第4話 戦ですか?勇者さま。
いつもなら秋が近づき収穫の喜びに沸き立つ季節のはずだった。
だが今年は皆、心から喜び切れないでいる。
隣国、ラ・クジャールとの戦いも季節的にいつ開戦してもおかしくないのだ。
『悪い予感ほど的中するよな』と、誰かが言った乾いた冗談が現実となった。
急報が入る。
イーストノエルの町より更に東、ラ・クジャールとの国境の城塞都市ガルン
からの使者だった。
「勇者ジン様、どうかお助け下さい!!」
街中も馬で駆け抜けて来たのだろう。息も絶え絶えに使者は状況を告げる。
「ガルンがラ・クジャールの攻撃を受けています!!」
先日、息子が参戦要請に来た時の情報よりも早過ぎる侵攻だ。
今年の春、雪解けを迎えた頃から戦争の噂は流れていた。
いよいよか、、、との思いは有るが、使者の慌て振りが異常だった。
・・・予想以上の大群で攻めて来たのか? もしくは問題が起こったのか?
「まずは落ち着いて話せ。王都への要請は?」
「はい。別の使者が向っております。」
「それで、敵はどの位で攻めて来たのだ?」
「敵の総数は約二千です!!」
「??・・・二千?たったの二千足らずで?」
おかしいと思うのも無理は無い。仮にも一国と争うのだ。
少なくとも二万から三万、本気なら五万は必要となるだろう。
二千人程度ではガルンの攻略もままならないだろう、通常ならば。
「先遣隊が攻めて来て、本隊が迫って来ているという事か?」
「違うのです、ジン様。王家の紋章を掲げ、今攻めて来ているのが本隊です!」
「どうい・・・」疑問を口にする前に使者が叫んだ。
『モンスターです。モンスターと一緒に攻めて来ているのです!!!』
「何だとっ・・・!?」
モンスター「と」一緒にという事は、たまたま運悪く偶然両者同時に攻めて来た、
と、いうのではなく故意的にモンスターを使って攻撃しているという事だ。
確かに高位の魔法にモンスターを魅了し強制的に使役する魔法も有る。
だが、モンスターの容貌を聞いて更に唖然とする・・・ギガントオーガなのか?
相手がギガントオーガ、しかも複数となると、、、まずい。
すでに「人」の戦いではなく単なる虐殺の場になるのは目に見えている。
「それで被害は?」
「出発時はガルンの強固な防壁で防げておりました」
情報から、もう一刻の猶予もないだろう。
「準備を整え直ぐに向う。戻っても決して戦おうとするな!」
爺ちゃんは使者を送り出すと順序良く装備を整えていく。
・・・これが本当の爺ちゃんの姿なのだろうか?
「爺ちゃん、俺も行くよ!」
「だめだ!!!」 今までに無く強い口調だ。
「なぜ?こんな時の為に戦い方を学んで来たんじゃないか」
「今回のモンスターはレベルが違う。それに・・・」
「敵を・・・人を殺す事になるんだぞ。お前に人が殺せるのか?」
言葉は激しいが爺ちゃんの目はなぜか悲しそうだった。
考えなかった。いや、考えない様にしていただけだ。
自分を殺そうと襲い掛かられたら殺せるだろう。
では誰かを守る為に誰かを殺す事が出来るだろうか?
その時点で何もしていない相手を『敵兵だ』といって殺せるだろうか?
答えは出ない。が、
「一緒に行く!」
今行かないと一生爺ちゃんに会えない様な、話しが出来なくなる様な
不思議とそんな気がしていた。
「準備は終わったか?」
「うん、終わったよ爺ちゃん」
準備と言っても男の二人だ。すぐに済んだ。
「では出発するぞ」
「ああ。何時でも!」・・・「「 にゃー 」」
聞きなれた声がしたと思ったら、クロネにミヤまで荷袋から顔を出している。
「どうして?、いつ入ったの?」
「危ない所に行くんだから連れて行けないよ。解かるよね?」
ご主人様の特権発動で言い聞かせるけど降りてくれる気は無さそうだ。
爺ちゃんが何か言ってくれるかとも思ったけど、予想外に
「連れて行っても良いじゃろ」って・・・えーーっ!!
今回の戦いでは爺ちゃんの指示に従う、との約束なので仕方が無い。
「仕方ない。大人しくしてるんだぞ。」
「「 にゃー 」」
・・・返事した? しかも二匹同時に。
常々思ってたけど言葉解かってるんじゃ?、、、なんて、ないよね。
一緒に暮らす家族、猫だけど『一緒に居たい』と思ってくれて、
ついて来てくれたのが心配だけども、とても嬉しかった。
また二匹も自分と同じ気持ちだったのか、と嬉しく思えた。
自分達はイーストノエルの町への急報を聞き急いで準備を整え出発した。
遠方の王都までの伝達、ましてや軍の出発には時間が掛かるはずである。
王国軍は予想では早くても四日後、五日中に到着出来れば上出来だろう。
爺ちゃんの説明では、まずは相手国にモンスターを使った戦いを止める様に
説得するとのこと。
その後、戦争自体を納められないか説得するらしい。
…正直、一時的に戦を止めさせるのは可能だろう。
爺ちゃんが敵軍に突撃して指揮を執っている王族だけを倒してしまえば撤退するだろう。
ただ、それはあくまでも一時的な事だ。怨みを持って再度攻めて来るのは確実だろう。
爺ちゃんが望んでいるのは現状から仕方なく戦を納めるのではなく、理解した上で
納得し、 戦いを納めて欲しいのだ。
だが、それが実際には難しい事であることも本人は重々承知している。
両国が色々な思惑や理由によって戦おうと言うのだ。
単純に「はい、そうですか」と止めてくれる可能性は低いだろう。
何か、お互いに退けるだけの理由…建て前が有れば良いのだろうが、、、
その『折り合い』を見つけられるかも今の時点では不明である。
「この辺りで良いか」爺ちゃんが言う。
その夜は野宿で仮眠する事となった。
このまま急行しても真夜中の到着となり目的からしてもマイナスとの理由からだ。
敵国側に立って考えれば当然でもある。
夜中に強大な力を持った勇者が急に軍中に現れた、しかも敵国の、、、
ともなれば、意図せず『夜襲か?』と勘ぐられるのも想像に難くない。
街道沿いの大きな木の下で休む事となった。
少し落ち着いて気が付けば、長距離の移動で腰もお尻も痛い。
爺ちゃんは?・・・様子を伺うと全然平気そうだし、、、。
じゃあクロネとミヤは?・・・うん、元気そうだ。
何か一人だけ『負けた様な』気がして少し悔しかった。
見ればクロネとミヤはしばらくぶりの地面に喜び、
じゃれたり、毛繕いしたり、舐め合ったりしている。
『2匹共、こんなに仲良かったんだ・・・』
家にジンとフェンが居る時には見ない光景に微笑ましく思う。
その時2匹と目が合った。
ピタッっと動きを止めてニャーニャーと話し始める。
『何の話ししてるのかな?解かったら楽しそうだよな、、、』
『乙女トークだったりして(笑)』
・・・実は重要な話しをしていた事をフェンは知る余地も無かった。
城塞都市ガルンまでたどり着いたのは日付が替わり日が高く登った頃だった。
先行した急報を届けた兵士は無事に到着しているだろうか?
時間的には昨日の内には到着出来たはずだ…兵士の話しでは強固な防壁により
2日や3日ならば、まず持ち堪える事が出来るとの話しだった。
…はずだった。
様子がおかしい。
遠目から見ても攻めて来ているはずの敵兵が防壁の周囲に見当たらないのだ。
何より、防壁の正門が開いている…遅かったのか?…敵兵士もろともモンスターも
既に街中へ攻め入ってしまったのだろうか?
不安に駆られながら速度を上げて街中へ突入する。
街中の惨状は酷いものだった。
多分、住人であったであろう跡やそれを護ろうと戦ったであろう守備兵の遺体。
それに攻め込んで来た敵兵士の遺体。
どれも人間同士が戦っても決して出来るものではなかった。
人としての形が無いものや、兵士の不自然に歪んだ鎧…決して人の行ったものではない。
モンスターによるものだ。
ショックを受けている場合ではなかった。
まだ耳を澄まして聞けば、何かが暴れている音や人の叫び声や悲鳴が微かに聞こえてくる。
「いくぞ。但しモンスターには手を出すな。襲われている人を逃がす事に集中しろ、いいな。」
「分かった。」
「いくぞ」
もう一度短く言うと行動を開始する。
幾つかの角を曲がった所で建物が動いた、ように見える程の大きさのモンスターが目に入る。
「やはりギガントオーガか。」
「で、でかい…」
二人の経験の差がありありと出る。
実際には家屋よりは小さいのだが、大型モンスターを初めて見るフェンには
より巨大に思えたのも仕方の無い事だった。
身体中が強張り息も自然と荒くなる。馬もそれを感じ取って速度が落ちる。
「飲まれるな!」
爺ちゃんの激が飛ぶ。
速度を落とさぬままにギガントオーガに接近していく。
手には剣が握られているが、誰が見ても巨大モンスターには
役不足にしか見えなかった。
「止めたい」という気持ちと「爺ちゃんなら」という気持ち、、、
それと強さに惹かれる気持ちから言葉は出なかった。
が、予測とは裏腹に爺ちゃんと交差した直後にギガントオーガの
脇腹から血しぶきが上がる。
目がギョロっと攻撃者を睨んだと思った瞬間、首が地面に落ちた。
身体中から沸々と沸き上がる興奮を感じながら、頭も回る様になり、
襲われていた人達の避難に動く。
「大丈夫ですか?」
声を掛けても青ざめた口は何も語らないで、ただ震えている。
「大丈夫です。 助けに来ました。」
落ち着かせる為に、ゆっくり噛み砕くように語りかけると何とか回答が来た。
「大丈夫です。でも…」
急に精気を取り戻した様に泣き、話し出した。
「みんな、みんな殺されて、、、食べ、、食べられてしまったんです」
それはまるで自分が生きている事を確認する為の行為の様に。
考えたくは無いが『そういう事』だったのだ。
・・・到着した時に見た「町の住人らしき跡」は。
落ち着かせる為の理由を考え、思いつく。
「ここは危険です。どこか安全な場所…もう少しで王国軍も到着するはずです。そこへ・・・」
・・・実際の王国軍の到着はまだ2日は先のはずだが、あえて嘘を言う。
「「嫌ーーっっ」」
突然、女性が打ち震えて暴れ出したのだ。
混乱しているのか敵軍と勘違いしているのか「行ったら殺される」と。
「大丈夫です」若いフェンにはこんな時に掛ける言葉など分かる訳もなく、
ただ「大丈夫」と繰り返すしか無かった。
その間も爺ちゃん、勇者ジンはモンスターを切り伏せている。
決して弱いモンスターではないギガントオーガを。
次から次に目標を捉え人を救う為に進んで行く姿は正に勇者と言える姿だった。
「俺もいつかあんな風になりたいな…」
場違いな憧れの気持ちが涌く。
「「違うんです」」
女性の声で我にかえり、何が違うというのか聞き返す。
勇者ジンとは意図せずだいぶ距離が離れてしまっていた。
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