第36話 準備と覚悟と

 俺は鬼達に例の金属を渡して、先にボスの下に戻ってもらった。

 何故なら彼女が述べていた良い方の話とはこれからなのだ。


 俺がなるべく言葉だけで対応していたのは、体力を温存しておく為。

 そしてカーシを斬らずにおいたのは、刀を血糊で汚さない為。

 切れ味が少し落ちるだけでも勝敗が決まってしまう。

 戦うなら、お互いに公平な条件で剣を交えたい。


「おい、そろそろ出てきたらどうだ?決着つけようじゃないか!」


 俺は恐らくその人物がいるだろう場所、野営地に向かって叫んだ。

 そこに誰かが潜んでいることは通り過ぎざまに感じ取っていた。

 魔王の奇襲でも動かないということは、最初から俺個人、一剣士との接触を望んでのこと。

 思わず逃げ出した連中とは違い、予め心の準備が出来ていたのだ。


「何だよ、知ってたのかよ?俺がいることをよ」


 ボスが俺に伝えたことは、彼『ワイル』がカーシに雇われたということだった。

 確かに護衛には彼ほどの人材はいないだろう。

 カーシならずとも手元に置きたい、俺の知る限り、最強の凄腕である。

 しかし、彼が一旦様子を見てから行動する性格は変わっていない。

 彼はそこでじっと機会を覗っていたようだ。


 ある意味カーシにとっては裏切り行為だが、奴にとってワイルはただの雇われ人の一人。

 そう見なしていなければ、真っ先に彼を俺にけしかけに違いない。

 つまりカーシは、ワイルの本質を知らずに雇っていたのだ。


「俺を闇討ちにでもするつもりだったか?」


 勿論これは彼が隠れていたことにおいての皮肉。

 俺は口ではそういうが、この再開は一日千秋の思いで待っていた。


「まさか!そんな勿体無いことをすれば、バチがあたるだろうよ」


 恐らく彼も俺と同じ想いなのだろう。

 互いに同じ条件の決闘が望ましい。


「じゃあ、もしあそこで乱戦になっていたら俺を助けてくれたのか?」


 俺は意地悪く尋ねるが、そうでなければ彼の『勿体無い』は嘘になるのだ。

 もしあの場面で、俺が大立ち回りを演じていれば無条件で彼が有利となってしまう。


「さあな」


 彼はしらばくれるように応えるが、今となってはどうでもいい。

 俺が無傷なのは確かなのだから。


「で、おっぱじめる前に聞いておきたいんだがよ。これは、俺も会ったことがある、あの巫女さんもつるんでの所業なのかよ?」


 彼がそういう考えに至ったのも無理はない。

 彼女と俺が接触を持っていた場面を実際見たのは、よく考えてみると、彼だけなのだ。


「ああ、そうさ。そしてこの腕を使えるようにしてくれたのも彼女だ」


 俺は肯定し、これからなされるであろう質問の答えも継ぎ足しておいた。


「そうかよ。それなら俺も彼女に感謝しなければならんよな?」


 迷宮の宣伝の片棒を担がされた彼ではあるが、俺達の裏切りともいえる行為を恨む様子はなかった。

 ただただ俺との対決という展開に満足しているのだろう。



「喜ぶのはいいが、腕が鈍っているんじゃ拍子抜けだぜ?」


 俺は魔王として慣らしたが、彼が薬問屋の後取り修行では勝負にならない。


「それなら心配ご無用。結局俺も剣が忘れられなくてよ、勘当くらっちまったんだよ。それでとある地方で剣の教官をしてたっていうわけよ」


 それは恐らく、いつかリンデが言っていた剣術指南役のことだろう。

 それならば毎日剣の相手には事欠かなかったに違いない。

 そして俺が魔王となった噂を聞きつけ、あえてカーシに雇われ、俺との接触の機会を待ったのだ。


「で、お前はあの巫女さんと、デキてんのかよ?」


 ワイルは唐突にそんな話題を振った。


「何故そんなことを訊く?」


 以前にもそのような展開があったが、当時は彼の望む返事は出来なかった。

 この数年で俺達の関係に変化があったと考えているのだろうか。


「いや、もしそうなら、お前の最期を見届け人た者として会わなくてはなるまいよ」


 それは要するにワイルの勝利宣言であった。

 剣を交える前だというのに、もう勝ったつもりでいる。


「残念ながら、あれから変わりはない。そういうお前はどうなんだ?」


 余計な詮索は無用という意味で返しておいたが、俺も一応訊き返しておく。


「そうだな、事が済めば結婚を申し込む相手はいるよ」


 彼はおくびにも出さず、そう言いきった。

 勝者を名乗り上げた者の余裕なのだろうか。


「それはおめでとうと言ってやりたいところだが、ここで告げるのは感心できないな」


 俺はそこで、とある事象について思い出していた。


「なんでだよ?」


 俺もボスから聞いていなければ、彼と同じ反応をしていただろう。

 言の葉と運命、両者の避けられない因果関係、暇さえあれば彼女から講釈されたものだ。

 そしてこんなことを思いつく俺も相当彼女に毒されている。


「戦い前でのそういう台詞は、後で死ぬことに決まっているそうだ」


 恐らくワイルもそんな荒唐無稽な話、聞いたことがないだろう。

 しかし、俺の回りくどい勝利宣言返しと捉えたかもしれない。

 言葉に迷う彼をよそ目に俺は訊ねる。


「で、俺はその結婚相手に何と告げればいい?」


 これも一応訊いておくだけなのだが、あまり気分のいいものではないだろう。

 どんな形であれ、その相手に会えるのはワイルか俺、どちらか一人。

 つまり俺が勝者宣言のダメ押をしたことになる。


「はははは、その必要はないよ」


 そんなことに気にせずに彼は豪快に笑っていた。

 彼の勝利は揺ぎないという意味だろうか。

 そして彼は続ける。


「いやいや、それを聞いて安心したよ」


 笑っていたワイルの表情が急に変わった。

 正確に言うと、目だけ笑うのをやめた。

 どうやら彼のこの様子では、結婚の話云々は単なる方便なのかもしれない。

 ただ、どちらにせよ俺の心構えを直に感じることは出来たのだ。

 要するに俺は試された、結婚を予定しているような戦友が斬れるかどうかを。


「そうか、それじゃあ始めるか」


 ここで俺がひとつ言えるのは、恐らく彼は死んでも石橋を叩く性格だということ。

 余計なおしゃべりは最早無用であった。


「応よ!」



 -----いざ尋常に勝負っ!-----



 ありきたりかもしれないが、屋敷に蔓延する炎を背景に俺達の真剣勝負が始まった。

 お互い得物を抜いてそのまま構え、十二分過ぎる間合いを取ったまま動かない。

 先に動けば負けとか、そんな決まりがある筈もないのだが、この極限かつ心地良いともされる緊張感に酔いしれている。


 身体半分に燃え盛る赤と黄色の圧力が感じられる。

 その熱を遮ることもせずに、ただじっと動かない。

 深夜の冷える時間帯にも関わらず汗すら浮かび上がっていた。


 次第に熱さにも飽きてきたその時、炎に包まれた屋敷から一際大きな乾いた音が響く。

 火のついた木っ端が弾かれたように飛来し、それが地面に突き刺さる。

 これも月並みかもしれないが、それが互いの動作に移る合図となった。


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