第四章7話:朝陽 - good Morning -

 ◇◇◇



「……ん、ん」


 明るく眩しい、日射しに当てられた瞼。


 それを開いて、フィアーは彼にとっての現実……「水晶界クリスタリア」へと意識を現出させる。


 目の前に浮かぶは、なんの変哲もない宿屋の天井。

 そして傍らにいるのは―――、


「う、うぅ……頭いだい……きもぢわるい……」


 二日酔いが限界まで達した、死にそうな顔をしたリアだった。




 ◇◇◇




 時は進み、それから数時間後。


 二人は身支度を整えて、ある場所に向かった。

 リアは宿屋の夫妻から買い取った酔い止めを飲んで、なお頭痛に悩んでいたが……なにぶん時間が押していた故、致し方なかったのだ。


 やってきたのは、二人がこれからしばらく住む拠点。



「整備は万全だが、調整と点検は怠るな!戦場じゃあちょっとの漏れが致命傷だ!」

「物資はさっさと積み込め、時間をかければかけるほど相手が強くなると思え!」


 赤鳳騎士団随一の精鋭部隊にして、独自の権限を有した遊撃隊「第一部隊」。

 それらが所有する、赤と白で彩られた強襲用魔航艦「アティネー」である。


 整備班の威勢の良い声が響き渡るその光景は、まさしく職人の仕事場といった様相。

 その仕事も佳境といったところで、ほとんどの職人たちが忙しなく艦内を往来していく姿が目につく。


 そして、そこには輸送を手伝うマギアメイルの姿もあった。

 中には見覚えのある機体も何機かある。そしてそのうちの一機は……


「あれ、グレアの『海賊ゼーロイバー』……?」


 朱と鉄色のマギアメイル、その外観はまさしく砂賊のものに見えた。

 だが各部には見覚えのない増加装甲が取り付けられ、肩の骸骨をあしらったマーキング等が隠されている。


 その機体―――『海賊偽装式フェルシュング』を駆るグレアは、拡声術式を介して軽口を叩き、荷物を地面においてマギアメイルでかっこつけのポーズを取らせた。


『へへ、敵が強くなるならそれはそれで願ったり叶ったりだが……あいた!?』


 ……『海賊偽装式フェルシュング』の後頭部に、剣の柄が激突する。彼が振り向くとそこにいたのは、桃みがかった赤の、細身なマギアメイル『戦乙女バルキリエ』だ。


『こら、傭兵がサボんないの!はい行った行った!』

『あ!やめろやめろ!装甲剥がれちゃうだろ!?』


 エルザ・ヴォルフガングはそう告げると、引き続き『海賊偽装式フェルシュング』を小突き続ける。

 流石に壊されては困ると、グレアも荷物を手にして……作業に戻っていった。


 そんな漫才を眺めて、「いつも通りだなぁ」と思いつつ、二人はハッチから艦内へと入っていく。

 騎士達も顔を知っている二人を快く通し、フィアー達は格納庫に足を踏み入れた。


 ―――すると、中には無数のマギアメイル。

 よく目にした『騎士ナイト』やその改修型と思わしき機体。果ては作業用のマギアメイルに、フリュム製のマギアメイルも何騎か見えるほどだ。


 リアの駆る『運送屋デリバリーマン』と、今働いているマギアメイル達。……そしてもう一機のマギアメイルが入るのであろう格納用のハンガーを除いて、殆どの場所に人型の大型鎧が列を成して並んでいるその姿は、圧巻の一言だ。


 そしてそれらは、戦争の準備が整いつつあることを意味する。

 出発が近いことも、そして……戦乱に巻き込まれることも、である。


「もう、ほとんど準備ができてるんだ」

「だね、『運送屋デリバリーマン』も早く格納庫にいれないと……」


 二人はそれらに圧倒されながらも、荷物の搬入を始める。

 とはいえ彼等が持ってくるものなどそうはない。

 殆どの物資は『運送屋デリバリーマン』の背部コンテナにあるし、自室に置いていくのは手荷物程度。フィアーだけをここに置いて、リアだけが単身で『運送屋デリバリーマン』を持ってくる予定なのだ。


 そんなところで、二人は自室を改めに行こうとするが……そこで、おかしな光景を目にする。


「……あれ、あの人」


 まず見えたのは、製鎧職人でありエルザの父でもあるエンジ・ヴォルフガング。

 そしてもう一人は……青髪の、怪しげな若者。

 前者はともかく、後者にはフィアーもリアも見覚えがあった。


 以前格納庫で、押し入り紛いのことをしてきたぼったくり商人「クレイマ・テュケー」。

 それが何故、エンジと話しているのか。そんな疑問を抱いているなか、クレイマはエンジと握手を交わして……そして、去っていく。


 疑問符しかつかない、謎のやり取り。

 なので彼が見えなくなってから、二人はエンジにそのことを聞くことにした。


「エンジさん」


「ん!?ああアーチェリー姉弟か、どうした!」


 呼ばれた瞬間、露骨に挙動不審になるエンジ。

 その態度に、当然フィアー達は疑惑を抱く。


「さっきの青髪の人って……確か、ワルキアの駐鎧場で押し売りみたいなことやってた人じゃ?」


「ん?あー、ああ……そうだな」


 リアの指摘にも、要領を得ない返事。

 ……思えば、フィアーには覚えがあった。


 それは昨日の酒祭でのことだ。

 リアは酔い潰れていて全く記憶にないようだが、フィアーは確かに覚えている。

 クレイマとエンジ、まさしくこの二人が酒を酌み交わし、そして何か怪しげな相談をしていたことを。


 商人と、職人の相談となれば、思い当たるは一つだ。


「なにか売ったの?それとも、買ったの?」


 フィアーの質問に、汗を滝のように流して思案するエンジ。ここまで露骨に動揺する彼を見るのは始めてだったフィアーは、なおも疑念を抱き……、


 ―――あるひとつのことに思い至った。

 否、思い出したといったほうが正しいだろう。

 そうだ、リアは話し半分にしか聞いていなかったから覚えていないかもしれないが、格納庫でクレイマが売っていたものといえば―――、


「え、あぁ……そう!マギアメイル!マギアメイルの部品を調達してな……!あ、まだマギアメイルの調整が残ってるんだった!じゃあな二人とも!」


 エンジは手で汗をかいた顔を扇ぎながら、そう言い捨ててそそくさと去っていく。

 流石に追いかけるとまではいかない二人は、その場に置いていかれた形だ。


「……なんだったの?」


「さぁ、ね」


 リアはただ意味がわからない、とばかりに頭を振り、荷物を手に取る。

 だが……フィアーだけは、彼の行動の意図に気付いたのだ。


(―――『異訪者ストレンジャー』)


 クレイマが売っていたもの―――魔物のコアを必要とするような機器が、果たしてこの世界に他がどれほどあるものか、と。




 ◇◇◇



 自室に向かった二人は、驚きの事実に目を剥いていた。


「―――部屋が、ちゃんと別だ」


「はい、「アティネー」は客人を招くことも多いので、個室を多目に設計されておりまして!お二方は姉弟といえども、ご自分だけの時間も必要でしょうと!」


 リアと、フィアー。対外的には兄弟となっており、自身らも義姉弟であると認識していた二人は、目の前の現実に驚愕していた。


 案内係の言葉も、あまり脳に入っていない。


 思えば、今まではどこにいっても部屋数と、姉弟だからという理由で同じ部屋に押し込められていた。

 最早お互いに完全に慣れてしまった共同生活。それ故に、いざ別室となるとなにか、落ち着かない思いがあったのだった。


「ま、まぁ……じゃあ後でね、リア」


「うん……後で……」


 二人は挙動不審になりながらも、それぞれの部屋に入っていく。

 そこに僅かに残念がるようなニュアンスがあったのは、言うまでもないことである。



 ―――かくして、フィアーは一人になる。


 この世界に来てからというもの、殆どの時間をリアやテミス達と過ごしてきた身だ。単身になるなんて、それこそ先の戦場くらいのものだったかもしれない。



「戦、場……」


 ―――果たして、あんなものを戦いを呼んで良いのだろうか。

 そんな疑問が、彼の脳裏に浮かんだ。


 あれは、一方的な「破壊」だ。

 断じて正々堂々の戦いなどと呼べるものではない。心を失った化け物の起こした人災、それ以上でもそれ以下でもないのだ。


 ……そう、「破壊」。


 その単語が脳裏を過ったとき、思い起こされたのは―――、



 <この世界の大元を、破壊してほしい>


 <貴方がここを破壊しなくても、近いうちにこの世界は崩壊する。欠落は、既にあちこちで始まっているの>


 夢の世界で告げられた、言葉の数々。


「……覚えてる」


 ―――そう、今回の夢は今までとは違った。

 その会話の内容、対峙していた少女「ヴィオレ」の外見、そしてその表情まで。

 全てを、記憶していたのである。


 今までは朧気にしか記憶できなかった夢、それが何故はっきりと覚えられるようになったのか。


 彼女の計らいなのか、それとも……自分が失った記憶に近付いていることが原因なのかはわからなかった。


「……」


 いくら考えても、何かを打開するような考えは思い付かない。

 喪われた記憶、急に宣告された世界の終わり、この世界からの脱出、そして―――、


「……この世界の、破壊」


 全部が全部、このままではどうにもならない事態ばかりだ。

 どう足掻いても……トゥルース遺跡に到達しない限り、進展も解決もしない。


「……今から考えても、仕方ないか」


 フィアーはそれらを振り払うように、顔をパンッと叩く。

 遺跡には現在進行形で向かっている最中だし、今は目前に控える反乱軍たちが一番の課題だろう。

 それと、『異訪者ストレンジャー』だが……こちらは、一旦考えないことにする。

 もしもエンジのあの行動が意味するところが、自分の思う通りなら。



「……風でも、浴びにいくか」


 ……フィアーは考え込んで疲れた脳をクールダウンさせるため、部屋の外へと出る。


 廊下にはリアはまだいない。

 部屋のなかでまだ荷物の整理をしているのか、もしくはもう『運送屋デリバリーマン』を回収にいったのか。


 ともかく居ないのなら、一人で甲板に向かおう。

 そうしてフィアーは、廊下から出て、「アティネー」の甲板へと向かったのであった。



 ◇◇◇


 甲板に出ると、爽やかな風がフィアーの横を吹き抜けた。

 涼しげなその風が、フィアーの銀色の髪を揺らすと……そこにいた人物が、彼の到来に気づいて声をかけてくる。


「―――お、フィアーじゃあねぇか!調子はどうだ!?」


「グレア、そういえばなんで騎士団の船に?前は傭兵とか言ってたけど……」


 そこにいたのは、砂賊のグレア・ツヴァイハンダー。

 フィアーは、あまりにも似つかわしくないその様相に思わず疑問を抱いてしまう。


 そしてそのことはグレアも自覚的で、ばつの悪そうな顔をしながら頭を掻きつつ答える。


「いやまぁ、テミスに雇われてなー、客将?みたいな」


「じゃあ、エリンさんも?」


「あいつは先に返した、元々食糧の補給が目当てだったし、どっちかは帰んないとおっさん達飢えちまうしな!」


 同行していた砂賊の料理係、エリンは既に帰していたというグレア。

 聞くところによると、エメラダ率いる傭兵が結成した砂賊の第二部隊の面々に食糧と、エリンを預けて自身は単身フリュムに残っていたらしい。


 本人曰く、「強い奴と戦える」からということだが、果たして本当に目的はそれだけなのか。

 フィアーには分からなかったが、兎に角彼がこの場にいる理由だけはよくわかった。


「にしても……お前らも大概肝が座ってるもんだな、戦いにわざわざ同行するなんてよ」


 グレアはかえって、フィアー達の方を心配する。


「あー、それは……」


 それに、フィアーが口ごもる。

 例の、魔創炉心を抜き出した『異訪者ストレンジャー』を討伐隊の旗頭に立てる計画は今も進行中だ。

 たとえグレア相手でも、そのことを悟られてはなるまい……と、悩んでいたのだ。


「まー、俺は詳しい事情は知らねェけど……あんま無理すんなよ。その娘を守るんなら、お前自身が万全じゃねェとな」


 だがそれを察してか、グレアは早々に話を切り上げる。

 ……元来の飽きっぽさからくるものかもわからなかったが。


「うん、わかってる」


「ならよし!じゃ、俺は『海賊ゼーロイバー』……じゃなかった、『海賊偽装式フェルシュング』の整備にでもいってくっかなー、騎士団の整備士に触られて正体がバレたりしたら貯まったもんじゃねえや」


 グレアはそう告げると、フィアーに背を向け館内へと入っていく。

 そしてその先の廊下に、ひとたび彼が誰かと談笑する声が響いて数秒、彼の姿は完全に見えなくなる。


 フィアーがそれを眺めていると、今度は別の人影が甲板へとやってくる。

 その少女の姿を見て……フィアーはふと、息をつく。



「―――ただいま、フィアー……グレアさんとお話中だった?」


「うん、ちょっとね」



 ―――それは、最愛の姉がマギアメイルを格納して帰って来た絶妙なタイミングだった。

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