第二章18話:燻火 - Sign of war -



 砂航船「ヘパイストス」の最下層。そこは巨大な倉庫、そして拿捕した人間を一時的に閉じ込める為の独房が立ち並ぶ区画だ。


 そこではグリーズ公国のマギアメイル乗り達が、個室の中で特にする事もなく、皆一様に項垂れ、意気消沈して過ごしていた。


 ―――無理もない。これが正規軍の兵士であったならば、不屈の反骨精神を露にして徹底的に砂賊への対抗姿勢を崩さないだろう。

 だが、彼らは雇われただけの傭兵だ。グリーズ公国への忠誠心などほぼほぼ皆無。報酬は前金で貰っているため、そう作戦失敗を悔やむこともない。


 もちろん成功報酬が手に入らなかったことは痛手だが、それはそれだ。

 一流の傭兵の必須条件とは、まさしく切り替えの速さ。既に終わった依頼を引き摺らず、次のビジネスチャンスを即座に手にすることにある。

 彼らが見据えているのは失敗した過去ではなく、これから来る稼げる未来だ。

 そう言った意味で言えばここにいる傭兵たちは、そのほとんどが一流クラスだと言えた。


 ―――一人を除いては。


「はぁ……」


 深くため息をつくシュベアは、頭を抱えながら俯いていた。


 ―――まさか、ワルキアの姫があの戦場に居たとは。


「シュベア、流石に作戦失敗を引き摺りすぎじゃなぁい?」


 そう言って茶化してくるのは向かいの独房で悠々自適と言わんばかりに寛いでいるエメラダだ。

 どうやらその持ち前の美貌で見張り番たちを骨抜きにしたらしく、他の面々よりもワンランク上の食事や待遇を一心に受けて監禁生活を堪能しているようだ。


「気楽でいいな、お前は」


「傭兵なんて、気楽なくらいが丁度いいんじゃなぁい?」


 その言葉に、シュベアは言い返せない。


 何故なら彼が傭兵を始めた理由は極めて特殊だからだ。

 他の傭兵たちとは違い、初めから強い目的意識を持って仕事にあたっていたシュベアには、一般的な傭兵の感性というものは乏しく、とても縁遠い物であった。


「少なくともウチじゃ貴方くらいでしょうよぉ、復讐のために傭兵やってるのなんて」


「……そうかい」


 ―――その言葉に、シュベアは改めて再確認をする

 そうだ、自分はワルキア王国に復讐する、ただその為だけにマギアメイルの操縦士となり傭兵にまで身をやつしたのだ。


 グリーズの正規軍に入ろうとした時期もあった。だがそれと同時期に、グリーズ公国はフリュム帝国へと対抗するため、ワルキアとの協力体制を模索し始め、それまで続けていたワルキアへの挑発行為や作戦行動を自粛するようになっていた。


 それならば、と、自由に動け、武装の準備も比較的容易である傭兵を志したものの、中々足場は固まらず、気持ちの燻る下積みの日々が続いた。

 そんな折についにグリーズ公国はワルキアへの全面対決姿勢を露にしたのだ、乗らない手はない。

 これであれば最初から正規軍を目指せばよかった、と思わなくもなかったシュベアであったが、傭兵を目指したこと事自体には一切の後悔がなかった。


「―――あぁ、そうだ」


「?」


 その言葉にキョトンとするエメラダには目もくれずに、シュベアは立ち上がる。


 そうだ、自分が後悔しているのは任務の失敗などではない。


 、ただその一点だ。


「こんなところで後悔している場合じゃあなかったな、なにせ……」


 あのフィアーという少年には申し訳ないことをした。「騎士」に乗っていたがばかりに、自身の気は別の所に向いてしまっていた。


 ―――真に狙うべきは「騎士」ではなく、「運送屋」だったのだ。


「絶好の復讐相手が、同じ船に乗ってるんだから」


 シュベアの目に、再び炎が宿る。

 それは恩讐の炎だ。


 手に付けられた魔力拘束具を、独房の扉の窓の部分に掲げる。


 ―――その瞬間、向かいの独房から光弾が飛来し、拘束具に着弾、激しい光を放ってその破壊力を顕示する。


「痛ってぇ!……感謝するよ、エメラダ」


 そうシュベアが感謝した相手、エメラダの手に魔力拘束具はない。

 何故、エメラダに魔力拘束具が取り付けられていないのか。

 その答えは明白だ。


「いやぁ、連れてかれる時にいた砂賊全員に魅了術式かけておいて正解だったわねぇ」


 そう、彼女は格納庫から連れられ、魔力拘束具を取り付けられるまでの僅かな間で、独房の警備担当と思わしき砂賊全員に、魅了術式をかけていたのだ。


 だが流石にそれほどまでの術式行使は本人への負担がかなりあったらしく、その為に脱出もせず、一日近く独房でだらだらと寛ぎながら過ごしていた。

 本人曰く、普段ならばこれほどまでに疲労が来ることはないらしい。恐らくはこの閉鎖空間がなんらかの原因となっているのであろう。


「お陰で脱出できる、ありがとうな」


「もう行く?あたしもう少しこのVIP生活満喫したいんだけれどぉ」


 そう言って、エメラダはわざとらしい汐らしさでシュベアに聞く。


「行くさ、ちゃっちゃとあの姫を拐ってしまわないとな」


 だが、シュベアはそれに構わずに、即座に行動へと移る。


 ―――そうだ、ただ命を奪っただけでは復讐は完遂とはならない。

 しっかりと自らの国の愚かしさを反省させ、懺悔させた上で彼女を地獄へと送る。


「……さぁ、始めるか」


 ―――それこそが、亡き父と母に捧ぐ鎮魂歌となるのだ。




 ◇◇◇




「はぁ……」


「ヘパイストス」の艦橋で、ガルドスがため息を深くつく。

 ―――よもや、捕まえた運送屋がワルキアの姫君なんて大物を運んでいるとは。


 もちろん、彼らのことを本気で決め打って疑っていた訳ではない。ただ、可能性の一つとして彼らの事態への関与を考えていただけだ。


 だが暴かれた真実によって、現状は更に複雑化したといえるだろう。

 極秘裏に移送された姫君、そこに突如として出現した不可視の牢獄。もしや、その狙いは……


「……そもそも狙われたのは、俺たちじゃあない、のか……?」


「どうしました、団長」


 思いつきで呟いた言葉に、副官であるマキエルが反応する。


「……いや、なんでもない」


そう言いながら、ガルドスはおもむろに壁際にかけられた制服、そしてマキエルの姿を見る。


壁にかけられている制服はワルキアの騎士団の制服に酷似したものだ。

先ほどまでは箪笥にしまってあったが、ワルキアの姫がこの船に乗っていたという衝撃的な事実に思わず郷愁を誘われ、わざわざ引っ張り出してきたのだ。


 ―――思えば副官、マキエルとの付き合いも随分と長くなったものだ。


 砂賊団「ヘパイストス」は、ガルドスが王都を、騎士団を追い出された時に、ワルキア軍や騎士団に反発して結成したものだった。

 当時のワルキア王国は住民にIDを振り分け、定期検査で結果が既定水準を満たさなかった者は王都から追い出すという、差別にも近い制度を国民に強いていた。

 

 そうして国を追い出された人々が辿る道などたかがしれている。

 野盗に襲われて命を落とすか、魔物に遭遇して命を落とすか。もしくは、食べる物にもありつけずに疲弊し餓死するか。


 そんな棄民たちをガルドスは見捨てられなかった。自らも国を追われた身であるにも関わらず、他者を助けるための組織を作るために奔走した。

 そうして結成されたのが砂賊団「ヘパイストス」だ。その基本スタンスは単純明快、弱きを助け強きを挫く、その一点に尽きる。


 そして砂賊団を結成して数ヶ月と経たない頃、依頼の途中に砂漠で偶然出会ったのが現在の副官、マキエルだ。

 砂漠を歩行にて横断しようという、無謀な作戦を決行していた彼は、案の定食糧が全て尽き、熱い砂塵の中で行き倒れていた。


 話を聞けば、彼はワルキアの東部にある小国「ブレズ共和国」で軍師をしていたが、ある失敗から迫害に遭い、逃げ延びて砂漠に足を踏み入れたという。


 当時の彼はひどく疑心暗鬼な様子で、ガルドスが砂賊団へと勧誘をしても全く取りつくしまもなかった。


「―――団長、そろそろブリーフィングの時間です」


 それが今では立派な副官となり、自身の右腕として支えてくれている。

 運命、出会いとは数奇な物だ。


「あぁ、すぐ行く。……さっさとこの訳のわからない状況を打開しないとな」


 そんな感慨に耽りつつも、ガルドスは改めて気を引き締める。

 長年大事にしてきたこの船、そこに住まう家族。

 その安全の確保のためにも、なんとしてでもこの状況を打開しなくては。


「じゃあ、俺はブリッジに向かう。お前は例の運送屋トリオを連れてきてくれ」


「承知致しました」


 そうして二人は、正反対の方向へと廊下を歩いていったのだった。




 ◇◇◇




 同時刻の王都東部に広がるデリング大砂漠、その砂丘地帯。

 そこでは王都北方にグリーズからの大軍が迫る中、青龍騎士団長フェルミの忠言から始まった臨時作戦に派遣されたエルザ率いる赤鳳騎士団第一部隊の面々が揃っていた。


―――そして皆一様に、異常としかいいようがない現象に直面していた。


「なんなのよ、これ……」


 十機ほどのマギアメイルが立ち尽くすその先頭で、紅白のマギアメイル『麗騎士エクエス』から呆然としたような声が響く。


 ―――それも当然だ、目の前のおよそ現実とは思えないような光景を目にしては。


『エルザ隊長、これは……』


「……えぇ、これは……とんだ異常事態ね」


 その視線の先にあるものを目前に、誰もが息を飲む。


 ―――そこには何もない。


 いや、その表現には語弊がある。

 正しくは、というのが最適だろう。


 空間が、黒く塗りつぶされている。

 そこにあった物がどうなったのか、エルザ達には伺い知ることはできない。ただ、そこだけ切り取られたかのように漆黒の平面が広がっているのだ。


 ―――だがその黒い空間の中に、何か白い文字のようなものが無数に表示されていることにエルザは気付いた。


「なに……あれ……」


「観測術式、望遠展開」


 < 望遠機能:展開 >


 操縦席にそう表示されると同時に、目の前の黒い平面が急激にズームアップされる。


 エルザはそこに写っている文字を確認すると、訳がわからない、といった様子でボソリと呟いた。


「―――0と1が、無数に……?」


 しかしそれが何を意味するのか、彼女が思案しようとした瞬間に、不意に通信術式に隊員の焦った声が響いた。


『隊長、敵がっ!』


「敵!?」


 その声に隊員が提示した方角をカメラで追う。


 ―――そこに居たのは十数機のマギアメイルだ。その外見的特徴から、グリーズ公国製の物であることはすぐに分かった。

グリーズ公国のマギアメイル達は、その単眼をギラギラと怪しげに輝かせながら辺りへと展開していく。


戦闘の勃発は必至、やはりグリーズは砂漠を迂回した別動隊にて王都を強襲する腹積もりだったらしい。


「フェルミ卿の危惧は合ってたってわけか……!」


 < 燃焼術式:起動 >


 そう言うと、『麗騎士エクエス』はハルバードを敵に向け構える。

 穂先からは紅い焔が噴き出し、その闘志を如実に物語っていた。


「―――赤鳳騎士団第一部隊隊長、エルザ・ヴォルフガング」


「推して……参ります!」


 こうして、壁の外にて戦闘は始まった。

 だがその黒い空間の内部に閉じ込められた者達がこの戦いに気付くことはない。


 これが外と内、その双方にて火種が徐々に燃え上がり始めた瞬間であった。

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