第47話 事情聴取 2
「3年前、バスから降りた私を追いかけて、突然『病院に行って検査したほうがいい』って言ったことあったでしょ! あれ、君だよね!?」
真剣な目で訴えかけてくる小早川さんに圧倒されながら、
「そう言えば、リハビリテーション・センターに行く途中で、そんなことをした覚えがあるようなないような……」
僕がそう答えると、
「あったのよ! あなたがそう言ってくれたおかげで、今の私の命があるの! ――あの時、あなたが、いきなり『最近、体調が悪いこととかないですか?』って聞かれたので驚いたけど、そのうち『自分は病気かどうかがわかる』とか『わたしが命の危険がある病気にかかっている』なんて言い出したから、頭のおかしい子にひっかかったなぁって思ってたの。だけど、あなたが本気で私のことを心配してくれていた様子だったから、検査するくらいなら自分に損はないと思って、次の日、仕事を休んで健康診断を受けに行ったのよ。そうしたら、乳がんが見つかって、医者には『もう少し遅かったら手の施しようがなかった』って言われたわ。左乳房はなくなっちゃったけど、おかげで命は救われたの。あの時、声を掛けてくれてありがとう。本当にありがとう!」
僕の両の手を握りしめながらひざまずき、目に涙をためて感謝する小早川さんを見て、僕の力が知らずに役立っていたこと知って、心が少し軽くなった気がした。
朝霧先輩の件で、僕の見て見ぬふりをした行動が、最悪な事態を引き起こしてしまったのではないかと感じていた。その罪悪感が心に重く重くのしかかっていたのかもしれない。
「あの……小早川警部補。そろそろ本題に入りませんと……」
所在なげにいた田村刑事が、遠慮がちに言った。
「あら、いけない。私としたことが……」
小早川さんは、スーツのポケットからハンカチを出して素早く涙をぬぐった。
「感動の再会はこれで終わりにして、さっそく本題に入りましょう」
そう言って、小早川さんは居住まいを正した。
「昨日の朝霧さんの事故は、自殺と断定されました。飛び降りる直前、1人で屋上へ駆け上がる姿を幾人もの生徒が目撃していました。肝心な自殺の動機についてですが、昨日、彼女の身近な人を事情聴取しましたが、現段階ではよくわかっていません」
「逆にお尋ねしてもいいですか?」
話の腰を折るような形になったけど、小早川さんは、嫌な顔を一つせず『どうぞ』と僕の質問を促した。
「朝霧先輩の身近な人を事情聴取したと言われましたが、誰に聞いたのか教えてもらってもいいですか?」
「朝霧千里さんの特に仲の良かったクラスメイト2人、美術部の顧問に部長、それと部員の3年生1人と2年生3人です」
(名前は伏せているけど、部長以外の3年の美術部員ってあの三輪さんのことだよな……。それで動機がわかってないっていうことは、密会のことは話してないのかな……?)
それを聞いて、僕は、本当のことを言うかどうか迷ってしまった。
言いよどむ僕を察してか、小早川さんは、話しを続けた。
「仲の良かったクラスメイトからは何の情報も得られませんでした。2人とも『わからない』の一点張りでした。美術部の顧問・金井先生は、朝霧さんが飛び降りる少し前に、『もう絵が描けない』と美術室で半狂乱になっていたと言っていました。もしかしたら、周囲のプレッシャーによるスランプが原因じゃないかとも言っていました。美術室での出来事は、あなたともう1人の部員青山ゆかりさんも目にしていると聞きましたが、それは本当ですか?」
「はい、一部始終見ていたわけではありません。青山さんと一緒に美術室に入ろうとしたら、朝霧先輩のヒステリックな声が美術室のドア越しに聞こえただけです。内容は、わかりません。美術室にに入った時には、2人の会話は止んでいましたから」
僕は、金井先生のずる賢さに舌を巻いた。
(金井のヤツが、僕らを証人に仕立て、朝霧先輩の自殺の原因が、周囲のプレッシャーによるスランプであると結論づけようとしているのが見え見えだった。本来の原因をうやむやにするために……)
「ある生徒さんからは、『軽井沢のホテルで金井先生と朝霧先輩が密会してた』という話しを聞かされましたが、金井先生に確認しましたところ、朝霧さんから軽井沢での個展の協力をお願いされたことは事実であること。個展の協力は校長先生にも了承済みであること。自分たちが泊まったホテルは別々であったと言ってました。これらすべて確認してます」
それを聞いて、僕は金井先生の方が一枚上手だと思った。誰かに見られたことを想定して、逃げ道をいくつも作っている感じが僕にはした。
以前の学校で女子生徒との交遊が発覚した際、退職させられそうになったと聞いた。その時の経験が、逃げ道を確保するような警戒心を高める結果になっているのかもしれない。
僕は、朝霧先輩が自殺した本当の原因については黙っていることにした。暴露しても死者に鞭打つ行為にしかならないし、事実だとしても証拠を提出することもできないから……。
「そうですか……では、僕から話すことはないですね。――あ、あと1つ聞いていいですか? これらの話しは、青山さんにもするんでしょうか?」
「青山さんは、事故のショックで体調を崩されているようですね……。あえて聞く必要はないかもしれません。本来なら、自殺と断定されているのに、私たち刑事課が出向くことはありませんからね」
小早川さんは、ゆかりちゃんには事情聴取をしないと約束してくれた。
朝霧先輩のことで、これ以上ゆかりちゃんが傷つくことがないと思うと、僕はホッとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます