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乖話:楔鉄 - when Time Ran out -

 ◆◆◆





 ―――そこは、金銀財宝、様々な装飾によって彩られた豪奢かつ、極めて悪趣味な大広間だった。





 壁一面には、この世界には相応しくない電子機器の数々。

 それらはすべて、各地の遺跡からかき集めた遺産の数々だ。

 機動鎧が安置されているのはトゥルース遺跡だけであったが、それ以外の遺物は世界中の遺跡に眠り続けている。そしてここにあるものは、ほとんどワルキア領内の遺跡で確保されたものであった。



『は、へへ、ふはは』



 そんな豪華にして雑多な部屋の最深部に安置された玉座で、一人の男がほくそ笑む。



 ―――その眼前の表示枠に投影されている映像は、フリュムで起きた騒動の記録映像だった。


 どこからか定点で撮影されたそれは、『異訪者ストレンジャー』の魔力炉心が暴走し、機体が変形。

 そして、大地と天を衝く光の柱と化すまでの顛末を、漏らさず記録し続けていた。


 それを繰り返し再生しながら、なおも男は笑みを絶やさない。

 黒いフードから覗くその口許は、卑しく吊り上げり獣のように鋭利で、不揃いな歯をチラチラと覗かせる。


 その声以外、一切の音のない不気味な静寂。



「―――さて」


 だが、そんな不気味な笑みだけが響き渡る空間にいたのは、彼一人ではなかった。

 そんな彼の視界の端に、一人の金髪の男が現れて不意に言葉を紡ぐ。


「フリュムにて生じたというあの現象……あれこそが、貴方の計画の成果物という認識でよろしいのかな?」



 意見した男は、高貴な雰囲気を漂わせつつフードの男に言葉をかけた。

 金髪に、王都一の精鋭揃いである青龍騎士団の制服。そして、肩にかけられたのは極一部の者のみが羽織ることを許された、背にワルキアの紋章の刻まれたマント。


 ―――そう、彼の正体は青龍騎士団長、フェルミ・カリブルヌスその人であった。



『……あぁ、そうだとも!』


 フェルミの呼び掛けに、黒いフードの男は勢いよく立ち上がり、絶叫にも似た歓喜の声をあげる。


『ようやくだ、ようやく手に入れたかったものが出来上がった……400年以上、この長い間の積み重ねは、そのためだけに……!』


 黒いフードの男は、なおも喜びを噛み締めるように満面の笑みでそう叫ぶ。

 その目に宿るのは、ただ野心、それだけだ。

 しかしその様子はまるで、夢を見続ける子供のようでもあり。



『この退屈な世界との別れも近い!あの絶大なる新たな力を以てして、わたしは……!』


 見る者全てに、その異常性をまざまざと見せつけるばかりで、彼はその後もずっとその映像を再生し続ける。

 辺りの人間になど興味はない、と言わんばかりのその執心ぶりに、フェルミは「やれやれ」と頭をふり、辺りに目を向ける。


『……』


 フェルミの視線の先にいたのは、黒い制服に身を纏った仮面の騎士。

 ―――黒騎士、アレス・グラムハイト。ワルキア王国内部の政治的権力のすべてを、実質的にその手に治めた影のフィクサーとでも呼ぶべき存在だ。


「おやどうしたのかな、アレス?随分と静かだけど、君もあの方と同様に目標の達成を喜ばないのかな?」


 フェルミには、仮面越しでもその下の彼の顔色が、一切変わっていないことが読み取れた。

 なにせ、長い付き合いだ。

 共にワルキアの国王であるアルバスを野望のための傀儡として扱うようになって、早何年になることやら。

 その仮面の下を覗いたことなど一度もないが、表情の変化くらいは読み取れるというものである。


『……達成自体には、感動しているとも。これで我々が造られたことにも、ようやく意義が産まれる』


 ―――「造られた」。

 そう口にしたアレスの言葉、そして声色は、あまりにも無感情だった。

 冷静沈着であるのは普段の彼もそうだが、それにしても今の彼はあまりに機械的すぎないだろうか。


「ふぅん……それにしたって、随分と大人しく見えるけどね」


 そんな疑問を抱いたフェルミは、そのことに深く追及するような素振りを見せる。


「というかいい加減、その仮面のうちの顔を見てみたいものだけれども?随分と長い付き合いなんだ、そろそろ心を開いてくれたっていいんじゃないかな?」


『……それはダメだ、計画に支障が出る危険性がある。私の存在は、あくまで秘匿し通さねばならない』


 しかし、にべもなく断られる。


「うーむ、これはショックだなぁ、仲良くやれてると思ったのだけれども」


 フェルミはわざとらしく、ガッカリとしたような態度で不貞腐れる。


 だが、アレスもまたそんなフェルミの真意を、容易に見抜いていた。

 彼はそんなことは欠片も思っていないことなど、お見通しだったのである。


 ―――斯くして、二人の牽制の仕合は引き分けにてその幕を閉じる。




 改めて流れる静寂。

 しかしそのなかには、依然として黒フードの男の引きつった笑い声が響き続けている。


『―――それで、我が祖よ。これからの指針は、如何いたしましょうか?』


 黒騎士アレスは、黒フードの男を『祖』と敬い、今後の方針の提示を求める。

 それはまるで、自身らが彼の手によって披造物であるかのような物言いでもあった。


『ん?、あぁ……そうだな……』



 アレスの具申に、ようやく黒フードの男は笑みを崩す。

 ―――すると、その顔は瞬時に能面のような無表情に戻る。



『そうだな。まずは私の計画の第一目標の完成が、ここに成就した。なれば当然、次の第二目標の達成こそが次の目標となる』


 男は、宙に映る『異訪者ストレンジャー』の暴走する光景をその指で射す。

 その所作はなにより、彼の目的が『異訪者ストレンジャー』―――もしくは、それに類するなにかの完成であったことを示す。

 そして彼は椅子からゆっくりと立ち上がると、拳を握りしめ、それを眺める。


『―――あの器を持ち、私はこの世界から脱出する。それこそが400年以上願い続けた、心からの悲願だ』


『……そして、それにもっとも必要な素材は「爆発的な量の魔力を操作できる特別な血筋の人間」。だからこそ―――』


 彼はそう告げ、アレスに目配せする。



『―――まさか』



 ……瞬間、アレスの動作に動揺が現れる。

 自分自身が申し出た方針の策定、それが成されたというのに、彼の挙動はあまりにも不審であった。


 しかし、男はその反応すら予想通りとばかりに、手を天へと翳す。


 そして彼は天命を告げた、自身の名の元に。


『三神が一人、「エレボス」として命じる。―――フリュムで些事に現を抜かすワルキリア家の娘を連れ戻し、我が前に献上せよ』



 ―――『三神』。

 ワルキアに伝わる宗教「水晶教」において、大地を産み出した三柱の神。


 そしてその『エレボス』という名は創造と秩序を司る二柱と対立しながらも、この大陸を産み出したとされる偉大なる神の名であった。


「―――天命、しかと拝命致しました」


 アレスはその場にかしづき、それを任ぜられる。

 しかしその様子には、やはり不承不承とさえみえるような震え、不服さが浮かぶ。



「……ほう?」


 その場に居合わせたフェルミは疑問を抱きつつも、その様子をただ、眺めていた。


 フードの男はそんなフェルミのことも一瞥するが、彼はただわざとらしくおどけてみせ、それ以上なにか口を挟むことはしなかった。



 そして、エレボスが傍らに置かれた杖を手に取り、地面へと突き立てる。



 ―――一筋の閃光。





 ◇◇◇




「……しかし、面倒なことになった」



 ―――次の瞬間、フェルミは現実へと帰還を果たした。

 あの空間は、あの神話に伝わる神々の一柱「エレボス」を僭称する男が造り出した仮想の世界である。

 彼の手駒であるフェルミ達は、そこに呼び出されては彼の指示を承けて協力し、それぞれの目的を達するための協定を結ぶ。

 それが黒フードの男「エレボス」と、青龍騎士団団長フェルミ・カリブルヌスが古に結んだ盟約であったのだ。


 ―――しかし、その盟約も最早形骸化しかけている。


 あの「エレボス」という男は、既に目的のほとんどを達成しかけている。

 もしも自身よりも先に彼の目的が達されるようなことがあれば、切り捨てられるのはこちら側だ。


「大丈夫ですか、フェルミ様……?」


 側近である三等騎士フィーリエは、フェルミの顔を上目遣いで心配そうに伺う。



「あぁ、問題ないよ」


「……それで、エレボス様の指示はなんと?」


 フェルミが健康であることを伝えると、フィーリエは少し安心したような顔をしてから、いつもの整然とした表情に切り替える。


 彼女はフェルミの友人のなかでも数少ない、「エレボス」絡みの事情を伝えている人物だ。

 世界そのものを裏切るのと動議である彼の行動を、それでも認め、支えてくれた無二の存在。


 彼女はフェルミのその表情から、「エレボス」がついに表沙汰に行動を起こそうとしていることを察し、彼を慮る。


「アルテミア姫を連れ戻し、差し出せとさ。正直なところ、あまり取りたくない選択だね」


 そんな彼女に笑みを向けながらも、フェルミは珍しく精悍な顔つきで手を組み考える。


 ―――姫君の誘拐。


 いつかは起こりうることだと覚悟はしていたが、腐っても騎士とこの国に籍を置くものとして、このような蛮行はそう簡単には承服できる話ではなかった。


 もっとも、アレスは不承不承ながらも自身の性に抗いきれず、従ってしまったようだが。


 しかし、すぐにフェルミが動く必要のある状況ではないことが、ある種の救いではあった。

 今、アルテミアは大陸南部のフリュム帝国に居る。

 当然そこに遠征するとなればとても一昼夜ではきかないが、先のグリーズとの戦争の事後処理もあり、フェルミには表での公務も多々重なっていた。


 それもあって、「エレボス」は黒騎士アレスにのみ、その仕事を任せたのだろう。

 彼は元々神出鬼没な上に仮面で顔を隠していることから、複数の影武者を擁立することができている。


 私兵を伴い、秘密裏にフリュムへと進軍するには格好の立場である。


「まさかブランくんは、これを予期していたのかな……まぁなんにせよ、彼の手元に皇女がいない状況を産み出してくれたんだ、感謝しなければね」


 ブランが進言したことで実現した、アルテミア姫の亡国フリュムへの視察、そして臨時領主という大役への就任。


 そのことが巡りめぐって、彼自身知りようもない「エレボス」の壮大な野望の妨害へと大きな貢献を果たしているというのだから、面白い話だ。




「……お陰で、僕たちにとっては都合のいい状況になった」



「では、ついに……?」


 重い腰を上げたフェルミの言葉に、フィーリエは期待と、そして不安の入り交じった言葉でもって聞く。

 ついに、長年抱き続けた自分達の悲願が果たされるのか、と。


「あぁ、最大の障害であった『黒騎士』アレス・グラムハイトが王都を離れた今、僕が成すべきことはひとつだ」


 フェルミはそう言い、腰の剣を鞘から抜き、構える。


 そして、一振りの斬撃が発される。



 ―――その神速の刃が切り裂いたのは、『ワルキア王国』の御旗。


 これは、訣別の一太刀だ。

 そう心中で呟き、フェルミは宣言する。


 超越者「エレボス」をも駒と扱い長年計画してきた、自身の悲願の達成。


 ―――始めるのだ、その為に必要な最後の裏切りを。




「―――兵をあげよう、フィーリエ。ここからは、僕達の時代だ」



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