161:宣明

 日の出前の薄明るい朝、状況を知りたくて真っ先に天幕に向かった。

 睡眠時間なんて七時間程度だが、夜間の活動がまともにできないから、日が沈んでからの変化が気になって仕方ない。

 天幕の入り口では、すでに連絡係が報告していて、すぐに走っていく。


 報告を聞いたユウさんが、中にいる大枝嬢に少し和らいだ面持ちで話しかけている。近付くと、息は白く、ぎざぎざの耳が赤くなっているのが見えた。


「お早うタロウ。ちょうど聖獣の件を話してたのよ」


 おお、ようやくユウさんに認識してもらえた気がする。


 聖獣のマグ節約能力を試すよう知らせておいた、その報告が届いたところらしい。

 一般的な聖獣は、喋るどころか鳴くこともない相手だ。話しかけなければならないというのが、野郎どもには抵抗が強かった。しかし子持ち冒険者が率先して我が子をあやすように語り掛けてみたところ、ますます不気味だといって嫌がられたとか。

 想像しないでおこう。


「とにかくね、魔技を放つまでの時間が短縮されたり、攻撃技の後に疲れが減ったらしいの。その結果をみれば皆目の色を変えて聖獣にお願いしたそうよ」


 絶対に想像しないぞ!


「ふふ、私も試してみたわ。わずかでも負担が減るのはとても助かるの。今は、特にね」


 明確な戦力としては認識されてなかった聖獣に頼るのは、それだけ状況が逼迫してるからなんだ。これまでは、無駄な動きが多かろうと休めばよかった。

 あんま実益がなくとも、とりあえず持っておけといった空気は、多分、聖魔素で出来ているから。邪魔素の魔物と戦う奴らにとってはこれ以上ない験担ぎだろう。

 初めは愛玩動物的な扱いだと思ったが、それよりはタトゥー的なものかもしれない。

 人によるだろうが、考えたらフラフィエは勝手に語り掛けてたから、それがお願いになってたんだ。それはシャリテイルもだな。


「あのぅ、シャリテイルは何か言ってましたか。この件でも結構、助言をもらってたんで……」

「ええ、そりゃ喜んでたわよ。いつもよりぷるぷるするって」


 そこかよ。

 まあ、そんな話をしたなら、元気なんだ。


「ギルド長も来たわ。さ、入って。会議よ」




 ウル隊長率いる調査隊の戦力はかなりのものらしく、放牧地を一旦放棄する必要はなくなった。いきなり高ランク率いる中ランク上位陣のパーティーが幾つも増えたようなものという話だ。

 別陣営の奴らがいきなり入って他の冒険者たちは平気なのかと思ったが、国境沿いに遠征できるような力量の人員が、手薄な一帯を埋めてくれたんだ。体感できるほどの増員というのは、現場の冒険者たちが一番ありがたがってるらしい。


 職員の中では高ランクの代わりを務めなければならない役らしい大枝嬢が、一番安心した様子だったが、すぐにぐんにゃりと歪んだ。

 それも一時的なものだからな。いくら屈強な人間だろうと、ぶっ続けで戦闘なんて無理だ。避難者に随行した者は、多少は向こうの手助けの必要があって戻るのはもう少しかかる。保存食量など物資の調達も兼ねているらしい。それまで交代要員は足りない。

 そして、その後の増援の見込みもない。


 しれっと対策本部に混ざっているウル隊長が、力強く答えた。


「王家がどうあろうと、ジェネレション領は対応の準備を進めている。レリアスが動かねば、隣国へ余計な懸念を与えるのでな」


 そうだよ、三国協定があるじゃないか。

 これまでは復活しないと判断したようだが、現状が示すのは最悪の事態だ。それなのに戦力を、こことは反対側の王都に集めるなんてどうかしている。

 だが国が考え直す間にも、状況は変化してしまう。そんなもん……待ってられるはずがない。


「狼煙を上げるか?」


 ウル隊長の問いは、最終警告である赤い狼煙のことだろう。それなら早めに周囲を動かすこともできそうだが……危険な賭けだ。

 ギルド長がこちらを向き、つられた他からも視線が集中する。

 もっと状況把握が必要だよな。

 俺も、まだ大丈夫そうといった簡単な報告とは違い、なるべく詳細な聖魔素網の状態をスケイルから聞き出して伝える。


「網となっている聖魔素の崩れ方は均一ではないようですが、山並みの方から、徐々に破れていっているようです」


 俺には中心の邪竜が巨体を揺すって、大地に縫い留められた網を引きちぎってるように思えた。

 ギルド長は、この場の全員と情報を共有したかったのだろう。


「山頂へ確認に向かわせたが、聖獣の言葉通り、近付ける範囲では既に結界石の影響はない」


 その通りだとスケイルはアホ毛でぴょこんと頷く。

 まずは邪竜の頭を抑えつけていた山の結界石が薄まり、今は麓の結界石だけが頼り。それが十分の一ほどか、崩れている。危うい状態だ。


「とはいえ赤の狼煙は、邪竜が姿を表したことを知らしめるもの。既に勧告の狼煙は上げてある」


 今これ以上のことはできないというんだろう。仕方がないとはいえ、俺もそこに反対はない。ここで早まってなにかあれば、後に響く。

 提案したウル隊長も、渋々ながら同意を示した。


「他領へはジェネレションより伝令を出し続けている。これで動かんなら、我らにはどうしようもないな」


 隊長のお手上げ宣言に対して、ギルド長は特に怒りも呆れも見せない。一番、他領に腹立ててたと思ったが……そういえば、ここのところずっとこんな感じだ。この状況になってからだったか?


「なに、まったく寄越さないなんてことはない。決まり事にはうるさい輩だ。派兵はするだろうよ。その規模が不明というだけで」


 そんな程度の見込みなのかよ。小規模なだけならまだしも、怪しい輩でも送られたら洒落にならないぞ。


「隣国へは遠征班が詳細を伝えましタ。他に私たちが出来るのは、場を整え、持ちこたえることですネ」


 大枝嬢の静かな声が胸に沁みる。ひとまず、心の文句は消えた。

 俺の知らない間にも、多くの人間が動いているんだ。ぶつくさ言うだけでも、局地的に頑張っても、どうにもならない。

 だからこそ、せめて持ち場は死守しよう。


「瓦解は一瞬であるのが常。予想より早めに動くとしよう」


 ギルド長の言葉に皆が頷き解散した。




 いつもと同じく、俺はただ歯噛みするしかできない。


「……それで済ますか。スケイル、俺たちもやるぞ」

《クァ! ここのところの主は気合いに溢れて実に頼もしい。微弱が微力に増すだけでこうも違うとは》


 その気合いを削ぐなよ。

 まあ、気負いすぎてもよくないか。

 では本日も南で、いつものように低難度地帯の制覇へ。

 それだけでなく、出来得る限り範囲を広げ、山並みを視野に入れる。


 スケイルから、他種族の子供よりもマグ量だか密度だかが増えたとお墨付きをいただいた。

 言うなれば、生身で、低ランク冒険者のスタート地点に立てたということだ!

 例え敏捷値低下の呪いに侵されてようと、今は覆すだけのパワーがある。スケイルパッチでな。


 街道に出て、ふと振り返った。

 天幕での会話は、あの主が現れることを前提としている。本当に、この場にいる者しか、まだ実感できないんだろうか。


 もうすぐ、嫌でも実感することになる。それからで間に合うのかよ。

 ジェッテブルク山が、まるで噴火を始めたような様相を見せてから、魔物の行動範囲が広がった。

 これまでは自動制御のため細かい設定ができなかったから、最低限の燃料で動かしていたんだろう。それが今、各エリアの魔物の姿はそのままでレベルが底上げされたようだった。

 これが邪竜の力が表に出てきているということなら、復活する前に、他領まで影響が出ないとは限らない。

 ……実はすでに、王都近くの魔脈にも影響が出始めてんのかもな。


 邪竜のバフ効果で強化されるというから、分裂前の種が結界に近付けるようになるのかと思っていた。確か繁殖期にしろ魔震にしろ、邪魔素を地上へ振りまくために魔脈を変動させるから起こる。その時期の魔物は少し興奮気味だしな。

 だから邪竜が力を取り戻し、根性なしの魔物たちに対して死への本能的恐怖を消すことで、街に押し寄せるように命令するんじゃないかという予想をした。


 それだと、現状とは違う。

 何かが引っかかる……姿が、そのままということか?

 結界に対抗するため分裂して弱体化してきたのに、力を得て個々の能力が上がる? それじゃ人間と同じってことじゃないのか。

 疑似生命体だと思いはしたが……ものすごく、嫌な予感がする。




 沼地を駆け抜け、昨日よりも増えているウニケダマをヴリトラソードで一閃。

 虫よけを使って時間をかける気にはなれなかった。こいつらのマグなら補填は十分だしな。出来る限り貯めておきたいが、そうも言ってられない。


「なあスケイル。前もって魔素濃度が高まる地点を察知できないか? あの八脚ケダマが現れたような」

《難しいな。彼奴等にとっての獲物が近付くことも発生条件の一つであろう》


 あーなるほど。既にケダマ押し寿司状態だったのに、変化したのは俺たちが近付いてからなのはそういう訳か。


《我が万能なのは聖魔素にまつわることのみ。赤きものどもなど、主を脅かす範囲でなければ関知せぬ》


 お前な、あいつらを天敵だとかお弁当だとか、めっちゃ意識してるやん。


「なるべく結界の崩壊具合は見ててくれよ」

《それに関してもだ。我も今は小さき者の一つに過ぎぬ》

「……どういうことだ」


 今さら情報が足りなかったとか、どう説明すんだよおい。

 めっちゃ俺を脅かす大元の動きだろ!?


《我が辿れるのは結界の聖魔素。それも精々が周囲の山並みまでだ。その臭いが途切れていくのを感じ取っている。邪な魔素など直接感知してはいない》

「距離が問題と」


 これまでの行動や発言とも一致するか?

 随分と広範囲の魔素を感知できるようだから、少なくとも地上なら全体をカバーできるんだと思い込んでた。どこまで可能かなんて考えもしなかったよ。

 今ではスケイルも、俺が知らないとまずいだろうことは、知らせてくれるようになっている。初めの頃の齟齬は、前の主が優秀過ぎて何も言う必要がなかったからだろうな。いわばこの道のプロだったわけだし……くっ。

 とにかく、邪魔素を知るには、それなりに近付かねばならないんだな?


 目の前の敵に集中。

 スケイルの突進に、ウニケダマの群れは分断される。

 スケイルが駈け、俺はひたすらヴリトラソードを振るい、ウニケダマは散り散りになる。


「ヴリトラ軒――ウニちらし寿司」


 誰が食うか。


 一通り麓のウニケダマを潰して回ると、昼前には街に戻った。

 腹が減ったからではない。昨日レベルアップした体での手応えを確かめ終えたからだ。

 スケイルの補助があるとはいえ、跨ったまま片手で戦えた。回復石を使う間隔も、さらに余裕ができたおかげだ。


「出来ることが増えたなら、何かやんなきゃ……」


 行動範囲を広げたい。

 ギルド長にどう許可を貰うか悩みつつ、宿に寄った。疎開後は弁当を頼んでない。

 あの何個かある壺を洗うのも面倒だし、おかずを何種類も作ってる余裕もないだろうと思ったんだ。西の農地側に大きな釜があり、嫌でもパンは焼いている。なんならパンだけでもいいと言ったが、例のごとく飯は食えと諭された。

 記帳台には布で覆った木のボウルが置いてある。昼飯だ。

 その上には、いつもはない紙切れが載っていた。




 ストンリからの伝言だった。飯を平らげてから店に向かう。

 俺を見るなり次々と箱から取り出されたのは防具だ。

 え、注文してた鎧、もうできたの?


「早すぎないか」

「これから時間をかけられそうもない」


 そうだな、前線で働く冒険者たちのもんに時間をかけた方がいい。俺のを先に片づけてくれたのは感謝しかない。もっと進みたい今は特に、何か手立てが欲しかったんだ。改めて品を見おろした。

 二度目だというのに、こうして一揃い並べられると、その存在感に圧倒される。

 それもそうだ。ランクアップ品だからな。手触りからも、しなやかさと頑丈さが素敵なハーモニーを奏でている、ような気がするほど今の装備と違う。

 サイズチェックのときも思ったが、重々しい輝きを放つのはクロガネ装甲部分だけではない。


「どんな加工したらカワセミ皮がこうなるんだ」

「各種マグ加工だけでなく傷防止やら色々施してるが、イモタル製だからだ。手足には滑り止めも」

「待ったなんか芋皮がどうのと聞こえた」

「イモタルだ」


 なんで皮まで最上級品になってんだ!?


「この前拾ってきたろ」

「いやその前に確認したとき既にこれだったろ!」

「……よく覚えてたな」

「忘れるか!」

「あの時は頭だけだ」


 なんでその後替えた!


「クロガネに見合った強度にした方がいいんだ。この前置いていったろ。ちょうどいいから使った」

「そんなすぐに準備できるはずないよな」

「在庫と入れ替えたに決まってる。貰った奴の方が状態はいいし、こっちが得したくらいだ」


 やっぱ初めから画策してたんじゃねぇか。

 試着のときに変だとは思ったんだよ。でも初めにサンプルとして出された砦兵と同じもんは、もっと硬かったんだ。まさか同じもんとは。


「クロガネほどの額じゃないから気にするな」


 イモタル皮はクロガネの半値が相場らしい。

 一応、素材自体のランクは金属が上になる。

 だが冒険者たちは革装備がメインだし、その他の小物にも大活躍してる。需要が段違いだ。皆この厳しい状況の中で拾ってる場合じゃないだろうし。


「情けない顔して払うくらいなら持っていけよ」

「いやだ。なけなしのプライドが啼くんだよ。払えってさぁ!」

「あっそう……」


 ウニちらしで儲けた金は、これに投資するためにあるのだ。そう思えば、おもえば……。


 無事、増額分の支払いを済ませて、まず着方を教わった。

 デザイン自体に大した違いはないのに、前の簡易装備よりも細部が立体的というか本格的過ぎて、着慣れるのにも時間がかかりそう。


 どうにか全部装着すると、がちがちに縛られたようだ。なのに、意外にも重さが苦ではない。前も体にフィットする感覚はあったが、初めは重苦しかったというのに。

 腕を撫でてみる。グローブも新しいもので分厚く手首まで完全に覆っており、あまり感触はないが動きはスムーズだ。


「ほう、これが芋革製の威力か」

「イモタルだって」


 クロガネ強化パーフェクト芋皮アーマー。

 ……高級感あふれる見た目とは裏腹に、ランクアップ感台無しの響き。

 しかし紛うことなき一般冒険者レベルの装備。底上げされたのは間違いない。

 残念ながら使用者のランクは見合ってないが、防具なんだから中身と反比例して性能が高いほど防御力も高いと言えなくはない。とりあえず歩けるし。

 おや?

 それどころか、増した重みに反して随分と動きやすいぞ。

 間接周りの作りが安物と違い凝ってるせいか?


「これ、手入れが大変とかない?」

「タロウはいつも洗ってるんだろ。なら問題ない」

「普通はどうするんだ」

「誰でもできるのは、汗を拭って干すくらいのもんだ。たまに持ってきてくれればいいよ」


 あれこれ気を回してられないから、了解と頷いた。




 早速、着たまま南の森に来た。

 元装備は、ストンリに調整すると言って巻き上げられた。またなんか変な改造しないだろうな。

 新たな装備に気分が高揚するどころか緊張感が上回る。せめて馬子にも衣裳という言葉が似合いますように。


 深呼吸して、雑念を払う。

 まずは体を慣らさないとな。

 ケムシ山が頭に浮かび草原に向かった。


 皆が巡回していた場所が全て八脚ケダマが現れるようではなくとも、あの強化六脚ケダマのようになっているなら。

 どこかは放置するしかない。

 ケムシは融合前だったのか、新種が生まれるほどの魔素濃度が足りないのか。その疑問にスケイルは予想を答えた。


《濃度の問題だろうな》


 俺の推測よりは信頼できる。

 それに、邪竜が作ったものだけが残ったと、シャリテイルからも聞いた。ビチャーチャが例外で。

 あの沼地は意図せず魔素濃度が高まり得る場所だったんだろう。現に泥を削ってみれば、中身は何かの生物を模してはいない、マグの塊だったんだ。

 意図的に魔素濃度が高まり魔物に新たな動きがあったなら……邪竜の力だけが段階的に開放されているのではなく、すでに意識が介入しているということになる。未だ山から出る前で、結界に抗いつつであるというのにだ。


 草原には、昨日ほど巨大ではないがケムシ山が鎮座していた。それも二つ。

 一度頭に手をやる。

 鉢金もどきを無理やりほっかむりしていたのと違い、まともな兜はしっかりと頭から首まで覆い、ちょっとした衝撃程度でズレそうな気はしない。

 身を低くして片腕はスケイルの首に回し、殻の剣を携える。ナイフではなく殻の剣を手にしたのは脆いから。今ならスケイルに当たっても剣の方が割れる。もちろん俺は無理。


「スケイル、このまま頼む」

「クアックァー!」


 騎乗したまま突撃だ。無論スケイルの最速ではなく、ばたばた走りで。

 しかしこれまでよりも随分と速い。岩腕族の走りくらいはあるだろう。

 その勢いをもって、ケムシ山を穿つ!


「ぷゲョ!」

「あでっ! だっ!」


 格好よく突き抜けるなんてのは妄想だった。

 ぼよんぼよんとした重みに押し流されるかと思ったぜ。スケイルの速さが足りなければ、そうなってただろう。しかし山から抜け出したところで勢いは止まってしまった。


「ゲボョ」

「あー!」


 一斉にケムシダマから粘液が吐き出された。

 とにかく一応は粘液対策加工もされているものだ。それでも、どろっと覆うようにかかれば融解が間に合わない!


 スケイルは舌を高速回転させて弾いていく。そのまま飛んでくれ。

 もちろん俺まではカバーできず、ボヨボヨと鳴く声と共に頭から苺シロップ漬けとなった。


「グホッ、ここまでか……あ、喋れてるな」


 お、おお、あの粘液が、防具に触れるとするりと落ちていくではないか!

 高級品しゅごい。

 とはいえ多勢に無勢。

 やっぱカイエンほどでなくとも、力がないと振り切る前にまとわりつかれて面倒だ。やはり俺にはチキン戦法しかないらしい。


「逃げるぞスケイル!」

《一時退避だな!》


 ある程度距離をとって反転。

 半分に割ったケムシ山だ。端から削って崩壊。スケイルを走らせ踏みつぶし、跳んでく奴は剣で切り伏せていく。


 いくらケムシダマでも、そこそこの衝撃があっておかしくないのに、しっかりと落とせる。防具の重みと構造が余計なブレを押さえてくれてるのかもしれない。

 慣れるもなにも、性能が段違い過ぎて、こっちが補助されてるみたいだ。


 まるで違う世界にいるようで、夢中でケムシダマを潰して回った。




 レベルが35になり、スケイルの走りにも縋りついていられるようになった。これはスケイルの力が増したことが大きい。

 それに加えて、えらいがっちりとした防具のおかげか、手足の据わりがいい。妙な表現だが、身が引き締まるというか、言葉通りに固定されてるだけなのか知らんが。

 前は望んだとおり、軽く柔らかく動きやすい……最低限の装備だったのだとよく分かる。

 コントローラーも羽に固定してもらってたのが、スケイルに乗ったまま、自分の手でしっかり持てるようになっている。羽から取るのは、バリッとしてマジックテープみたいで面白いから普段は埋めておく。


 新装備もレベルアップ分の感覚も掴んだし、日暮れ前から夜間に備えるために一度戻って荷物を整頓することにした。

 ポンチョは着たままでいけるが、あれこれ括りつけていた腰回りの荷物が少々邪魔臭くなっている。もうスリ鉢なんかはいらないだろう。

 宿に戻ると騒ぐ声が北から届く。砦前広場に人が集まっているのが見えた。


「荷物はそっちへ寄せろ!」

「もっと布はないか!」


 鉱山の荷物を置いてある場所は現在、一部に天幕を設置してあったが、周囲の木箱やらがさらに脇へ寄せられて、すのこが露わになっている。

 新たな天幕が設置されている横には、家の扉やら木の板にシーツが敷いてあり、そこには――人が横たわっていた。


「てめえら、ぼさっとしてんじゃねえ!」


 一際ガラの悪い怒声を飛ばしたのは、ドラグだ。

 薬屋が外に出張る理由なんか、考えたくはない……。

 考えたくはなくとも、視界には現実が映っている。


 あまりに急速な変化だった。

 それにしちゃ、ここまで、よくこうしたこともなく回ってると。

 だから、まだ、真実味が湧かなかったのは俺も同じだ。外の人間がどうのこうの言えやしない。


 戦場が構築されていく。

 魔物が、日々の糧を得るために追う獲物ではなく、人間に匹敵し、勢力は反転していく。

 とっくに、援軍がどうのと言ってられる状況ではなくなっていた。


 初めはゲームみたいに、その場に行けば邪竜がいきなりばばーんと現れるものと考えていたし、それよりは随分と猶予はあったと言えるかもしれない。


 それで、その余裕に甘えていたなら、食いつぶしていたってことだ。

 生き残る可能性を。

 思わず閉じていた目を開く。


「おい、どうだ」

「こんなもんで、騒ぐな」


 寝かされていた奴らは手当てを受け、目を開けて応答していた。起き上がる者もいる。

 いつもなら、ほっとしていた。

 そこに戻ってきた一団の中にギルド長がいた。

 駆け寄ると、薬屋の一人が報告する内容が届く。


「死者はいません。重傷者も」


 それにも、安堵できなかった。

 今のところは――後に続いた言葉が物語っている。


 周囲の声に負けないよう張り上げる。


「ギルド長! 俺にも任せてくれませんか。南一帯だけでなく、山も!」


 まともな防具を手に入れたことで、また調子に乗ってるんだろう。

 そんな勢いでもなんでも、今の俺には必要だった。

 あちこちの確認作業どころか、巡回すらままならなくなるのを、このまま見過ごせない。


「手が足りないから、一帯を任せた」


 ギルド長の冷めた目が逸らされ、これ以上話をさせまいとしているのを捉える。

 空気を読めってんだろ。分かってるよそんなことは!

 緊急時だ。低ランクだとか言ってる場合か。いいから許可しろ!

 叫びたいのを堪える。

 中ランクに上げられないのは分かってる。何かあってスケイルもコントローラーも失ったら、俺自身に力はない。低ランクに立ったかもしれない、その程度だ。結局は誰とも組めないんだから、融通の利く戦力になんぞならない。

 だから、あくまでも特例措置で個人で動くことを認めてもらうしかない。


「武器を見せる許可を。スケイル、出てくれ」


 頷くのを待つことなどしなかった。視線を向けたなら興味が湧いたんだ。警戒の視線だとしても、それでいい。屈んでくれたスケイルに飛び乗り、立ち上がるとコントローラーを、この場にいる全員に突きつけるように掲げる。


「ヴリトラソード!」


 これがトキメの懸念に俺ができる、最善最大の対処だ。


 青い、実体のない刀身。

 こんなものを、他に誰が持つ?

 周囲から、息をのむ寸前で息が詰まったような顔がこちらに集中する。

 ギルド長だけが険しい目を向けた。


「これが、ここまで俺が戦ってこれた理由だ!」


 なんて出まかせを言いやがるこの口は。


「邪魔素を聖魔素に変える、半永久的に使える聖なる小道具なんだよ!」


 そのまま高出力に切り替えると、天に向けて刃が伸びる。


「ふおぉ……!」


 後ずさった冒険者から警戒の声が漏れた。俺からもだ。

 だって使用中に切り替える余裕なんかこれまでなかったし……。


「クアォォ!」


 スケイルが前足を高々と上げて嘶き、ひとっ跳びでギルド長の側に着地する。

 ぎりぎり。

 どうにか手を離さずにいられた。スケイルからもコントローラーからも。


 どうにか、見栄は張れた。


 コントローラーの火力に加えて、スケイルのマグ感知能力は高ランク以上。現時点の移動速度は森葉族に負けないだろう。

 情けないことに、流れる冷や汗は止められない。

 それでも目を逸らしはしない。


「分かったから、納めなさい」


 しばしの沈黙の後に返ってきたのは呆れ声だ。

 俺の迫真の演技は、演技、という部分だけ通じたらしい。

 気合いは本物だったんだぞ……このおっさんの鼻を明かしてやれる日は来るんだろうか。

 ヴリトラソードを消す。こっちも危なかった。


「たっ、タロォ……タロウだよな? 聖者じゃないって嘘だったのか」

「いや小道具がどうのと言ったろ。そんなんで聖魔素が使えるのか?」

「あの聖獣に乗ってんのは、この前見たからタロウに間違いねえ。でもえらいカッコイイな、防具が……」


 おい最後のやつ。

 それより許可は……なんでギルド長、笑いこらえてんだよ。


「うぉ、これだ。これだよクロッタたちが喚いてたろ!」

「あ、伝説の英雄がどうたら!」


 シャソラシュバルだ――――!


 砦前広場は、訳の分からない興奮に包まれていた。

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