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第三章■■話:回帰 - ---------- -



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 ◆



 <―――フィアー……!>





 ―――朦朧とする意識のなか、遠くで、誰かの声がした。


 それが誰のものなのかは分からなかった。けれど、それは間違いなく自分自身を心配してくれる声だったことは覚えている。


 ……そう、きっとそれは大切な義姉、リアの声だ。


『運送屋』からどうやって『異邦者』の元に語りかけたのかはわからない。でも、確かにあの声はリアだった。

 訳もわからないまま、あのマギアメイルに乗っていることしか出来なかったボクには勿体ないくらいに、優しくてかわいいボクの大切な姉。


 ……そう、間違いなく家族と呼べるほどの、大切な―――、




 ◆◆◆




『……にいちゃん、おにいちゃん!』


「え……?」


 ―――頭蓋に、唐突に甲高い声と、鈴を鳴らすような騒音が響く。

 それと同時に、暗黒の只中にあったはずの視界は、眩しい日光に照らされ明るくなっていった。



『どうしたの、お兄ちゃん?ご飯もうできてるって、お母さん呼んでたよ?』


「え、きみ、誰……?」



 ―――見知らぬ風景にたたずむ、見知らぬ少女。


 黒髪で長髪なその姿は、水晶界では珍しい容姿だ。それこそ、気絶したときなんかにみた、元の世界の元と思しき夢に出てきた人物に酷似している、ような……。


『……?お母さーん?兄ちゃんめっちゃ寝ぼけてるー!』


 彼女は時計……そう、目覚まし時計を止めて部屋の外へと駆けていく。


 どたどたと音を立てて去る彼女の影、それをボクはただ呆然と見ているしかなかった。


「なんなんだ、これ」


 ―――なんにせよ、訳がわからなかった。


 どうして急にこんなことになっているのか。

 フィアーは今までみた夢の断片的な記憶を脳裏に反芻しつつ、考え込む。


 今までの夢は、どこか自分が自分ではない誰かであるような、そんな感覚があった。


 でも、これはその夢とは明らかに違う。


 だってボクには、ボク自身が『フィアー・アーチェリー』であるという確信がある。


 少なくとも、そう思え、自分の意思で身体を動かせる時点で今までの出来事とは決定的に、相違があったのである。



 ……フィアー・アーチェリーがそんな状況に混乱しきる中、今度は別の声が響く。


 ―――だがそれは、先程の少女が発したものでも、階下から聞こえてきた誰かのものでもない。

 それはまるで、脳内に直接送られてきたような、ノイズがかった異質な声。




 <これは、お前が失ったかけがえのないもの>


「――――な、にを」


 ―――その瞬間。


 目の前の風景が唐突に、消滅を始める。

 壁が、窓が、そして。


「どう1たの、0矢、はや0ご01010101」


 現れた人たちが皆一様に、二つの文字となって消えていく。

 その先に広がるのは、また暗闇。

 その暗黒は瞬く間に、フィアー・アーチェリーの全身を覆い尽くし―――、


「ッ、うわぁ……!?」




 ―――彼の意識は、再び暗転した。



 ◇◇◇




 彼が目を覚ました時、そこはまた別の場所だった。



「……ここは」


 辺りを見る。

 するとそこに広がっていたのは、夢で見たような既視感のある、巨大な建造物のただ中。


 ―――所謂、大都会のビル街だった。


 そんな周りの見慣れない光景にも疑問を抱いたフィアー。

 だがそれよりも彼の目を引いたのは、目前に迫る巨大な光。


「!、なんだ、あれ……!?」



 炎を纏って近づく、空からの光。

 彼がそれを『隕石』であると気付いたのは、その数秒後、地上へと着弾してからのことであった。


「ぐ、あぁ……!?」


 瞬間、彼の視界は暗転。

 だがすぐに復帰し、再び周りの情景を写し出す。


「あ、あぁ……」



 ―――そこは、まさしく地獄だった。


 燃え盛る紫の炎と、方々から聴こえる呻き声。

 そして、クレーターの中心部ににわかに、蠢く影。


「誰も、生きてないの、か……?」


 彼がそう見渡したのは束の間、背後から前方へと、傍らをなにかが駆け抜けていく。


 幾何学的な光模様と、ぎらりと煌めく黒紫の甲殻。彼はここにいたって、水晶界でも馴染み深い唯一の存在と対面することとなった。


「―――魔物ッ」



 そう、それはあの世界でもみた、人類種の天敵『魔物』だった。

 虫のような姿のそれは、フィアーには目もくれずに疾走し、呻き声のしたあたりへと飛びかかっていく。


 このままでは、彼等は。


「マギアメイルは、ない……いったい、どうしたら―――」


 だがしかし、フィアーにはそれをどうすることもできなかった。

 今の彼にはマギアメイルもなければ、魔法を使うこともはじめから出来ない。

 そう、何一つ、彼に出来ることはなかった。


 目の前の惨劇を、指を咥えて見ていることしか彼には選択肢がなかったのである。


「いや、食べ」


「水0、み、ずを01010101010」


「―――たす、け010101010010110101001010010」


 魔物に喰らわれた者達は、断末魔と共にその身体を鮮血に染めたが、その身体は先程の人物達のように文字へと変換されて消えていく。

 だが、フィアーの鼻腔にはその血の反吐が出そうな臭いだけが、強く、強くこびりついていく。


「なんだよ、なんなんだ、これ―――」



 ―――その時だ。


 <これは、お前が忘れ果てた始まり>



 再び、何者かの声が響く。

 その声はどこかで聞き覚えがいる気もした。だが、知らない声のようである。


「ッ、またか!」



 ◇◇◇



「今度は、どこだ……!?」



 フィアーが再び目を覚ますと、そこに映し出されてたのは一面に広がる雪原だった。


 ―――否、少しばかりその認識は違う。


 正しくは、何かの操縦席のモニターに映し出された雪原の風景、である。フィアーは気がつくと、マギアメイルのような何かの、操縦席へと座らされていた。


 そのコンソールなどは、彼が意識を失う前に乗っていた『異邦者』に似ている。

 だが、画面上に映し出された機体の全身図は水晶界のそれとは大きく違い、随分とスマートな外観。


 それを見てフィアーは、文献で見て、エンジの話にもあがっていた古代遺跡の機体『原初オリジネイター』に極めて似ている、と気づいてしまう。


「マギアメイル?いや、違うか……だが、これなら……!」


 辺りを確認すると、先程のビル街同様に辺りには魔物が蔓延っている。

 それを前に、フィアーは機体の操縦棹を握りその面をあげる。


 それに気付いたのか、魔物たちは突如としてフィアーの駆る鎧へと飛びかかる。

 対してフィアーは、慣れた手付きで武装を選択。背部に懸架された機関銃を手元に運び、そのまま一斉射を見舞う。


 敵の第一陣を無力化した彼は、今度は腰部の長剣を抜刀。その刀身の刃を高速回転させ、赤熱化させる。


「―――操縦法が、わかる?」


 この手際のよさには、彼自身も驚きだった。

 身体が勝手に動いているかのように、機体の操縦法が頭に入ってくる。それは初めて乗った機体、操縦術式が非搭載であった『無銘ネームレス』の操縦感覚とほぼ、同じ。


 そうして彼は、その操縦技術をもぅて単機で、魔物の群れを完全制圧した。

 辺りの雪原は魔物の紫色の血で染まり、そこには異様な光景が広がる。


 ―――それをひとしきり見渡し、フィアーは「これが自分のやったことなのか」と、疑問を抱いていた。


 まるで最初からすべてを知っていたような、そんな感覚。




『―――さすがね、一矢いっし!』


 その時、突如としてはいった通信。


『やっぱ俺らのリーダーだけある、頼りにしてるぜ、四乃宮しのみや!』


 それに既視感を感じながらも、問いを返そうとするフィアーであったが。


「だから、誰―――」




 <……時間だ、お前に遺された僅かな断片から擬似的に呼び出すのも、限界に近い>


 それとは別に脳裏に響いた声に、その追求をやめる。


「なん、だ、なにをいって……」


 <……遺跡に至れ、そうすれば本当の記憶を取り戻せる>


 そして、その言葉が途切れた、その瞬間。



 ―――世界が、焼失を始めた。


 目の前の風景が突如として、数字へと変換されゆく。

それと同時に目の前を流れていく、濁流のようなビジョン。


「な、なに、を……!?」


 <その上で、必ず考えろ。この世界をどうするか、存続させて現実世界まで滅ぼすか……それとも>


声は、もはや遥か遠くに聞こえる。


それを掻き消すかのように流れる、数多の光景と怒声、悲鳴。


『―――実験個体No.44、君に指令が降りた』


『行かないで一矢!貴方まで死んだら、わたしは!』


その全てが身に覚えのないもので、ただ、そこには苦痛しかない。


これが、求めていた過去なのか。

断片的ながらも、そこに映し出されたのはあまりに凄惨な場面の数々だ。



『待ってろよ、絶対に俺達も水晶界にいく!だからきっと―――』


でも、そのなかには何か、暖かなものもあって。


『―――キミはこれから英雄になるんだ。あの大地に、最初に調査に赴いた偉大な英雄だ!』



―――そして記憶は、ついに現在へ。


「あ、ああ……」




 <―――元の世界を救うため、この世界を―――汚染された水晶ごと、破壊するか、だ>




「うわぁぁぁぁぁあああああああッ!!!!!!?」




―――つい、そこまでで、フィアーの思考は強制的に切断された。

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