんてしない。人を殺す時は、喋らず静かにさっさと終わらせる。

 間違えても、音は立てない。だけど、銃声は別。姿を見せず、隠れてコソコソと不意討ちで殺す。

 ドラマチック? 物語性? そんなの糞喰らえだ……

 確かに、物語のキャラクターみたいに正面から敵と戦うみたいな事に憧れた事は有る。


 「だけど、そんな事してたら死んじゃうんだよな……」


 ぐぅと腹で虫を鳴かし、自分を恐れる自警団の面々に呆れ、戦いは卑怯で臆病者が勝つと考え、ボヤいてテクニカルを転がす涼介は駐車場に停めた。エンジンを切り、キーを抜いてテクニカルから降りる。

 ボンネットを開け、昨日と同じようにバッテリーを外して後ろのコンテナに突っ込み、2丁のバカマシンガンと1丁のイーリャ、5.56㎜アサルトライフル弾が10発、束ねられたクリップと弾の詰まったマガジンを幾つか取る。涼介はガンベルトに2丁のバカマシンガンを差し、ポケットに5.56㎜アサルトライフル弾のクリップとマガジンを突っ込むと、蓋に貼り付けたフラグ破片手榴弾のピンにワイヤーを括り直した。

 そうして、コンテナを"ビックリ箱"にすると蓋を閉め、ジールを背負って荷台から降りた。手にはイーリャを持ち、駐車場を去る。

 明るくなってるからか、疎らであるが行き交う人々が居た。彼等を見ると、肩に鍬等の農具を担いでいる。恐らくだが、畑に行くのだろうと思った涼介は、邪魔にならないように隅を歩いた。

 彼等は涼介と視線を合わせようとはしなかった。涼介も同様に見ようとしない。と、言うよりは互いにどうでも良かった。

 そんな彼等とスレ違い、程好い疲労感と共に街中を進んで娼館に戻る。

 娼館では泊まった客が、一緒に寝た娼婦に見送られながら帰って居た。それ以外のバウンサー用心棒と何人かの娼婦達は、BAR酒場のスペースで朝飯を食べている。そして、そんな彼等を下女の少女達が世話しなく動き回り、世話している。


 「おや、帰って来たのかい」


 BAR酒場スペースの奥で朝飯を食べて居たマーイが涼介に気付き、声を掛けて来た。


 「アンタも朝飯喰うだろ? なら、こっちに来な」


 彼女は手振りと一緒に此方へ来る様に言って来る。だが、視線は涼介の持ってるイーリャやバカマシンガンと言ったに集中してる。

 値踏みをしてるマーイに逞しさを感じると、空いてるテーブルにバカマシンガンとマガジンの刺さってないイーリャ、それにクリップを置いてからマーイに言う。


 「これで足りるか?」


 「カネ払いの良い奴は、大好きだよ」


 背負ってたジールとイーリャを脇に置いた涼介がマーイの向かいに座ると、朝食が置かれた。そこにあるのは湯気の立つスープで、中には適当な大きさに切られた芋と豆、それに何かの肉の切れ端が浮いている。

 そんなスープの匂いを嗅ぐと涼介は、添えられたスプーンを手に取る。


 「いただきます」


 一口だけ掬って飲むと、マーイに問い掛けようとする。


 「安心しな、トレーダーが売ってた肉だよ……の肉だと思ったのかい? それに、毒だって入れちゃいないよ」


 だが、マーイは涼介が聞こうとした問いに陽気な口調で冗談混じりに答えた。しかし、そんなマーイの答えを聴いても涼介は信じられないからか、肉を避けて芋や豆を掬って食べる。

 塩だけの味付けだけど、疲れてる時には丁度良い。芋も生じゃないし、豆も柔らかい。スープ自体旨かった。

 だけど、芋や豆を食べスープを飲む度に物足りなさが大きくなって来る。


 「白いご飯と味噌汁飲みたい。甘めの玉子焼きに塩じゃけ、梅干し、海苔をオカズにして……」


 炊いた白米や味噌汁、玉子焼きや海苔、焼いた鮭が恋しかった。この世界に来てから、米や味噌、醤油と言った物は口にしていなければ、見た事も無い。

 この世界に慣れたとは言え、日本食が恋しく感じて思わずホームシック気味にボヤいてしまった。

 そんなメランコリックでホームシックな様子の涼介に呆れながらも、マーイは肉をクチャクチャと咀嚼して呑み込むと話し掛けて来た。


 「アンジーから聴いたんだけどね、アンタ、お宝の地図を持ってるんだって?」


 マーイはニヤニヤと不気味に頬の弛んだ肉を揺らして微笑み、聴いてくる。涼介はスプーンを皿に掛けると、口許を舌で拭ぐうように舐め取ってからマーイを見た。


 「ねぇ、私にもご相伴に預からしてくれるかい? 必要なモノなら用意するさね……」


 媚びる様な猫なで声を挙げ、上目遣いで聴いてくる。彼女にすれば、人の儲け話に乗っかるのは当たり前の事で、オコボレに預かりたかった。

 そんなマーイに溜め息を吐いてしまう涼介は、食事も途中に立ち上がる。


 「ちょっと、何処行くんだい?」


 そんなマーイの言葉と共にバウンサー用心棒達が立ち上がり、涼介の行く手を遮る。しかし、涼介はそんな事を気にせずマーイに振り向いた。

 その瞬間、マーイの表情が驚きと恐れに変わる。それは、涼介の右手に握られた撃鉄の起きたリボルバーが自身の眉間に向いており、命を握られて居るからであった。

 バウンサー用心棒達は涼介が、何時の間に抜いたのか? 解らなかった。見た時には、既に涼介の手の内にあったかのようであった。


 「なぁ、マーイ……分け前寄越せとは言っても、大した稼ぎにはならんぜ?」


 「アンタが、そう言うのは解ってたさ……あの糞野郎を殺してくれた事は感謝してる。けどね、こっちも商売なんだ、カネが欲しいのさ」


 銃口を突き付けられていたマーイから恐怖は消えていた。寧ろ、命を握られていると言うのに、逆に睨み返して涼介にハッキリと言って来る。

 娼館のマダムとしての貫禄を以て真っ直ぐ自分の目を見詰めるマーイに銃口を向けたまま、正直な気持ちを告げる。


 「厚意には感謝してる。泊めてくれた上に、朝飯も振る舞ってくれて……本当にありがとう」


 感謝と同時にリボルバーを下げた。周りは銃を抜き、涼介を殺そうとトリガーに指を掛ける。

 だが、マーイが手を下げると銃を下ろした。


 「そんな、心にも無いことを言うんじゃないよ……飯喰ったら、出て行きな」


 「そうさせて貰う。銃を向けて済まなかった」


 涼介は席に付くと、食べ掛けのスープを静かに啜る。さっきまでの殺伐とした空気が嘘のように消えた。

 バウンサー用心棒達も席に付くと、朝食を続ける。

 重苦しく静かな時が過ぎる。女達は席を立ち、空の食器を持ってBAR酒場のカウンターに置くと下女達が積まれた食器を奥へと持って行く。

 静かに芋を咀嚼していると、マーイが声を掛けて来た。


 「アンタの食べ方……上品ね。音も立てず、静かで溢したりしない」


 「これぐらい珍しく無いだろ?」


 「行儀良すぎる。アンタのスマホだったかしら? アレと良い、アンタの所作と良い……相当なカネ持ちのボンボンじゃなきゃ、そんなお行儀良く食べないね」


 マーイから見れば、目の前に居る腕の良い人殺しは、客達……この街の人間や外から来る人間達と比べ、食べ方が綺麗だった。しかも、銃を向けた事に謝罪し、食事や泊めてくれた事にも感謝した。

 涼介にとって当たり前の事であっても、それはこの世界では異質であった。

 それ故、マーイは涼介に疑問を覚える。


 「カネ持ちなら、こんな所娼館で飯を喰わねぇよ……それにハンターなんてしないし、バンディッツ盗賊を殺したりもしない。誰か、他人にやらせるだろ?」


 「確かにそう言われたら、その通りさね……」


 涼介の答えに納得した様に見えるが、納得してないのは明らかであった。しかし、マーイはそれ以上深く追及しようとしなかった。

 娼婦として客に深く関わらないルールからか、これ以上聞いて殺されない様にする為か涼介には解らない。

 だが……これは聴いて来た。


 「白いご飯て何の事だい?」


 「日本人のソウルフードだ」


 「ニホンジン? ソウルフード?」 訳の解らない答えに首を傾げるマーイを他所に涼介は「ごちそうさま」 と、言うと食べ終わった食器を手に立ち上がる。それをカウンターに置くとマーイの脇を通る寸前にポケットに入れてたイーリャのマガジンを1つ、差し出した。


 「さっきの迷惑料だ」


 マーイが受け取ると食器を下女に渡し、ジールとイーリャを担いでBAR酒場を後にするのであった。





 「ママ、アンタの地図を写してたわよ」


 部屋に戻り、荷物を整理してると入口に凭れ掛かりながらアンジーが親切にも教えてくれた。だが、涼介は「知ってる」 と、軽く返し、ポケットに残ったイーリャのマガジンをバックパックへと押し込む。

 その様子にアンジーは、やっぱりと言わんばかりの表情を浮かべた。


 「アンタ、地図だけ置いていったの?」


 アンジーは昨晩の情事の時、涼介が地図をベッド脇のスツールに置いていたのを覚えていた。

 同時に用心深い得体の知れない客が、起きてから部屋を出て、何故か地図が置いたままである事にも疑問を感じていた。


 「あぁ……何が有るか? 解らないからさ」


 事も無げに言うと、腹黒さに呆れるアンジーはパイプを手にして先にポット麻薬煙草を詰めて火を点し、甘ったるい紫煙を燻らせた。


 「アンタ、酷い奴ね……横取りとか考えてるの?」


 「それは無いな……寧ろ、そんなの考えるんは、マーイの方だろ?」


 リボルバーから空薬莢を抜き、コンバットベストの胸ポケットにある38マグナム弾を1発取って空いたシリンダーに詰め、暢気に返す。その答えをアンジーは、否定する事は出来なかった。

 ホルスターにリボルバーを戻く、クーフィーヤで顔を拭くと更に続ける。


 「生憎と仕事の後始末が終わってないからね……今日1日潰して戦利品を売り飛ばしたり、必要な物を補充しなきゃならないんだ」


 ファイティングドラム4連装対空機関銃を始め、ガラクタ同然のバカマシンガンと余ったイーリャ、それに不要な弾薬を処分する。それと同時に、ジールの弾を初めとした消耗品を補充したかった。

 それに、汚くなった野戦服とかポンチョ、クーフィーヤに下着も洗いたいんだよな……全く、貧乏暇無しだね。

 そんな事を考えながらバックパックを背負うと、涼介はヨレヨレのポンチョと汚れたクーフィーヤ、ゴーグルを持って立ち上がる。


 「じゃあな……」


 アンジーの脇を通ろうとすると、声が掛けられた。


 「私も一緒に行くわよ」


 鍔が広い白い帽子にヒラヒラとした白いワンピース、サンダル……

 そんな出で立ちのアンジーを見ると「はい?」 と、声を出して首を傾げてしまった。


 「いや、アンタ仕事は? つーか、こんな時間にトレーダーは店開いてるん?」


 矢継ぎ早に尋ねると、アンジーはあっけらかんに答えた。


 「私、今日は休み。昨日、言わなかったかしら?」


 「そういや、言ってた様な……だからって、未だ開いてないだろ?」


 部屋を後にすると、涼介の後をアンジーが追う。それを見ても、気にする事無く廊下を進むのであった。



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