8
学園集会。
校長の演説は前にも増して長い。おそらくは時間を稼いでいるのだろう。そう解釈するのが的確だ。
今回のテーマは、正義とは何か、というような話だ。結局結論は出ていない。もっともらしい意見と、それについて意識することが、まず第一歩だと、当たり障りのない内容だ。毎回この手の話題を考えることが、校長に与えられた仕事なのかもしれない。理由も分からずに、芹沢の、そして篠塚の操り人形と化している。
三十分を過ぎたころだろうか、予定通り体育館の隅に芹沢の姿があった。彼女がそこに立っているだけで、数名の生徒は浮足立っている。客観的に見れば、甲斐もその一人とみなされているかもしれない。
校長が壇を降りると、入れ替わるように、芹沢が壇上へ移動する。
「皆様、お待たせいたしました」
その言葉と同時に、やはり黄色の声援が飛ぶ。
「今日この集会を開きましたのは、二つの目的がございます」
芹沢はそういうと、まっすぐ甲斐を見た。甲斐は突然目があい、心臓が跳ね上がる。これだけの人の中で、迷うことなく見つけられたことにも、そして、彼女がこちらを見ていることにも。
「前回紹介すべきでしたが、遅れてしまいましたことをお詫び申し上げますわ、甲斐雪人くん。どうぞ、こちらにいらしてください」
「は、はい?」
甲斐の裏返った声とは裏腹に、
「どうぞ、もっと、こちらに。マイクのところへ」
「はい」
甲斐は頷きながら、ゆっくりとそちらへ向かう。
「一言でよろしいです。どうぞ、挨拶を。皆様待ち望んでおりますよ」
「ええっとでゎ」
体育館を見渡す。
壇の下のフロアに並ぶ生徒の顔、顔、顔……あれはかぼちゃだと言い聞かせる。甲斐の視界から見ると、体育館は実際の形よりの広く見える。中央部が膨らんでいるせいもあるのだろう。前方には生徒が溢れ、後方には先生がたが座っている。さらにその奥には数名の先生が立っており、ちょうど正面には担任の
奥に行けばまた狭くなっているはずだが、錯覚だろうか、そうは見えない。むしろ扇方のような印象がある。
「緊張なさっていますね。とても優秀な人なのですよ。あと一年もすれば、わたくしも追い抜かれてしまうかもしれませんわ」
芹沢はふふふと笑いながら、甲斐の背中をさする。
「どうぞ、一言だけ」
会場の生徒はまるで甲斐の話を聞いていないみたいで、ほとんどが芹沢を注目し、隣の生徒とこそこそと囁きあっているように見えたので、甲斐の緊張は少しだけ解けた。
「えっと。甲斐雪人です。一年の、二組です。先日、課題が消化しきれず、今日まで居残りでした。そんなに、優秀ではありません」
「何の課題だったのですか?」
「量子の、揺らぎについてです」
「通常それを学ぶのは、二年後ですよ。課題が終了している時点で優秀ですわ」
驚いて芹沢を見ると、なぜか彼女は悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せる。
「どうもありがとう。ここから見える風景は素敵でしょう? 少し、あちらへ」
甲斐が横に移動すると、再び彼女が舞台の中央に立ち、マイクを手で支える。
「失礼しました。それでは、もう一つのお話です。これは、少し難しい内容ですので、皆様、よく分からなければ、そっと聞き流してくださいませ」
甲斐はその光景を横から見ている。横からでも、彼女に漂う優雅さが感じられる。多くの生徒が彼女に憧れるのも納得できる。
「今日が、約束の期日になります」
途端、彼女の表情が強張り、小刻みに震える。下にいる生徒からは分からないかもしれない。手の位置はほとんど動かすことなく前に揃えられていて、顔もほほ笑むように軽く傾けているのだが、甲斐の距離からははっきりと分かった。
「わたくしは、決して逃げたり致しません」
まるで、誰かに話しかけているかのようだ。
「正々堂々とお話ができれば、と思いますものの。あなたはそうは思って下さらないみたいですわ」
それから、俯く。
「ええ。それが、お望みでしたら」
芹沢の話している内容が意味不明のせいか、体育館からはざわざわという声が溢れる。
「それから、一つ警告です。わたくしは、あなたが誰なのかもう分かっています。ですから、どうかこのような方法を止めていただきたいのです」
いや、明らかに会話をしている。
「そうですか、分かりました。まずは、そのよう……」
その瞬間彼女は頭を抑えると、ふらりと倒れた。甲斐は驚き、すぐに駆け寄る。下からは悲鳴も聞こえる。これではまるで前回の集会と同じではないか。
「大丈夫ですか?」
甲斐は芹沢の上半身を軽く抱き上げると、さっとおでこに手を当てる。芹沢の目が薄く開けられ、甲斐と合う。
「今は演技中です。わたくしはまた貧血ということにして下さい。それから、どうか今日の出来事を桃花に」
ぽそとそうつぶやくと、彼女は目を瞑り、意識を失う振りをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます