壊れた英雄

96話 壊れた英雄 1

「これ、預かっていたお金。」


ユウキが財布から硬貨を取り出すと、ヨレヨレのシャツを着た男は目を白黒させながらもそれを受け取った。

しかし受け取りはしたものの手の平にある丸い金属の事は『今まで見たことが無い』と言う様に怪訝な表情で眺め、頭の中をひっくり返して思い出そうとしているように眉根を寄せて考え込んでしまった。


「あの時、僕が逃げちゃったから渡せなくて・・・。留守番を頼まれたのにお店を壊されちゃってごめんなさい。」


魔導具職人のモルドは言われている事が理解できないまま「おぉ?」と曖昧な返事を返す。

言うべきことを伝えたユウキは、『相手が何も言わない事が返事なのだ』と解釈して、もう一度頭を下げてから店を出て行った。


「えっ?ぼ、坊主!ちょっと待て。」


我に返ったモルドが表に飛び出した時には、トボトボと歩くユウキが角を曲がる所だった。




「すまねぇ。突然の事で坊主の言っている事がなかなか頭に入らなくてよぉ。恨んで黙ったわけじゃねぇんだ。」


店に戻ったモルドは申し訳なさそうに謝った。

座ったユウキの前にお茶のコップを置いて正面に腰を下ろしたモルドだったが、その後の言葉を口に出しづらいのか、何度も口を開きかけては顔を背けてまた押し黙る事を繰り返した。

モルドの葛藤する様子を見て、ユウキは悲しそうに溜め息をついた。


「おじさんは優しいんだね。」


「はっ?いや、そんなんじゃねぇよ。」


「今日、おじいちゃんと一緒に光で目つぶしをしちゃった人達の所に謝りに行ったんだ。みんな『もういい』って言ってはくれるけど、誰も僕と目を合わせなかったよ。きっとおじいちゃんが一緒だから責めなかったけど、本当はちっとも許してないんだと思う。ちゃんと僕を見て話しかけようとしてくれたのはおじさんだけだよ。」


トードリリーによるパンデミアが起こる前までだが、誰が何処でどの様な症状だったのかは治癒院で記録が取られていた。

その記録を元にユウキとゴーザはエリアルの閃光で目つぶしをした人達の所に謝罪をして回っていた。

しかしユウキが訪ねて行くと、みんな顔を背けて黙り込み、長い沈黙の果てに『もういいから、構わないでくれ』と言ってユウキ達を追い出した。

ゴーザからタルタロス・サーキットの使用を禁じられていたユウキにとって、この対応は堪えた。

預かったお金を返そうとモルドの店を訪れたのはそんな時だったのだ。


溜め息をつくユウキを見てモルドが肩の力を抜いた。


「すまなかったな。俺が店番なんかを頼んじまったばかりに。俺こそ謝りに行かなきゃならないのに意気地がなくてな・・・。」


「おじさんの所為じゃないよ。マリーンが・・・知り合いの女の子は僕を探していたのだからどこかでアリオさんとは・・・斬り掛かってきたお兄さんね・・・会う事になっていたんだから。」


あの後、マリーンを介してアリオとは会っていた。

会うなり地面に頭を付けて謝られて対応に困ったが、話してみれば思慮深く頼りがいのある良い人だった。


「おじさんもそうだけど、あんな事が無ければみんないい人なんだと思う。だから僕が恨んだりすることはないけど他の人たちは違うみたいだから・・・。」


「坊主のことだって恨まれちゃいないぞ。あれが神属の仕業だってことも、それを英雄ゴーザが収めてくれた事も皆知っているさ。それに、お前が頑張っていた事もな。」


「僕の事?邪神討伐の事では僕がどうしていたなんてみんな知らないと思うけど。」


「その話はそうだな。だけど、お前さんが必死に逃げていた事、女の子を護ろうとしていた事、小さな子供を庇ってボロボロになっていた事、それに逃げずにあの邪神の所へ向かって行った事、あの炎を通してみんなが見ているんだよ。煮込んだスープの中の肉みたいに大分煮崩れた感じにだけどな。あの姿を見て、それでも坊主に文句を言える奴なんざ誰もいないはずだ。」


モルドの話を聞いてユウキはテーブルに伏せてしまう。


「そうなのかなぁ?でも誰も僕を見ないんだよ。」


「それは・・・みんな後ろめたくて前を向けないのさ。あの時、みんな自分の中の醜いものが表面に出ちまった。今まで気づかない様にしていた自分の心の汚い部分だ。それが自分の中にあったと認める事だって辛いのに、炎を通して全員に共有されちまった。坊主の事と違って曖昧過ぎて他人の事まで気付けるものじゃないんだがな。それでも誰かが知っているかもしれないと思うと以前の様には人と付き合えないんだよ。」


「おじさんは平気なの?」


「俺は、まぁ・・・元凶だからよぉ。中まで火が通る前に街中に振りまかれたから、そんなにドロドロしたモノは見ずに済んだのさ。そんなだから、みんな坊主のせいで変になっている訳じゃない。気にすんな。」


ゆっくりと顔を上げると心配そうな顔のモルドと目が合った。


「おじさんは優しい人だね。」


ユウキの顔にクスリと笑みが浮かんだ。




「ところで坊主には迷惑かけたし、店番もしてもらったから何かお礼・・・いや詫びかな・・・をしたいんだが、何かないか?」


「そんなのいらないよ。売っていた物も面白かったし。・・・ほとんど使えないけどね。」


最後の一言に引きつる様にモルドの片頬が上がる。


「そ、それはどう言う事だ。俺の魔導具は類を見ない自信作ばかりだぞ。」


「だって売れてないでしょう?」


目を見開いたモルドが顔を殴られた様に仰け反って固まった。


「使い勝手が微妙だよ。虫よけは人も死んじゃうし、音が出る箱はイライラするし、ストローは吸えなかったでしょう。」


「う、売れるのもあるぞ・石鹸はどんな汚れも落ちると評判なんだぞ。」


「皮膚も溶けるけどね。」


「えっ!」


「古着屋のおばさんが言ってた。どんな汚れも落ちるけど素手で触ると皮膚が大変なことになるって。」


「そんなまさか・・・。いやもしかして食人花の蜜が拙かったか・・・」


聞き捨てならない単語が漏れたが幸いにもユウキに届きはしなかった。


「おじさんは自分で一度使ってみて、『良いな』と思った物を売るといいよ。その方が安全だし。」


項垂れたモルドがガシガシと頭を掻き毟る。


「俺は人の気持ちって奴がイマイチ解んねえだよ。色々な奴がいて、色々なことを考えていて、そんな中にいると自分が何処を向いたらいいのか分からなくなる。その点エリアルは良いぞ!どんなことが出来て何をしたいのか気付いてくれるのを待っていてくれる。俺はそいつ等の声を聞き、叶えてやるために真っ直ぐ進めばいいんだからな。」


人との繋がりを諦めた者が口にする典型的な逃げ道だが子供のユウキにはそこまでは気づく事はなかった。

だが、


「でも売れないけどね。」


子供らしい容赦のない感想がモルドを項垂れさせた。




「そこまで言うのなら俺の魔導具なんていらないよな。」


「んーーー・・・じゃあ、あのストローを頂戴。」


「さっき使えないと言ったばかりじゃないか。」


「ストローとしてはね。一個貰っていい?」


受け取った物をテーブルに置くと、取り出したナイフでストローの半ばを切り落とす。


「な、何してんだよ。」


ニッと笑ったユウキの手にはエリアルから下が無くなった筒。

それをコップの水に突き刺すとピュッと吹き上がった水が天井を濡らした。


「ああっ、ごめんなさい。思ったより勢いが強かった。」


最初は筒の部分をつまんでいたので勢いが強まったのだろう。

ユウキが手を放すと少し収まったが、それでも指の長さ程に吹き出た水がテーブルを濡らし、コップの中は直ぐに空になってしまった。


「すごいなぁ。これだけ勢いがあれば色々使えそうだよ。」


「坊主、どういう事だ。」


「説明を聞いてから考えていたんだけど、吸う必要はないんだよ。エリアルに触れた水は分解されて同じ量の水が出来るんでしょう?エリアルを直接水に着けちゃえばいいかなぁって。それなら、コップの底に仕込んでもいいし、桶でも底に何個か着ければ直ぐに一杯のなるよ。あっ、庭の水遣りにも使えるかも・・・。」


嬉しそうなユウキの言葉をモルドは呆然と聞いていたが、急にユウキの手を取って握り締めた。


「坊主!お前は天才か。俺はそんなことまで考えつかなかったぞ。なぁ、他にもエリアルがあるんだが一緒に使い方を考えてくれないか?」


「えー、面倒くさいからやだよ。」


「じゃあ、坊主に魔導具の作り方を教えてやるから、その代りにアイデアを考えてくれよ。」


「うーーん。面白い物を作れればリューイが喜ぶかもしれないけど・・・。」


「そうだよ。坊主なら玩具でも道具でも皆がワクワクする物を作れるさ。なっ!だから頼むよ。」


「そこまで言うなら、偶にならいいよ。」


「本当か!よし、じゃあ直ぐに工房に行こう!」


「えーーー!今日はもう夕方だし、僕も忙しいんだよ。また今度ね。」


「そんな事言うなよ。師匠って呼んでいいからよぉ。」


「いや、訳わかんないよ。」


一度思い込んだモルドは粘りに粘り、翌日の約束を取り付けるまでユウキが解放される事はなかった。






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