第11話堆肥

 植物型モンスターのテリトリー付近に、拠点となる簡易テントを築く。

 テントといっても、高さはやぶ程で、大半が地中をくり貫く事で、空間を確保してある。

 念入りにカモフラージュもしているし、尖らせた枝を三つ組み合わせた、ウッド・スパイクにて囲んでいる。浅い落とし穴の底には、細長いカラーコーン状の杭があり、落ちた瞬間というか、踏み抜いた瞬間に突き刺さるだろう。

 モンスターは貴重な食糧源。

 さて、これで粗方準備は整った。同族の観察を始めようか。


 森の中といえど、肥料となるモノが少ない場所も、当然ながら存在する。

 自分の周りだけの土では、養分が足りなくなってしまう。

 そこで、ある程度成長したら、蜘蛛の糸に似た粘糸状の産毛と、根っこの一部を地上に露出させ、茎や根に生物が触れると、反射的に引き寄せてしまう。

 動くものに巻き付くので、虫以外にも反応する。消化能力はなく、生物を餓死させて堆肥を作り、巻き付いた生物に根を張るのだ。

 養土を自分で作り出す事で、ドンドン生い茂る。その上限は養土次第と言う事だろう。


 より厳しい環境下ともなれば、消化機能を備えるように、突然変異する事だろう。

 消化物を吸収する事で、虫の甲殻や動物の骨までもを養分にするのだ。

 通常の養土型なら、骨を養分にするには時間が掛かる。

 だが、早く成長する為には、より多くの養分が必要となる。共食いが出来ない以上、限られた養分と水分だけでは、いずれ枯れてしまう。


 一見すると何も無い獣道だが、脇の養土型モンスターに近付き根元を見ると、ネズミやリス等の小動物に、根を張った骨や死体が幾つもあった。

 俺は分泌した消化液で、産毛状の根っこを溶かしているので、巻き付かれる事は無い。

 ふむふむ、なるほど。蜘蛛の巣を参考にすれば、産毛の根っこをより広範囲へと、張り巡らせられそうだ。


 根っこに引っ掛からない獲物は、付けた果実で誘う。近辺の根っこ全てで絡み付くのだ。

 果物と同じように、それらの付ける実は美味い。

 養土型は瑞々しくて甘みがあり、消化型は詰まっていて味が濃い。

 それらの実を狙ってモンスターは食べに来るが、そこは肉食植物なので、狙う動物を捉えて養分とする。おいしさも戦略であり、綺麗な花には棘があると言う事だ。


 そんな森の恵みを狙うのは、何もモンスターだけではない。

 人間やエルフも、果実を求めて近付く。

 で、運悪く捕縛され、堆肥になってしまう。その養分が実の美味しさにも繋がる。

 だが、それを知らないのが消費者という立場だ。

 生産者と消費者の両者には、それだけ情報に差がある。

 ……知らなくてもいい事と言えばそれまでだが。


 自分の分身を増やすのに、虫や鳥を使った受粉もあれば、巻き付いた後に、棘を使って獲物の皮膚下へ種を植え込む。

 そんな捕食寄生型の植物モンスターも存在する。寄生と言う事は、生かしたまま苗床となるように、対象を逃がさず殺さず捕らえる必要が出てくる。

 その締め付け具合が、動けないけど不快にならない程度の絶妙なバランスをしているのだ。


 この肉食植物の、獲物を捕らえる能力に注目してみた。

 強い力で獲物を捕らえるのは単純だが、相手を傷つけないという条件が加わると、途端に繊細な技術が必要となる。

 鼠だろうが熊だろうが、どんな生き物も絶妙な締め付けで捕らえる。

 動き方も頑丈さもまったく違う生き物を、安全に捕縛するのは非常に難しいが、この捕縛能力を利用すれば、大型動物を傷つけずに捕らえたりも、決して不可能では無いだろう。


 色々な種類の植物油の中でもオリーブ油は比較的製造が易しく、ダンジョン系では煮えた油を噴射させて、冒険者に大ダメージを負わせる。

 それを受ける者と見た者とで、精神的にもダメージを負うし、即死でないぶん悲惨な状態となるのだ。

 煮えたぎる油で釜茹でになるか、良い湯加減の風呂だったと済ませるかで、シリアスにもギャグにもなる。


 釣り型植物は、花や葉を使って誘き寄せ、モンスターを捕まえてしまう。

 囮や挑発に使えるが、その手に乗らないモンスターには効果が無い。

 虫系モンスターの視覚に合わせたものなので、動物系の目は欺けないのだ。

 触手型植物は、巻き付くと表面にある棘胞にて毒を注入し、麻痺させて動けないようにしていく。生け捕りの状態で種子を寄生させるのだ。

 依存型植物は、相手に香りや毒素を流し、中毒にして抱き込むように堆肥を作る。


 様々な種類を観察しつつテリトリー内を進むと、アルウラネもいた。

 周りの植物から精気を吸いとっている。精気には魔力や体力が含まれているので、衰弱は免れないだろう。


「あら、エルフ。いや、お仲間かな。外側から来るなんて珍しいわね」


 見ていると視線に気付いたのか、向こうから話し掛けてきた。


「ドーモ、アル=ウラネさん、コンニチハ。かーらーのー、サヨウナラー」

 

 俺はニンニン言いつつ、脱兎の如く逃げ出す。

 しかし、呆れ半分な気配で、アルウラネが回り込んできた。


「まぁ、待ちなさい新入り。挨拶だけで帰るな」


 いつの間に!? ソルの使い手なのか!

 というか素早い植物って変態じゃね?

 普通根っこをクラゲや蜘蛛の多脚のように、ウネウネさせてんじゃねーのか?

 下半身は……二足歩行してる。アルウラネって、植物要素は下半身部分に多かったはずだが。


「クイック・モード!」


 瞬発的な身体強化魔法を脚に集中させ、瞬間的加速を行い、アルウラネに迫りつつその脇を通り抜ける。

 が、根っこによって拘束された。

 ぐぬぬ……バインドとはしゃらくさい!

 消化液で足元の根っこを溶かそうとするも、中々溶けない。


「いきなり加速してリズムを崩し、目の錯覚を与えたまますり抜けようったって、魔力の流れと視線でバレバレよ?」


 お見通しとは、自己鍛練が甘かったという事か。

 溶けないならば、氷と木の複合魔法陣で低温火傷させるまでだ。


「氷の魔法陣か。私達は魔法への耐性が強いって、基本的な事を知らないの?」


 魔法耐性がどうのと言うが、金属疲労は生体部品にも当てはまるという、科学知識は無いようだな。

 急激な温度差によるたんぱく質の劣化や、細胞の収縮、熱膨張、冷却による刺激の鈍化もある。

 草木だって火傷や凍傷を負う。拘束部分に氷を当て、成長促進にて時短させれば、細胞分裂の途中でたんぱく質が壊れ、低温火傷のようになる。火傷した部分は細胞膜が破壊され、浸出液が出ているため、拘束を緩めるのは造作もない。


「なっ!?」

「風よ、つむじとなりて、敵に仇なせ! エア・カッター!」


 詠唱はそれっぽく、適当な魔法語を並べておく。要はイメージによって、精神力を練り上げるのが魔法のキモ。なら、より現実味のある自然現象を思い浮かべれば、イメージに魔力が反応するかのように、最適な形で発現する。

 今回は体を中心としたつむじ風を起こし、周囲のモノを風の刃で切り刻むようにした。


「お見事。でも、魔力が心許ないその状態で、物量はどうするつもりかしら?」


 アルウラネは付近の植物達に呼び掛け、根っこや触手状の蔓

つる

を、大量にけしかけてきた。

 逃げようにも、範囲が広すぎて逃げ場が無い。

 蔓や根っこの上下による二段構え、速度差と多角的かつ多方向からの触手攻撃。

 最初こそつむじ風で凌げるものの、維持し続けるだけの魔力がなければ、捌ける限度を超えてもいる。

 だったら、アルウラネに近付こう。進んでも蔓、退いても根っこなら、一矢報いる事に賭けよう。

 良くあるじゃん? 取れる時に命を取っておかないと、後々後悔する場面なんて、小説やマンガには。

 命や肉体は確かに惜しい。が、それ以上に相手の手のひらの上で踊るのは、容認出来ない。


「おっと、向かってくるか。往生際が悪いわね」


 根っこと蔓の触手群をつむじ風で切り開き、残りはオーラによって感知しつつ、前転したりジグザグに回避する。

 その最中に、竹で作った水鉄砲を、背負っていたスライム・ボックスから取り出す。

 多少もったいないが……これで決める!


「む……んっ?」


 戦闘経験が豊富であればあるほど、攻撃に殺気があるか、フェイントなのか、当たっても平気か等が分かる。

 詰まる所、古武術における見切りだ。見切りが上手いと、紙一重での回避が出来るという。

 至近距離での射撃とは言えども、竹筒の中身が一瞬見えただろう。

 それでもアルウラネは避けなかった。

 自分を害する攻撃には、多少のタメが必要だと、先程の拘束で分かっている以上、予想外の奥の手だろうと、威力は想像内に収まる。

 ある程度の予想外すら予測出来る内は、自滅覚悟の攻撃も対応されるというもの。

 なら、その裏をかくまで。

 中身の液体は、アルウラネが避けなかった事もあって、狙い通りに口へと当たり、唇に弾かれて滴る。

 少し意外そうな表情だったが、その液体を毒とすら疑わず、舌先で舐めた。


「……何これ。甘いし、シュワシュワする」


 アルウラネが困惑しているが、その間にも触手によって拘束される俺。

 簀巻きにされ、宙ぶらりんに吊るされてしまう。


「新入り、私に何を浴びせかけた?」

「その辺の果実で作ったお酒」


 植物は水溶性の毒を吸収しやすい。

 少しだけなら問題は無いが、過剰摂取すると枯れてしまう。

 例えば海水で水やりすれば、当然枯れる。石灰を撒いて水をあげれば石灰水となるし、糞尿をそのままあげても枯れる。

 で、植物はアルコールを吸収してしまうと、枯れやすくなる。

 濃度にもよるが、ビールぐらいのアルコール濃度ならすぐには枯れない。

 しかし日本酒やワインレベルのアルコール濃度では、半日で枯れはじめる。

 焼酎やウイスキーレベルのアルコール濃度だったら、一度かけたら相当なダメージ、それも回復できないダメージが、植物に与えられてしまう。

 アルコールに含まれるエタノールは、生物体によく浸透し、タンパク質などの生体を構成する高分子に、さまざまな影響を与えるので、細胞そのものが脱水状態となり、死んでしまうのだ。

 しかしながら、アルコールを完全に飛ばしてしまったお酒を植物にあげると、アミノ酸により良い効果が見込めると言う。


 別に、アルウラネを枯らすのが目的ではない。というか、アルコールでは枯れないだろう。

 アルウラネは人型の部分が、そのまま中身まで人間そっくり、と言う場合が多い。

 顔だけ見ても、耳と目と鼻と口があり、整った顔立ちをしている。

 人間に近い亜人やモンスターは、人間の特性を併せ持つため、人間と同じように酔ったりするのだ。

 しかし、酔わせるにはお酒の量が足りない。

 俺はお酒を飲まないし、飲み過ぎると死ぬ。


 では何故、お酒を浴びせたのか。

 アルウラネといえど、人間やエルフの暮らしを知ってるだけで、実践したりはしていない、とみたのだ。

 植物生活を体験して実感した事だが、刺激が偏っている。

 踏まれるか、引き抜かれるか、という戦々恐々の刺激に、虫やカビにヤられるという怖さ。

 食事は単調で、光合成による太陽のありがたみもあるにはある。

 だが、それだけだ。

 それ以上の刺激は無い。想像に空想を重ねる事は出来ても、それは生前の賜物。

 特に食事が顕著で、養分と水分だけで済む。

 肉が食いたいと思っても食えない、思う存分体を動かしたいと思っても、満足に動かない。

 目も見えないから、風景も楽しめない。

 それはそれはツマンネな暮らしで、目の前のアルウラネとて例外ではないだろう。

 肉は食えるが、調理が出来ない。やり方から知らない。果実の汁や水は飲めるが、お酒は作れない。下手すると、仲間である植物系モンスターが死ぬ。


 要するに、カルチャー・ショックを与えたのだ。

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