毒姫の物語
仲仁へび(旧:離久)
上
彼女は毒。毒そのもの。
彼女の手足は触れたものを腐らせ、
彼女の息吹は空気を汚染してしまう。
生命ある者と触れ合う事の出来ない毒姫は、誰もいない、誰も存在できない……毒に満ちた世界ニエ=ファンデで長い年月を過ごしていた。
草木の生えぬ乾いた大地。
魚の済まぬ毒の海。
天井には蓋が施され、わずかな割れ目から見えるのは、消して開けぬ夜の星空。
そこは、命あるものの存在が許される場所ではなかった。ただ一人、毒姫を除いては。
たった一人。一人きり。
孤独な時間が流れ積み重なっていく。
百も、千も、万の日を数えて、そんな日々に耐えきれなくなった毒姫は星屑の光を紡いで、自らの心を慰めた。
彼女は何でも創り出す事が出来た、命なき物ならば彼女に生み出せぬ物など存在しないと言っていいくらいに。
けれど、それらでは毒姫の心は満たされない。
命なき者では彼女に真の意味で語りかける事も、触れる事もなかったのだから。
声を出させるように作っても、動く様につくったとしても、それはどこまでも生命ではなく物だった。
それでも彼女は孤独に耐えきれずに、自らに似せた存在機械人形を作りだした。
こちらの言うがままに唯々諾々と従い、望むがままに寄り添う存在を。
彼女は、その人形にまず名前をつけ、次に魔法を教え、そして自らの事を語り聞かせて、親がするように世話を焼き、実の娘を扱うように接した。
けれど、一人。一人きりの、たった一人だけで完結する……酷く小く閉じられた世界。
けれど、あるとき毒姫は気が付いた。
触れ合う人形に、娘に心が生まれ始めている事に。
問題だった。
彼女は生命なき物なら何でも創り出すことができ、何でも治す事が出来が、生命ある物に対しては何も成せなかったからだ。それどころか、近くにいるだけでも彼女の毒が害を成してしまうだろう。
毒姫は決断した。
ニエ=ファンデの世界の向こう側にある、生命溢れる世界イントディール。
娘をその世界へ逃がす事を。
最後の夜。
毒姫は娘へと声をかける。
「貴方に会えて良かった。つかの間のひと時だけど幸せだった」
「一人でない時間は、私に喜びをもたらした。誰かと共にいる時間は、こんなにも嬉しい事だと私は気づけた」
「この思い出と共に、私はきっといつまでも生きられるでしょう」
――ただ一人の私の唯一。決して代わりのいない愛しい娘。
――愛しています。
――幸せになってね。
ニエ=ファンデとイントディール。隔てられた二つの世界。宇宙の彼方よりも遠く離れた二つの世界。
毒姫は娘の手を放した。
たとえこの先、永遠に会う事が出来なくても、私はいつも貴方を想っています。
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