第8話

「何か来ます!」



 シミルの言葉と共に俺たちは足を止めた。白馬が俺たちの元に姿を現した。けれど、そこに乗っていた騎士は剣を構えなかった。



「アンタ、誰?」


「王都騎士兵団、8番隊長のローリオという。だが、今回は王の命令とは別でここに参った次第。話をしても?」



 彼の言葉を信用はできないが、聞くことは認めた。シミルをバキリアの側に連れていき、彼は馬を木にくくりつけ俺たちを安心させた。



「話とはなんだ? 先に言っておくが、交渉は断るぞ」


「むろん知っておる。それならば諸君が彼女を変装してまで救うはずもない。我は亡きシミル・パルテロッカの父、エルウィス・パルテロッカの親友である」



 言葉の剣が襲い掛かってきたかのようだった。シミルはまだ内容を理解しきっていなかったのか、動揺をみせるだけだった。


 が、俺とバキリアは違った。



「お前の言っていることは正直信用していない。だが、それが事実だとするなら話してほしい。当然彼女の心を折らないことを前提でな」


「御意。まず話をせねばならないのは、彼の最期でしょうか。亡き者。そういったものの現状事実を把握しきれていないのです。彼は我とともに龍の巣を探っておりました。が彼らの射程に侵入していたようで、自分の命を心配するのが精いっぱいでありました。結果として我と数名は逃げのびることができたものの、それ以外の者の行方はいまだ不明であります」



 定まらない言葉を否定したいところだった。が、俺は彼の言葉を無視した。何の面白みもないただの会話としてとらえた。



「そしてそのとき託された言葉の元、我はシミルさまをお守りすることを誓ったのです。我が命と引き換えにすることになったとしても」


「その覚悟は本物なんだな?」


「無論」


「なら、鎧を取れ。騎士団を抜けるお前には必要のないものだ」


「だがそれでは彼女を守るのに不利。状況を悪化させるだけでは?」



 いっていることは正しい。そして俺のことを否定してはいない。とするなら俺は彼を信じるべきだろうか。



「倫也さん、私はこの人を信じます。何より彼からお父様のことをもっと知りたいんです」


「……わかった。ローリオっていったか。一緒に付いて来い。王都を抜け......」



 その瞬間、兵士たちが俺たちを追いかけ馬で駆けあがってきていた。やはりウソだったか。敵のタイミングが甘くてよかったと心から思う。



「磁場一刀......丸球!」



 敵たちはまるで何かに吸い込まれるように1つに集まり動きを失った。彼は刀をしまい俺たちに笑顔を向けた。


 俺たちの不安はさらに深まった。



「倫也......」


「わかってる。お前はシミルの隣につけ」


「オーケー」



 俺たちは移動を再開し、王都の脱出を試みた。意外にも門兵は誰かに倒されており、脱出は容易だった。とはいえ問題はこの先だ。龍の騒動が終わればきっと片目剣士が俺を探し回るだろう。どうして俺も悪魔と同じ対象にならなきゃいけないんだ。まったく。



「本当によかったのか? あの中にお前の鍛え上げた兵もいたんだろ?」


「無論。けれどシミルさまを傷つける対象であれば、剣を交えることに迷いはなきゆえ。それにそれを見せればそなたたちも我に多少なりとも信頼を得られると思った次第」


「お前があいつらを連れてきたのか?」


「さよう。陣形も把握していた我にとっては造作もないこと」



 シミルの父親が一体どれだけすごい人物なのか聞いておきたいところだが、今はそれよりも身の安全だな。俺たちは王都を出ても歩みを止めず安堵の就ける場所を探すことにした。


 が、今更逃げられるなんて思ってはいなかった。いつか戦う必要がある。そう自覚していた。



「ローリオ、ここからならどこが安全だと思う?」


「むぅ......もし王都のつながりの低い場所へと向かうのであれば、うまで2、3日かかるところとなる次第。けれどそれを避ける場合、この先の森を抜けた町、シラクスに潜むのが得策かと。シミル様もお疲れのご様子。早急の休息が必要なり」



 悪魔の年齢はわからないが、俺の予想じゃここの土地勘はローリオの方が上だ。俺は彼を利用しシラクスへと向かうことにした。そして目の前に銀髪の女性が現れた瞬間、俺は剣を構えたくなるような気分に襲われた。



「その銀髪......まさか」



 彼の驚きの声に俺も少しだけ納得した。本来であれば斬りかかりたいくらいだった。彼女が発した言葉はシミルに抱擁を求める声だった。



「シミル! 大きくなったわね」



 彼女の動揺は消えなかった。当然だった。目の前にいる人物が誰なのかわからない。ローリオの様子から俺には理解できたが、彼女はそんなに人を見ていない。



「誰?」


「10年も経てば忘れて当然よね。私の名はセリヴィア・パルテロッカ。これで意味がわかった?」


「お母様!」



 彼女は迷いなくその女性に飛び込んだ。が、その瞬間に俺たちに訪れた衝撃を俺は忘れることができなかった......


 視界はぼやけ、全てがかすんでいった。シミ......ル......


 彼女に手は届かなかった。

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