第16話10月28日 想いとは裏腹に
2限目の終わり。夏樹の号令でクラス全員が立ち上がったところで、ヒナちゃんは倒れた。後ろの席の秋月が必死に支え、そのまま保健室へ連れて行った。
3限目になっても秋月は帰って来なかった。
4限目には帰って来たが、昼休みにヒナちゃんも秋月も早退をした。
柊也が登校してきたのは秋月が教室に荷物を取りに来た後だった。
「冬至?秋月たちは?部活?」
「いや、ヒナが倒れてさ。秋月が一緒に帰るみたい」
夏樹がお弁当を持って席まで来たついで、僕の回答を代弁してくれた。親が共働きのヒナちゃんを気遣って自分も早退したのだろう。そんな秋月の男気に感心する間もなく、柊也が下を向き黙り込む。口を開いた一声が、
「夏樹。たしか自転車通学だよね?放課後までには返すから、貸して。頼む。」
クラスに顔を出してすぐに教室を出て行った柊也をクラスメートのほとんどが見ていた。きっと、柊也の彼女も、見ていただろう。あのおっとりな柊也が自転車まで借りて。
「自転車って…大丈夫か?」
廊下で柊也に声をかける。柊也が立ち止まり、振り返る。
「大丈夫。それよりも、早く会いたいからね」
そう言った柊也は、笑っていた。
後から夏樹に聞いた話。
その日は、放課後に柊也は帰って来て、自転車を返して行ったそうだ。ヒナちゃんは風邪と腸熱を併発しており、1週間近く休む事になった。次の日には秋月も柊也も登校してきたが、2人とも放課後になるとヒナちゃんの家にお見舞いに行っていた。
ヒナちゃんが休みで、机に1人になっていた森岡さんに柊也の彼女達が何かを話しているのをみた。
一週間が過ぎ、久しぶりにヒナちゃんが登校してきた。いつも通り。元気そうな顔でみんなに「おはよう」と返していた。
「ねぇ、山脇。ちょっと話あるんだけど。」
ヒナちゃんが席に着くか着かないかくらい。柊也の彼女がヒナちゃんに声をかけにきた。そして、その彼女の取り巻きを含め4人が教室から出て行った。嫌な予感がした。けれど、全くの第三者である僕には、何もしてあげられなかった。
珍しく早く登校してきた柊也に事情を話す。話を聞き終わるか否かに、柊也は教室から飛び出した。行き先は分からない。
授業が始まるまでには全員が帰ってきたが、何があったか聞けるような雰囲気ではなかった。
昼休みになり、柊也と新聞部に向かった。その日は生徒会のため、ヒナちゃんと夏樹はいなかった。PC室には森岡さんだけだった。
パソコンを立ち上げる間に思い切って柊也に尋ねた。「今朝、何があったの?」と。意外な返事だった。
「渡辺君、ヒナちゃんの事まだ好きなんでしょ?なのになんで返事したの。相手に失礼だよ。」
こちらに振り返り、いつもとは違う、泣きそうな顔で森岡さんが言った。
彼女達が森岡さんに話しかけた理由がこれだったのかと納得し、柊也の答えを待つ。
「僕じゃ、秋月には、敵わないよ。」
柊也達が別れた事を知ったのはその日の放課後だった。
吹奏楽部が終わり3人で玄関に向かう。すると、自販機で2週間前と同じ、いつも通りの柊也が壁にもたれかかっていたのだ。
「フラれちゃったぁ。」
と苦笑いをし、本来予定になかった【フラれて残念会】が開催された。と言っても、近くのコンビニで柊也にみんなで何かをおごるというだけである。この街には高校生で入れるような飲食店もない。
残念会という名前のくせに、誰もそのことについては話題には上げなかった。僕は、昼休みに森岡さんとの会話で聞いてしまっていた。けれど秋月も、ヒナちゃんだって。みんなから買ってもらった特大肉まんを頬張りながらニコニコしている柊也を眺めていただけだった。
この3人には、僕も一緒に過ごした7カ月以上の、もっと長い付き合いがある。きっと、その間にお互い『言葉で伝えなくても察する事が出来る』空気があるのだろうと予測する。たまに感じる疎外感はこのせいだろうか。
コンビニの店頭には肉まんの保温ケースが出ていた。もう、そんな季節なんだな、っと。
この時間に来て7カ月が過ぎた。もうすぐ、僕の住んでいた街には降らなかった雪が降る。
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