第4話


 「ストラーイク!」


 目の前で蹴飛ばしたボールの如く飛ぶクローカーを見て、笑いながら宣う。獰猛なクローカーであっても、時速数十㎞で突っ込んで来る1トンの鉄塊を止める事は出来なかった。

 鳴く間もなくクローカーは全身をピクピク痙攣させ、息絶える。

 そんな様子を割れたバックミラー越しに眺めると、アクセルを緩めた。


 やっぱり、クルマ有ると楽だわ。


 「バイト頑張ら……」


 途中で言い掛け、項垂れてしまう。その表情は楽しむ子供のモノから、諦めや失望等に溢れたものへと変わる。


 バイト、首になってんだろうなぁ……学校も完全に留年だろうし。


 「浦島太郎もこんな気分だったのかね……」


 ボヤきを漏らすとステアリングを回し、目に着いた立体駐車場にオープンカーを入れる。

 立体駐車場の中は長年放置され、砂埃にまみれた残骸が並んでいた。

 そんな残骸の中に紛れ込ませる様にオープンカーのシフトをPにしてサイドブレーキを引いて停める。ゴーグルを外し、顔に巻いていたクーフィーヤを左腕に巻き付けて結んで一息吐いた所で、オープンカーから降りた。

 涼介は助手席の方へ回り、バックパックを開けて中からソールズベリーステーキと書かれたハンバーグらしきパックとビスケットの詰まった袋を取り出し、コンクリートの床に座り込んだ。

 ソールズベリーステーキの封を開け、そのまま中身をかじって咀嚼する。味は肉の味よりも脂とソースの味が強かった。

 温めれば、程好い案配になるのだろうが涼介は、そのまま食べる。咀嚼した物を飲み込むとビスケットを頬張り、口の中を洗い流す様に水を飲んだ。

 そこで一息吐くと、手にした食べ掛けのソールズベリーステーキを少しだけ眺める。少しの間、見詰めると、再びかぶり付いて咀嚼した。


 「やっぱり不味い」


 呑み込んでからボヤきを漏らすと、ビスケットをバリバリと頬張り、水で流し込んだ。

 食べ終わるとパックを棄て、空腹を癒した涼介はポンチョを裏返して地面に敷く。その上でジールからマガジンを外し、チャージングハンドルを引いて薬室に装填された弾を抜き取った。

 ジールから弾を完全に抜いた所で、ジールの本体上部のレシーバーカバーを外す。中の長いスプリングとスプリング、それに押し付けられるジールの心臓部とも言えるチャージングハンドルに繋がるボルトキャリアが露となる。

 涼介はガイドとスプリングを摘まんでジールから取り外すと、ポンチョの上にスプリングとガイドを別けて置く。それから、チャージングハンドルをボルトキャリアから抜き、ボルトキャリアをガスピストンと一緒に外してスプリングの隣に並べる様に置いた所で、ジールのバレル上部……ガスチューブを外して他の部品と同じ様に並べて置いた。

 ボルトキャリアからボルト本体を外す。ほんの数㎝の小さな金属部品から小さなピンやスプリング、先端が尖った細長い金属の棒を取り外し、同じ様に並べてボルトの分解を終えた。

 それが終わると涼介は脇に置いたブラシを手に取り、ガンオイルで濡らし、ボルトの本体を磨き始める。


 『狩りの後は、出来る限り手入れしろ。お前の命を護ってくれる武器は、お前がキチンと手入れしてくれる限り、裏切る事は絶対に無い』


 ブラシの毛は、みるみる内に黒く染まっていく。

 撃った時の火薬カス。それに、隙間から入り込んだ砂埃等の細かな塵芥によるものであった。

 そんな汚れが出るとブラシで磨く手を止め、ポケットから剥ぎ取った服の切れ端を出して拭い始めた。

 コビリ着いた汚れが落ちて行く。何度もボルトを磨き、汚れを切れ端で完全に拭い去るとボルトを見詰め始めた。

 手にしたボルトの向きも、何度も変えて見る。目を凝らして入念に見詰めた涼介は満足したのか、ボルトをシートの上に戻した。

 それと入れ替わる様に今度は、ボルトに入っていた先端が尖った細長い金属の棒……ファイアリングピン撃針を手に取る。

 ファイアリングピンもボルトみたいに時間を掛け、磨いた。


 スプリングとピンは大丈夫そうだな。


 細かなスプリングとピンを一頻り見て異常が無い。と、判断した涼介はボルトを組み立てる。

 ボルトは直ぐに組み上がり、再び、ポンチョへ置かれた。


 次はボルトキャリアだな……


 ボルトを磨いた様にボルトキャリアも念入りに磨かれる。特に、汚れが酷いガスピストン部はボルト以上に磨かれ、丁寧に汚れが拭き取られた。

 時間を掛けてボルトとボルトキャリア、ガスピストンの清掃が終わるとジール本体を手に取る。

 ライトでバレル内部を照らし汚れの具合を見ると、涼介はタコ糸ぐらいの太さの紐に切れ端を結び付けた。銃口からオイルを流し込み、紐を通すと力を込めて引っ張る。

 紐が引かれる度に汚れが布がバレル内の汚れを落として行く。完全に引ききると、ジールの中に汚れが溜まった。

 そんな作業を繰り返すと、紐に結ばれた切れ端が真っ黒になった。切れ端を外し、新たな切れ端を結ぶとオイルを着けずにジール本体から紐を通して引っ張る。

 其れを何度も繰り返し、バレル内が綺麗になった事を確認するとジールの中の汚れを切れ端で拭い、清掃の手を止めた。

 その後は、清掃したボルトキャリアとボルトに薄くオイルを塗布しつつ、逆の手順で組み立て始める。

 組み立ては3分も掛からずに終わった。オイルにまみれた手とジールの表面を拭いた涼介は、組み上げたジールのグリップを掴むとチャージングハンドルを引く。

 ボルトが後退し、カチッ言う音と共に止まるとセレクターをセフティに戻し、トリガーを引いた。

 トリガーは動かない。何度も引こうとするが、動かなかった。

 今度はセミオートに合わせ、引く。ガチンと甲高い金属のぶつかる音がする。

 再び、チャージングハンドルを引いてはトリガーを引いて音を響かせると、セレクターをフルオートに合わせた。

 トリガーを引いたまま、チャージングハンドルを連続で引くとガチンガチンと喧しい音を響かせる。すると涼介はトリガーを引いたままチャージングハンドルを引くと、トリガーに掛けた指の力を抜いた。

 何度もチャージングハンドルを引いても、ボルトが動く事はない。


 「異常無し」


 満足感露に言った涼介は、抜いた弾を排莢口から薬失へと滑り込ませて装填し、マガジンを叩き込んでセレクターをセフティに合わせる。ジールのクリーニングを終わらせ、ポンチョの上に置くと思い出した様にベストのマガジンパウチを開けた。

 中からクローカーとバンディッツを殺した時に装填していた2本のマガジンを取り出し、ポンチョの上に置いた。クローカーを殺した時に軽くなったマガジンを手に取ると、中に残る弾を抜き始める。


 「1発、2発、3発、4発、5発……」


 数えながら抜いて残弾を確認すると、空になったマガジンを置いて重みのあるもう1つのマガジンを取る。

 そのマガジンに抜いたばかりの弾を慣れた手付きで押し込んで行く。2発装填した所で、涼介は手を止めた。


 本来なら25発入るけど、満タンにしたらジャミング弾詰まりしやすくなる。

 だから、余裕持たせんとね……


 マガジンに装填すると、ベストのパウチに突っ込んだ。余った3発の弾は空のマガジンに戻し、解りやすくする為に向きを変えてパウチに入れる。


 間違えて弾の無いマガジン取ったら、目も充てられない。

 さて、次の"準備"も終わったし、"値踏み"も始めるかね……


 ジールを斜めのたすき掛に背負うと助手席からバカマシンガンとイーリャを取り上げ、ポンチョの上に並べて置いた。

 バカマシンガンを手に取ると、クリップが押し込まれるスペース近くに鼻を近付け、クンクンと臭いを嗅ぐ。


 「ゲホッ! ゲホッ! ロクに整備してねぇだろ、コレ……」


 バカマシンガンの酷い臭いに、涼介は思わず咳き込んでボヤいてしまう。

 恐る恐る、中を開けると想像通りの状態が待ち構えていた。


 「マジかよ、信じられねぇ……」


 火薬の臭いが強く、ゴミと火薬カス、バカマシンガン内で放置されたオイルは真っ黒に汚れ、悪臭を放っていた。部品は幸い壊れてはいなかったが、レシーバーを閉じてボルトを動かしてみると、動きはぎこちない。


 「コレ、完全に整備してねぇな……」


 再びレシーバーを開け、ジールでやった様にバレル内部をライトで照らすと、火薬カスが至る所にコビリ着いてるのが見える。

 涼介の言う通り、長い間整備されてないのは明らかであった。そんなバカマシンガンを置くと、今度はイーリャを取り、ジールと同じ要領で分解し始める。


 どうせ、コレも整備されてないんだろうな……


 そんな事を思いながらレシーバーを外し、スプリングガイドとリコイルスプリング、ガスピストンとボルトが組み込まれたボルトキャリアを抜き取り、整備の時と同じ様にポンチョの上へ並べて置いた。

 今度は部品を1つ1つ手に取り、鑑定するかの如く真剣な眼差しで見詰める。

 部品を見終えた涼介はイーリャのバレル内部を見る。中は多少の砂埃が入り込んでいるものの、比較的綺麗であった。

 それは、ボルトキャリア等を初めとした部品にも言えた。

 イーリャを組み直し、動作点検も済ませた涼介は改めて臭いを嗅ぐと、ポツリと漏らす。


 「最悪」


 弾は予備が区別なく全員に2つずつ。

 バカマシンガンは1人30発ずつの、3人で90発。

 イーリャは満タンのが30発3つ……1丁で90発で、同じに綺麗な状態。しかも、コイツに至ってはフラグ破片手榴弾を持ってやがった。

 俺、下手したら死んでたんだなぁ……


 あの時、敵が油断して無かったらと思うと涼介は苦笑いして「生きててよかったぁ……」 と、感情の籠った声を漏らす。

 そんな時、遠くで爆発音がした。


 "置き土産"が作動したな……


 立ち上がると外を望める場へと赴き、壁の割れ目とも言える隙間の前でジールを置いてから伏せ、腰のウェビングからモノキュラーと呼ばれる単眼の望遠鏡を取り出し、覗き始めた。モノキュラーのピント調整をすると、煙が上がった場所がハッキリと見えて来る。


 「予想よりも来るのが速いな……」


 期待と現実が異なる事に歯噛みする様にボヤく。だが、未だ予想の範疇であったのが救いであった。

 モノキュラーの先に悲鳴を挙げる男が居た。彼は持っていたバカマシンガンを手放し、膝から下が無くなった左足から勢い良く血を撒き散らしながら泣き喚く。

 イーリャを持っていた男は、それを見るとバカマシンガンを持つ部下達に指示を飛ばした。すると彼等は、もがき苦しむ仲間の腕を何故か縛り上げる。それから、乗って来たであろうピックアップのパイプフレームから吊し上げた。


 アイツ等マジかよ!?


 涼介は彼等の謎の行動に思わず驚いてしまった。

 吊るされた彼がもがく度、地面に出来た血溜まりが大きくなる。その内、彼の動きは弱々しくなり、動かなくなった。

 しかし、そんな彼を仲間の者達は誰一人悲しまず、車のエンジンを解体し、周辺を捜索する。


 戦えなくなったら、か……ヤダヤダ。


 そう、脚を吹き飛ばされ、傷だらけになった彼が吊るされたのは血抜きの為であった。為の……

 そんな彼等へ嫌悪感を露にする涼介は、深呼吸をして気持ちを切り替えてから彼等の動きを観察する。


 バカマシンガン持ちはトリガーに指が掛けっぱなしで、緊張してるな……顔に恐怖が浮かんでる。

 イーリャ持ってる奴はそれなりの立場なんだろうな……余裕あるし、バカマシンガン持ちに指示を飛ばしてるし。

 さて、1人ずつ始末するか……


 バンディッツを眺めていた涼介はモノキュラーを下ろそうとする。だが、死体が吊るされてないもう1台あったピックアップトラックが建物の陰から現れ、驚きのあまり声を挙げてしまった。


 「嘘だろ!?」


 そのピックアップの荷台には、ジールやイーリャと言ったライフルの銃身の倍以上太い銃身が4本束ねられた巨大な機関銃が固定され、設置されていた。

 それを見ると、モノキュラーから目を外して監視の手を一旦止め、信じられない。と、言った表情を浮かべた涼介は項垂れてしまった。


 何で、バンディッツがファイティングドラム対空機関銃を持ってんだよ!?


 ピックアップの荷台に設置された巨大な機関銃は、崩壊前からずっと前に造られた対空機関銃であった。

 本来の用途は低空を飛行する航空機に弾幕を浴びせ、撃墜するものである。しかし、現場の兵士、ゲリラや民兵達はファイティングドラムの威力を壁の裏に居る敵をミンチにする為にも活用していた。


 15㎜重機関銃弾なら、1000m先の鉄板だって貫通出来る。それを4本の銃身から大量にばら蒔くんだ……

 アレがこっちに向けて演奏始めたら、俺は間違い無くミンチにされる。


 それ故、涼介は遠くから聞こえるエンジン音に耳を澄ましながら、モノキュラーを覗き、静かに息を潜めて傍観するしかなかった。

 モノキュラー越しに見える彼等は、周辺を見張るか、相も変わらず残骸から目ぼしい部品をハイエナの如く剥ぎ取って居る。


 未だ、気付いて無いな……


 匍匐で這いずって後ろに下がる。ジールも忘れずに回収するとオープンカーまで下がった涼介は、横になったまま腕を伸ばした。

 助手席のドアを開けると、バックパックを静かに引っ張る。ドサッと自分の上に落としてから、床に静かに置いた。

 その後はポンチョを被り、手にはジールを携えてバカマシンガンとイーリャをオープンカーの助手席に戻した。が、涼介はフラグを取り出してピンを抜き、バカマシンガンの下に入れ込んでドアを閉めると、バックパックにも同じ様にピンを抜いたフラグをセットした。

 そんな物騒な"泥棒避け"をすると、匍匐で方角は同じだが、別の壁の割れ目へと向かう。ズルズルと這いずって辿り着くと、モノキュラーを覗き、監視を続けるのであった。



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