第三章14話:無知 - she do not Know -




 日はもはやほぼ落ち、辺りは紺と橙のグラデーションへと染め上げられる。街中の人通りも落ち着き、酒場などの店から徐々に明かりが灯っていくのが印象的だ。


「さてと」



 ―――先刻のエンジの格納庫での一幕より、およそ十数分。

 徐々に暗くなっていく街中を貰った地図を頼りに歩き回っていたフィアー達は、ついにその目的地へと到達した。


「ここ、かな?」


「貰った地図通りならここだね……というか、ここって……」



 ―――「そよ風亭」。

 そこがエンジによって紹介された、フリュム帝国の宿屋の名前だった。

 そして散々ぱら迷いに迷ったアーチェリー兄弟がやってきたのは、つい一時間ほど前に通ったばかりの道、その路肩沿いに位置する店だった。


 そしてその店は、二人の印象に強く残っている場所でもあった。


「あっ、ここってさっき見掛けた―――」


 そう、道を通っているときに二人は既に、この店を見ていた。


 街を歩いているときに見かけた、少女が家事の手伝いをしていた建物、まさしくここだ。

 店先で洗濯物少女に目をとられ看板を見逃していたがなるほど、こここそがその目的地の宿屋であったらしい。


 二人は歩き、店へと近付く。

 そして入り口が目前に迫ったその時、不意に真横から声が響く。


「いらっしゃいませ!」


 その声の主は小さな女の子だ。

 その姿には当然見覚えがある。つい先刻に見かけたばかりの家事を手伝っていた少女、その人だ。



「おとまりですか、それともおしょくじでしょうか!」


 少女は慣れた調子で、若干舌足らずながら丁寧な口調で、用件を訪ねる。

 それに対し、リアは少し感心で反応が遅れながらも返事を返した。


「あ、私たち、予約の……えぇと、エンジ・ヴォルフガングって人の紹介なんですけれども」


「あっ!」


 予約と「エンジ・ヴォルフガング」という名前に、少女は心当たりがあったのか目を輝かせる。

 そしてバッ、と後ろを振り向き、


「おとーさん!おかーさん!よやくのおきゃくさまきたよっ!」


 心の底から嬉しそうな声で、開いた玄関からそう伝えたのであった。



 するとその声を聞いてか、玄関から見える通路の奥から、一人の女性が現れた。


 若々しい容姿が目を引く、長身長髪の女性。

 その姿にはフィアーの傍らの少女によく似た面影があり、おそらくは彼女が母親であろうと姉弟はすぐに理解した。


 彼女は丁寧なお辞儀をした後、柔らかな笑顔と共にフィアー達へと呼び掛ける。


「いらっしゃいませ、どうぞ、お入りください」


 それと共に、少女は母の元へと駆け寄り、横にならんで目配せ。

 そして、共に息を合わせ、決まり文句を親子であげたのであった。



「「そよ風亭」に、ようこそ!」





 ◇◇◇




 二人の挨拶の後、奥からもう一人の人物が現れる。若々しい少女の母とは対照的に、少し老け顔の男性。

 だが決して祖父などではない、それくらいの年齢。その男性の姿から、二人は当然少女達との関係性にも行き当たる。


「いらっしゃいませ、お客様!私がこの店の主人、プラタ・シュンベルと申します。2名でご予約頂いたアーチェリー様ですね?」


「はい!」


 少女の父―――プラタの言葉に、リアは同意の言葉を返す。

 その返事に、彼女が待ちわびた客であることを知ったプラタは温和な笑顔を浮かべ、店へと招き入れた。


「ようこそいらっしゃいました、お部屋のご用意は整っておりますので、どうぞこちらへ!」


「夕飯のご用意が整いましたらご連絡致しますので、しばしおくつろぎください」


「はい、ありがとうございます」


 フィアー達はその言葉に、廊下へと足を踏み入れる。



「フォルク、食事の用意を手伝ってくれ。レイナはお客様をお部屋までお通ししてくれ」


「うん!おきゃくさま、こちらへどうぞー!」



 宿屋の少女、レイナは先導し階段を昇っていき、それに二人も着いていくこととなった。


 かくしてアーチェリー姉弟は、ようやっと腰を落ち着けて寛げる拠点を得たのであった。




 ◇◇◇




「フィアー、さっきのことだけど……」


 部屋に通されてから数分、荷物を置き腰を落ち着けたそのとき、リアはふと切り出した。

 彼女が話したい内容に、フィアーは当然すぐ思い至った。まず間違いなく、つい先刻のことだろうと。


「……マギアメイルの話?」


「うん、その話……」


 リアは暗い表情で、俯きながら言葉を選んでいる。 それに対してフィアーは、真っ直ぐにその姿を見つめて告げられる言葉を待つ。


「―――私は、反対だからね!」


 そのリアの言葉は、当然フィアーにとって予想していた通りの言葉だった。

 あの黒銀のマギアメイルに乗ると決めたときのリアの驚きと困惑の表情は、今でも脳裏に強く焼き付いている。


 ―――危険な機体にどうしてわざわざ乗ろうとしているのか。





「……でも、マギアメイルがないと」


「だからって、あんな危なそうな機体に乗ることないでしょ?」


「そうそう何度も戦いに巻き込まれるなんてあるわけでもなし、『運送屋』だけあれば旅先でも困らないじゃない」


 リアの意見はただただそれだ。

 他のマギアメイルなんてそれこそいくらでも選択肢にあるなかで、どうして速やかに、わざわざ生命にすら危険を及ぼすような機体を選ぶのか。

 それが彼女の持つ大きな疑問であり、反対する理由の大半である。


「エンジさんもお金さえ払えばいいマギアメイル造ってくれるっていってたし、なんならブランさんにお願いすれば危なくない、新しいマギアメイルを譲ってもらえるかもしれないし……むー……」


 様々並べ立てたところで、リアは頭を抱える。

 言いたいことがあまりにも多過ぎて、オーバーフローしたのだ。

 そしてリアの脳裏に過るのはフィアーの言葉。


 ―――魔力も自分にとっては、得たいの知れない技術でしかない。


 リアにとってそれは大きな衝撃で、自分自身その答えに至らなかったことに後悔も募ったのだ。

 ……そう、フィアーに魔力がないことが判明したあの日に見せた一瞬の表情は、決して魔力がないことを残念に思っていたわけではなかった。


 きっとあれは、自分の中にも未知の力が宿っていないことへの安心と、それに付随する先々への不安からのものだったのだろう。


 ……真偽は本人にしか分からないが、少なくともリアはそう解釈するに至ったのであった。


「とにかく!これ以上危ないことをするのは反対―――!」


 リアは悩みを振り払い、とにかく伝えたい反対意思を腕をブンブンと振り回しながら叫ぶ。



「うーむ」


「なんで悩むのよ!?」


 リアの言葉への対応もそこそこに、フィアーは顎を手で抑えながら、考え込むような仕草を見せる。




「でもこの短期間でボクらは何度も戦いに巻き込まれたわけで、魔龍だったり、別のマギアメイルだったりを相手にするには、戦闘ができない『運送屋』だけじゃ、危険だと思うんだ」


 実例を交え、フィアーは義姉を丸め込もうとする。

 確かに二人はこの数ヶ月と経たない間、大きな事件に二度も巻き込まれた。

 そしてその事件を解決したのはいつだって、フィアーが駆るマギアメイルの活躍によるものだったのは周知の事実である。


「それは……そうだけど」


 これにはリアも少し、同意せざるを得なかった。

 今回のテミスこと、アルテミア・アルクス・ワルキリア姫護衛依頼がその最たる例だったからだ。


 龍による首都襲撃に、海賊、グリーズ公国、自分達の三竦みの争い、そしてそこに現れた巨大蠍の襲撃。


 フィアーの言うとおり、戦闘用マギアメイルがあったからこその今までの生還であったことは間違いはない。


「それに、ブランさんには前金でマギアメイルを貰っているのに、そこから更に無心するっていうのはちゃっと……」


 これもまた、正論だ。

 前金に軍用のマギアメイルを丸々一機供与という超優良な依頼元に、更に機体を要求するのは些か厚顔に過ぎる。


「うっ……それは確かに……せっかくのお得意様相手に……」


 そんな相手を舐めたような態度を取っていては、相手を激昂させてしまうことだってあり得る。

 いくら温厚そうなブランであっても、そんな厚かましい願いを受けて怒らないようなことがあるだろうか、いやない。



「それに、だ」


 リアが押され気味になっているなか、フィアーは最後の一押しへと懸ける。

 それはフィアーが心のなかで思っている、極々素直な気持ちからの言葉だった。


「ボクはせっかく出来た『家族』を、絶対に失いたくないんだ……そう、もう、二度と―――」





「―――ッ!?」



 ―――瞬間、視界が歪む。

 映るのはよく見知った/見たこともない部屋に立つ、家族/他人の姿。



 あぁ、それはきっと、もう失ってしまった―――、




 ◆◆◆



「ちょっとフィアー、大丈夫!?」




「―――、あぁ、大丈夫」


 リアの呼び掛けに、フィアーは咄嗟に体勢を立て直す。

 急に襲ってきた頭痛と、謎のビジョンに思いを馳せ、頭を抑えながら姿勢を崩した。

 ……きっとこれは、記憶を失う前の自身のビジョンだ。

 フィアーは胸中で、その確信を新たにする。


「大丈夫そうには見えないけど……」


 心配するリアの声。

 ……過去の記憶がフラッシュバックしたせいで目眩が、などとは口が割けても言えない。


「……とにかくボクはあの機体に乗って、皆を守る。これはボクが、自分で決めたことだ」


 だからフィアーは話を変え、誤魔化すことに決めた。


「いくらお姉ちゃん相手でも、ボクは折れない」


 ―――お姉ちゃん。

 リアが間違いなく反応するであろうワードを、敢えて彼は言葉に加えた。


 我ながら、姑息なことをしている。


 フィアーはそう自身への嫌悪感を自覚しながらも、そのまま真っ直ぐとリアを見つめる。



「お、おねえちゃ……」



 リアは一瞬嬉しそうな顔で、懐柔されそうな顔を見せる。

 だが、


 ―――パシーンッ!


「!!!」


「……!?」


 盛大に顔を両手で叩き、きっと見つめる。


「……いやいやいや!おねえちゃん呼びなんかで誤魔化されたりなんか絶対しないんだから!」


 その頬は赤く染まっており、まるで紅潮してるかのよう様子だ。

 ―――ええい、懐柔に失敗してしまったか。


 フィアーは少し悔しそうに天井を見上げ、リアから目をそらす。


「とにかく絶対の絶対に、私は反対ったら反対だから!」


 リアのその宣言は、廊下にも響くほどの大声だった。

 当然その声は、部屋のすぐそこに居た人にはよく聞こえていたわけで。


「しつれいしまー……あれ、おきゃくさまケンカ?」


 戸を開き怪訝な顔をしてきたのは、宿の一人娘であるレイナだ。

 その表情は少し不満げで、宿内で喧嘩をされることに対しての無言の抗議の意志が読み取れた。


「へ!?」


「ううん、違うよ」


 驚くリアを他所に、フィアーは喧嘩をしていないと告げる。

 せっかく止めてもらった宿で、面倒事を起こすのは本意ではない。



「ならよし!ケンカはよくないからね!ご夕飯ができあがったので、しょくどうのほうへどうぞー!」


「あ、はーい!」


 レイナは喧嘩ではないと知ると、いつもの笑顔に戻り二人を招く。

 何はともあれいよいよ、フリュムに来て最初の食事。フィアーの胸の鼓動は自然と高鳴っていた。


 トマトなどが主に使われるというフリュムの家庭料理、是非とも賞味したい。

 逸る気持ちを抑えつつ、フィアーは足を踏み出す。


 そうして二人は、先程の口論のことは一旦横に置き、食卓へと仲良く足を運ぶことにしたのであった。


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