第12話

 俺たちは再度犬の力を借りてシミルを探そうとも考えたが、埒が明かないのでこの手段は中止した。野宿の準備をしつつも、俺はバキリアの提案を聞いていた。



「やっぱり1人を探すのにはそれなりの労力が必要になってくるわ。それも王都のときの兵団ぐらいの数がね」


「とはいえそれを動かす金なんて当然ないぞ。まさか脅して何とかしようって言うわけじゃないだろうな?」



 その瞬間、嫌でもバキリアの不敵に喜ぶ顔が俺の視界を覆った。俺の口は引きつった。



「そうね、悪くはないけど......それはパス。たぶん脅そうとしてもあの王様の能力を聞いた限りだと、無理のようだしね」


「ああ。その通りだ」



 あの王様の能力は本当に理解しがたい。実際は特定の何かを消し去る能力だとは思うけれど、だとしたらそういう意味では俺の隣にいる人間ってことになる。死への道を消せればそれに越したことはないからな。



「で、1つ良い話を聞いた王国があるわけよ」


「王国? 王都とは違うのか?」


「全然違うわよ。もしも同じものとして扱ったら、きっとアンタは一生溶岩風呂の刑ね」



 なぜ閻魔大王基準なんだよ。さすがにそこまではしないだろ。俺の身体も実際もつかどうか、今更不安になってきた。



「で、そいつへの交渉はどんなものなんだ?」


「難しいことじゃないわよ。確かあの周辺は、最近3淫柱の影響下で、男を減らしたばかり、相棒の決まっていないお姫様は一体今何を望むと思う?」



 その瞬間、嫌でも意味は理解できた。こいつ、俺をだしに旨い味噌汁を食おうとしてやがるな。



「それお前が逃げたいだけだろ!」


「そんなわけないでしょ。別にそのお姫様はそこまでガツガツ系じゃないわよ。それだったら姫として最悪のパターンね。まぁそれはともかくにしてもアンタにも拒否権くらい用意されてるわよ。たぶんね」


「お前本気で言ってんのか? 最悪のパターンが来たらどうするんだよ?」


「そうでもしないとシミルの居場所はわからないのよ。アンタが決めなさい。狭い壁を無理にでもこじ開けて彼女にたどり着くのか、それともゆっくりとその壁が開くのを待つのか。どちらかを」



 いつにないバキリアの真剣な表情。頭を駆け巡るシミルの声、顔、思いで。そんなの捨てられるわけないだろ。



「いいだろう。そうと決まれば今すぐ移動......」



 俺が立ち上がり移動を始めようとした瞬間、彼女は尻尾で俺を掴んだ。うれしくもない感覚に、俺は空中で意味のない抵抗を見せた。



「まぁちょっと落ち着きなさいよ。焦らず今日は休めばいいわ」


「そ、そうか......」



 提案をしたかと思えばこの落ち着きよう。全く困ったもんだな。とはいえ本当に俺たちのためにバキリアは協力をしてくれている。今思えばうれしい。感謝を述べたいくらいだ。まぁそんなもので喜ぶ種族でないことは知っているが。


 この星空をシミルも見ているだろうか。そう考えるとなぜだか眠気が覚めてしまっていた。



***



「ワン! ワンワン!」


「おい、バイバイって言ってるぞ」


「ふーん」



 バキリアはまるで愛想をつかした飼い主のように犬も気にせず空へと飛び上がった。寂しそうな彼の顔を見てしまうと、俺は思わず頭を撫でずにはいられなくなってしまっていた。



「いや、何呑気にしてんだよ。犬とはいえ一応仲間だっただろ?」


「仲間? そんな概念が禁忌召喚タブーコールで生まれるわけないでしょ? 好き放題改造された挙句に操られて。それで感謝しようものならそいつはよほどのMよ。アンタみたいな」


「俺はお前に禁忌召喚された覚えはねぇよ!」


「私もアンタなんかお断りよ。“ありがとうございます、バキリアさまぁああ!”とかいって燃えた状態で突っ込んでこられても困るもの」



 カチンと来た。が、今は全部バキリアのからかいは全て気にしないでおこう。彼女のおかげで今を進めているのも事実だしな。



「ま、俺は死なないからひょっとしたら炎も永遠に燃えつきないかもしれないな。とはいえさすがに水がないと辛いが」



 これで悪くない。バキリアも同調して話を聞いてくれるに違いな......俺は彼女の、まるでゴキブリを見つけてしまった女性のような逆毛の立った顔を始めてみた。



「何? その気? アンタにプライドってものはないの?」


「それくらいあるに決まってんだろ! お前の勝手な思いつきに乗っただけだよ!」


「ウソつき! アンタ本当は私やシミルをそういう目で......」


「うるせぇ! その角斬り落とすぞこの変態思考悪魔が!」


「アンタ今悪魔を穢したわね! 今に見ていなさい。アンタに雷光の一撃が......」


「悪魔は穢されねぇだろ。十分罪深いんだからよ」



 ハァ。どうしてこうも口論が続くんだ。せっかく感謝の言葉の1つでも言おうと思っていたのに。悪魔族でこれだったら、耳長族とやっていける気がしないのだが。


 俺たちは王都の西側の新たな王国へと訪れた。名はギルティオベルク。鉄の産業に優れているようで、辺りには武器商人で溢れていた。当然俺たちにそれを買う余裕はない。



「お前、姿を隠さなくていいのか?」


「別に気にしないわ。この村は確かに襲った経歴があるけど、姿は見られていないもの」



 いやいやそれマズいだろ。と言いたいところだったが、あいにくローブらしきものも売っている様子はない。仕方がないここは我慢しよう。


 意外にも全員がバキリアを見ることはあっても、彼女を睨むようなことはなかった。むしろ笑顔で会釈をしてきた。彼女は返さなかったが、一応気持ちを受け取った意思は示していた。


 この世界じゃ悪魔はそこまで悪さをしていないのか? それともできていないだけなのか? いずれにしても平和に近いのは言うまでもないか。


 俺たちは町の最奥の城へと訪れた。意外にもお姫様は話を聞く意思を見せてくれた。案内されて男性が少ないのが嫌でも理解できた。金髪に巨乳。できることなら違う世界で知り合いたいくらいだった。



「ようこそいらっしゃいました。わたくしに御用ですか?」


「ええ。俺は倫也、こいつはバキリアって言います」


「こいつっ......」



 バキリアは何かを言いたかった様子だが、交渉の前でのケンカはご法度。今ならこいつは俺に従うほかない。



「お名前をうかがっても?」


「わたくしはシルナ・ヴェル=セルキオと申します。少し離れた先に姉がいるのですが、そのご様子ですとお会いしてはいないようですね」



 失礼かもしれないが長い名前だ。実際どれで呼べばいいのか理解に苦しむ。とりあえずシルナさんと呼ばせてもらおう。姫様だとまるで部下のように扱われそうだからな。



「今回俺たちはあなたの力を借りに来た。もちろん礼はある。シルナさん、婚約に困っているんだろ?」


「その噂がもう出回っているのですか。困りましたね。この町で一暴れする暴君の姿を浮かびます」


「そう。このままだとあなたの町は相当な被害を受けることになる。そこで、俺をお前の隣として納得させるのはどうだろうか」



 彼女の顔は扇子で見えなかったが、驚きの意思を見せたことだけは理解できた。俺の心は震えていた。



「なりません姫。今日出会ったこやつを信頼できるとはとても思えません。貴様本当の目的を吐け!」



 剣を俺たちに向ける男騎士。俺も剣を抜き対峙する。



「それじゃあ俺が勝ったら言うことを聞いてもらうぞシルナさん。けど手加減はできないからそこは目を瞑ってくれよ」


「ずいぶんと余裕そうだな。悪いが俺は生半可ではないぞ」



 俺に普段の騎士らしい戦い方なんて必要なかった。バカみたいに突っ込んでわざと斬られる。そして首に剣を突き付ける。それだけの簡単な仕事だった。



「なに!?」


「これで戦いはしまいだな。さぁ、俺たちの交渉を受けてくれるな?」


「ええ。あなた」


「そうか。

……おい今こいつなんて言った?」


「アンタの嫁になりたいって言ったわ」


「はぁ!?」



 面倒くささという俺の勘はあながち間違っていなかった。が、すべてはシミルを助けるための虚構の姿を演じるだけだ。気にする必要は......気になって仕方がない。

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