第23話 襲撃3
聖者の盾のおかげで道行は単調だった。
ルート選択はもちろん、周囲の警戒も完璧にされているのでユウキにはすることがない。
マリーンは話しかけてくれるのだが自分たちの置かれた状況を考えれば楽しい話題が続くはずもなく、プッツリと切れる会話がなおさら居心地の悪い雰囲気を醸し出している。
気晴らしになるものはないかと遠くにいる人の気配に意識を向けたのは、だから気まぐれ以外のものではなかった。
その男は60シュード程先で屋根から降りて走って行ったのだが、何か急ぐ用事でもあったのか屋根には道具入れが残ったままになっていた。
『あのまま忘れたら当分探し出せないだろうな。』
『他人の不幸は蜜の味』と言う程の事ではないが雨に濡れてうっすらと錆を浮かせた金槌が頭に浮かんで少しだけ楽しくなった。
『また今度見に来てみようかな。その時まで残っていたら教えてあげよう。』
積極的に何かしている訳ではないが悪戯を仕掛けている様で妙に楽しくなる。
『場所を覚えておかなくちゃ。』
しかしこの辺りは目印になりそうなものもなく、ダンダールの後についてきているだけだったので通ってきた道もあまり覚えていない。
仕方なく位置関係だけでも確認しようと周辺に意識を向けると先ほどの男が走っていた。
『あの男の人、あんなに急いでどこに行くんだろう。』
男は20シュードほど進んで足を止めるとそこにいた老人と若者に合流し、連れだって歩き始めた。
老人と二人の息子
それだけであれば日常のちょっとした一場面に過ぎなかった。
ところが三人の男は次の通りに出る手前で立ち止まると曲がり角からそっと顔を出して先の様子を窺いはじめた。
その雰囲気は“仲の良い親子”などでは決してない。
やがて、何か合点がいったのか肯き合うと通りへと歩き始めた。
『?』
ユウキにはわけが解らなかった。
それまで小走りに歩けるほど元気な老人だったのにとつぜん杖に縋り付く様に腰を曲げて歩き始めたのだから理解できなかったとしても無理はない。
先ほど屋根の上にいた男が横を歩いているのも良くわからない。
うわべだけ見れば息子が年老いた父親を迎えに行った様にも思えるが、そうするとわずか20シュードの所で待ち合わせる必要があるだろうか。
『そういえば・・・あの家の中』
男がいた家の中を観ると8人の男が酔いつぶれて寝ている。
これから父親を迎えるのに狭い家の中には居場所がない。
「ねぇ、マリーン・・・屋根で修理をしている家の中で男の人たちが酔いつぶれているのをどう思う?」
マリーンは楽しそうに宴会をする男達と働かされている男が思い浮かんだ。
「・・・いじめ?」
「何か違うかな・・・修理している人の方が年上でエラそう。」
「じゃあ、部下を招待したけど本人はお酒がすごく強いかお酒を飲まない人。みんな寝ちゃったから家の修理を始めたとか。」
「うーん・・・ありそうだけど下で人が寝ているのに屋根の修理を始めるかな?うちでもしたけどあれはすごく大きな音がするよね。」
「あっ、うちもした事ある。どんなに熟睡していても飛び起きると思う。・・・それじゃあ大工さんに修理を頼んでいたけど忘れて宴会をしたのは。」
「大工さんの格好じゃないよ。それにどちらにしても音で寝てられない。」
「えーと・・・もう思いつかないわ。」
そう、すっきりと納得できる答えが思いつかない。
どの可能性も全くないとは言い切れないがどれも少しづつ違う気がする。
「もう直接聞いてみようかな。」
「ねぇ、ユウキ・・・お父さんが言っていたのだけどコルドランを進んでいるとどうしても道が解らない事があるんだって。リミットが迫って『もうダメか』と焦る時もあるけど、そういう時には自分が当たり前だと思ってよく見ていなかった所に答えはあるって言っていたよ。今の場合だったら、例えば屋根を修理していたんじゃなくて壊していたとかね。」
「壊していてもうるさいのは同じでしょう?それに壊している所なんて・・・観てない・・よ。」
「?」
『いや・・・僕は直している所も観ていない。ただ道具が合ったから直していたと思っていたんだ。あの男の人は屋根を降りる前は何をしていた。最初に家の中を観た時、屋根の上は・・・陰からこっちを見ていたんじゃないか。』
そうして改めて観てみればあることに気づく。
自分の周りにいる人たちがほとんどそうなので不思議に思わなかった事。
『なんで屋根の修理をしていた人まで剣をもっていたんだろう』
他の人はまだいい。
探索者の
だけど魔物など入り込むことのないこの街で屋根の修理にまで剣を携えている必要はないはずだ。
観れば家の中で寝ている人たちも剣に手を掛けているではないか。
全てが推測にすぎない。
だけどそうでなかったら大変なことになる。
「アスミさん、前からくる老人と左の家に居る男たちが怪しい動きをしています。」
最初、アスミは何を言っているのか理解できなかった。
前を歩いてくる男達は解る。
かなり遠いが見えているので視力が良ければ何かに気づくのかもしれない
だが左の家?見える範囲はおろかドールガーデンを展開してみても人の居る家など一つもみあたらない。
「何を言っているのですか?」
「先頭の人から20シュード先にある左の家に8人の男の人がいます。その家の屋根でこちらを見張っていた人が前から歩いて来る内の一人です。全員が剣に手を掛けていますから気をつけないと危ないかもしれません。」
「あなたの言う通りだとしてもその家はここから30シュード以上先にあるんですよ。家の中の様子が解るわけがないでしょう。」
言い出した内容が内容なだけにアスミは元の人形の様な態度に戻って聞き返してきた。
「それは・・・」
ユウキは一瞬、その先を言うべきか躊躇した。
自分の認識範囲について話したくなかったのだ。
探索者にとってドールガーデンは誰でも身につけている能力だが同時に最も重要な能力でもある。
この能力なくしてコルドランを進むことは不可能だと言ってもいい。
そして、魔物相手であればともかく対人戦の場合にはその長短が死命を分ける事も多い。
同じキャラバンの仲間であればお互いの認識範囲は大よそ解っているがそれでも自ら明言することではないし聞かない事がマナーなのだ。
ましてユウキの認識範囲は異常と言っていいレベルにあり、面白半分に広まった場合の弊害はゴーザから再三聞かされていた。
間に合うかどうか解らないが適当な理由をでっち上げてアスミを説得するという選択肢もある
また説得が間に合わなかったとしても聖者の盾なら実力で圧倒できるかもしれない。
どうすればいい・・・今の段階で最善の答えなど出せる筈はなかった。
『もしお前が自分と他人のどちらを生かすか判断できない事があったなら・・・』
訓練の合間にゴーザが話してくれたことがある。
『もしそんな場面に出会ったら、迷う事はない自分を捨てろ。自分の傷は自分が強くなれば自然と癒える。だが人を傷つけた後悔は抜けない棘の様にじくじくと心の奥を腐らせてゆき、いつかお前を殺す事になる。ならば恐れず進め。』
ユウキの腹は決まった。
「アスミさん。僕のドールガーデンは認識範囲が100シュードです。屋根の上で見張っていた男も、急に腰を曲げて歩き始めた老人も、寝たふりをしながらも剣から手を離さない男の人たちも全部観えています。急いで皆に知らせないと大変なことになりますよ。」
100シュードと聞いて目を見開いたアスミも言われたことの意味に気づき慌て始めた。
本来、伝達事項があれば一度“要”なっている者に伝えてそこから周囲に伝達してもらうのだが今は時間が惜しい。
しかし、いくらアスミが危険を知らせようと思っても直ぐに全員が気づくとは限らないしそもそもアスミの位置までは観えていない者もいる。
アスミは前に居る男たちの間を押しのけてダンダールの所まで走った。
本来はルール違反だが今はなりふり構っている時ではない。
押しのけられた男たちがたたらを踏み、驚いたダンダールが振り向いて何かを言いかけているがそのすべてを無視してアスミはダンダールに並ぶ。
この位置ならダンダールの指示に注意している警戒役が気づかないはずはない。
アスミは左腕を高々と上げると想像上のナイフで自分の胸を刺す事3度、これが緊急事態発生の合図だった。
即座に全員が緊張を漲らせ周囲の警戒をする。
その後パタパタと腕を動かして細かな情報を伝えると事情を理解したダンダールが指示を出し始める。
本体を離れていた3人にはすぐに合流する様に伝え、アスミは子供達の所に帰す。
家の中にいた男たちも異変を察知して慌てて表に出てきた。
歩くのもままならない様子の老人も背筋を伸ばして武器を構えている。
11人に対して今はダンダールを含めた4人が相対しているのだが流石に相手の人数が多い。
左右の警戒役は一度大幅に引き返さないと合流できないので当分は当てにできそうにない。
相手は襲撃に際して脇道のないこの場所を選び、小さな路地まで物を積み上げて塞いでいるのだ。
ユウキ達の後ろから二人が前に出て行く。
最後尾の一人だけは間を詰めただけでそのまま残った。
これで6対11
探索者は戦闘能力も高い。
奇襲されたならともかく街のゴロツキ程度であれば遅れをとることはないと思われた。
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