157:斥候

 芋妖怪を退治した後、沼の手前まで戻ってきた。

 沼を中心に木々は細く立ち枯れ気味で、そこそこ広めの場所がある。魔物を片付けた直後だし、レベルアップでスケイルの望む能力がどれほど上がったのか、検証するには丁度いい。


 周囲に何の気配もないことを確認してもらうと、一度コントローラーに戻って貰った。俺は念のため木を背にして座り、右手は魔技石に添えて眩暈対策も万端だ。

 スケイルを見下ろした。


「今使える最大限の魔力量で、顕現してくれ」


 少しの期待と、もう騙されねーからという緊張に、鼓動は高まる。


「クオォ!」


 スケイルは嬉しそうに一鳴きして飛び出した。浮かれていた割には、格好良さだとかにマグを無駄に消費をしているようではない。そこは覚えていてくれたようだ。

 しかし特には、これといった違いは感じられない。気分の悪さもそのまま……それは当たり前か、ギリまで使えって言ったんだし。

 ただ、ぐらぐらする視界は、すぐに戻った気がする。


「違いはあるか?」


 鼻の上の鱗に皺が寄る。微妙なのかよ。

 まあ、たった2レベルならそんなもんか。


《やはり、未だ我が走りに耐えうるものではない。精々、歩行時に必要なお弁当の数を減らせるくらいのものだ》

「お、減らせるってどのくらい?」

《一つで三倍ほど移動できるだろう》

「めちゃくちゃいいじゃねぇか!」


 フラフィエにはしばらくもつなんて言ったが、正直なところ魔物が増えすぎて安心できる量ではなかった。この非常時だし、すげえ助かる。


《これでは証明したとは言い切れぬ》

「いやいやよくやったスケイル。これで御弁当が節約できる」

《そんな! 我のお弁当……》

「その分、狩りで回収できるって」

《半端な獲物では物足りぬからな?》

「ああ芋洗いだろうが長芋ミミズクだろうがどんとこいだ」

《おお、なんとも頼もしいが……そのような魔物に聞き覚えはないぞ》

「とにかくスケイルすごい! スケイル偉い!」

《そこまで煽てられては、我も張り切らねばなるまいクァファファ!》


 ばさっと冠羽を広げてスケイルは上機嫌だ。煽ててる間に怠さも治まってきたし、そろそろ討伐に戻れるかな。

 スケイルの緩んだ顔から、だらんと垂れた舌が突如硬化し、立とうとした俺の脇の地面をぐっさりと刺した。笑顔で何してくれる。


「ぷモ、モグルゥ……」


 盛り上がった土の地面に、回転葉の残骸。

 モグーだったのか。久しぶりに見たな。


《さて、獲物を求めて共に彷徨おうぞ》

「モグーも数に入れてやれよ」

《おやつの足しにもならぬ》


 立ち上がってスケイルの背を叩いてみたが、やっぱりそんなことで変化は分からない。

 また魔技石を割る間隔を掴みなおすため、跨って森の中を移動しはじめた。


 スケイルが魔技石の割り時を知らせてくれる間、跳んでくる四脚ケダマをキャッチしては握り潰す。お、スケイルの頭に固定すれば、足場として狙われても避けやすく、反撃もしやすくなりそうだ。ふっさふさの騎兵、これぞフサリアなんつって。


《そのようなもので我が気高い冠を穢させはせぬ!》

「ケキァッ!」


 ケダマの頭に舌が刺さり、投げ捨てられてしまった。


 これでも真面目に検証してるんだ。石を割ってから、おおまかに何歩くらい移動したかとか。

 どうも思った以上に暇ができる。


「さっきのモグー。あいつは群れでいるのを見たことないな」

《赤きものどもの薄汚い斥候だからな》


 聞き間違いか?

 あんな間抜けた奴に、そんなご大層な役割があったとは驚きだ。俺に言われたくないだろうけど。


「だから、ふらふらと移動してんのか」

《発見した獲物の暗殺に失敗すると、他の魔物に知らせる役割もあったはずだ》

「はぁ、暗殺ね……」


 あの回転葉を俺が舐めてかかってはいけないとはいえ、気が抜ける奴だ。

 一度はあの葉っぱに救われたから、丈夫さは身をもって知ってるけど。ケルベルスに曲げられた回転葉は、強度も戻らないとかでストンリに捨てられてしまったし、また見つけたら拾っておこうかな?


「素材といえば、イモタルは地下から出て来たばっかで、なんで皮なんか纏ってたんたろうな」

《沼地のように、地下へ堆積したものがあるのではないか?》


 さすがに枯れ木だとかは魔素も残ってないだろうし、スケイルの鼻でも確認は難しいか。

 背負ったイモタルの腹巻に手を伸ばす。手触りは木の皮というには、なめした皮のような弾力も感じるが。


「洞窟内に生えてるのは苔草くらいだろ……まさか、いやでも、木の皮だよな」

《あれらは邪魔素によって物を変化させる術があるのだから、見た目通りではあるまいよ》

「ほんとに苔草かもしれないのか」


 他には絡み草なんかもあったな。素材元には困らないようだ。

 自然の残された時代の割りに、魔物に捕食され続けたせいで動物や虫さえ少なく感じる場所だが、しぶとく残ってる生物もいる。やっぱ植物はつえーな。


「ちょっと短いが間隔は掴めたし急いで戻ろうって、いきなり速度を上げるな!」

《我も鈍足の限界を超えねば気が済まぬ!》


 やや低い姿勢を保ったまま、スケイルはいつものように歩くが、そのまま単純に足の動きを早めることで速度を上げるつもりらしい。

 必死の形相でばたばたと動く様は情けな……可哀想になってくるからやめて。


「あれ? ずり落ちないな」

《言ったであろう、主を支える力も増したのだ!》


 落ちないというだけで、初動で後ろに倒れたまま起き上がれず空を見てるけどな!

 まあいいか、このままで。


 空だけ見ていれば、なにも起きてないように静かだが、ジェッテブルク山が活動を始めてから虹がかった色は強くなっている。

 世界の魔素が反応を示しているなら、邪竜が暴れることで困るのは、生物だけというわけでもないんだろうか。


 そんな、人間の存亡どころか、世界を脅かす存在なんて想像がつかない。

 ましてや、倒せるかどうかなんて。




 イモタルの異常出没地点の報告に、ギルドか砦前広場天幕か迷ったが、ギルドにした。スケイルによると今のところ結界の崩れによる大きな変化はないし、土山の件も既に巡回後のようだったから、真新しい情報でもないだろうしな。

 トキメはイモタルの結果を見て青褪めたが、もう何も言わなかった。


 すぐに街道に戻り、スケイルに跨りなおす。

 もっと分裂元を潰さなければきりがない。


「完璧に、新たなお弁当間隔に慣れるまで戦うぞ」

《なんとも気合いが入る!》


 そうして道中の敵を、スケイルが蹴散らしながら南へ進んだ。


《この先に群れだ。イモタルには落ちるが、今の主には申し分なかろう》


 イモタル以下の群れ? 

 薄暗い木々の狭間にある影が、やけにゆっくりと蠢いている。

 南側なら自由にという許可を拡大解釈して、のこのこ山の麓まで入り込んだはいいものの、すっかり俺は忘れていた。

 ここには天敵がいることを……。


 スケイルが足を止めた先に、巨大な影が降った。低い声が鳴く。


「ケキュウ?」


 六脚ケダマだよ!


 ぎゃぎゃぎゃあー! ひいいぃー!

 などと心では叫んでいようとも、ポーカーフェイスを貫き敵を見据える。

 戦いは心理戦。


《伝わるぞ主の武者震いが!》

「そそそうだろう」


 あんな奴らに心理だとかは関係なかったな。落ち着け大丈夫。あれから必ず必殺兵器を持ち歩いているではないか。


「有無を言わさずケダマキラー!」


 無造作に掴んだ緑の粉を振りまく。その時、風が吹き上げた。


「ゲキャキュゥーッ!」

「はびゃあ!」


 巨大ケダマの叫びが、なぜか目の前からだけでなく辺りからも一斉に上がった。

 誰かの腰砕けな叫びも混ざってるが気にしない。


《なんという技だ、群れごと地に堕ち苦しんでおるわ! これは我も負けてられぬクァクァクァ!》

「待った、まだ近付くなあぁぁ!」


 スケイルは喜々として群れの中心に突っこむ。地面に転がり、縮めた足を痙攣させているケダマどもを踏みつぶしていった。


「ぅおっぷ……ちょっとやすもう」

《来がけの気合いは何処へ消えたのだ》


 またレベルが上がったのに、寒気が止まらん。病気には治癒効果も働かないらしい。精神的なものだからね知ってた。


「しかし、まだ俺にはやらねばならんことがある」

《我が背で倒れたままでも構わぬが、まだ上を目指してよいのだな?》

「どっこいしょ。頂上の手前くらいで止めておく。てっぺんはペリカノンの巣らしいからな。それに今は、こっち側にもケルベルスが出る可能性は高い」

《あの場に届く前に、主は魔物の一部となるであろうな。無論、そのような場所に主を近付けはせぬ》


 再びスケイルが木々を掻き分けて進み、たまに俺は邪魔な枝を折ったりしながら、山を這い上っていく。

 スケイルのマグ感知頼りではあるが、自分の目で見て、肌で感じて回りたかった。

 昨日までと違うだろう新しい地面の歪みも幾つかあった。思ったほどの数ではないが、この変化は表に出ているものだけなんだよな。


《この辺りが丁度良かろう》


 斜面も緩やかになった場所に、はっきりとした人通りの筋道があった。湖脇に通した道のように湿気た感じはない。

 ここらまで来れば巡回中の奴らの気配もあるようだ。なるべく気にせずに来たが、洞窟の入り口でもあるのか、ふいに近くにあった大岩の影から人が現れた。目が合ってしまい、互いに固まる。なんとなく手を振ってみた。


「ちょっと働きすぎたか? タロウの幻が見えるんだが……」

「タロウだぁ? 本物じゃねえか! こんなところでなにしてやがる!」

「まま待ってろ動くなよ、すすすぐそっち行くから!」


 さすがに誰も暢気な挨拶は返してこなかったか。怒鳴りつけた奴も含めて、真っ青になっている。心配してくれてるんだ。やっぱり、噂では好き勝手話してようが、信じてるわけじゃなかったんだな。安心したよ。

 誰も、人族が皆と同じように戦えるなんて思ってない。


 だったら、逆に印象付けりゃいいんだ。

 俺だけができるんだってことを。


「上には行かないから」

「当たり前だ! そもそもどうやってここまで」

「クルアアァ!」


 掴みかからんばかりの炎天族の前に、スケイルが鼻高々で声を上げた。


《主の微力があれば、山登りなど我の力でわけもない!》


 翻訳はすまい。


「もう噂は届いてるんだろ」


 言いあぐねて口を開けたまま固まった炎天族は、こくこくと頷く。

 おろおろしてる森葉族の人は、おっさんに初めて見せたときを思い出すな。放っておこう。

 リーダーらしき岩腕族は、渋い顔でスケイルを見ている。


「いや、確かに噂は聞いた。だが、聖獣が契約主の力を超えるなんて話は、聞いたことがない」


 そうだよな、皆は小さな聖獣でも苦労してたのを考えたら異常だろう。


「それが、こいつの能力なんだ。それでも俺はギリギリだったらしい」

「ま、そういうことも、あるか……すまん、こんなところで引き留めるなんて」

「いや、こっちはまだ低ランクだし驚くよな。帰るよ。あ、ギルド長には許可もらってるから」


 スケイルの首に縋りつくと、耳元に走れと呟く。意図を確かめるように、まん丸の目が振り向いたが、すぐにアホ毛を揺らして森を駆けおりた。背後から感嘆の声が上がるのは辛うじて届いたが、後は涙目で必死に歯を食いしばるしかなかった。


「おぼえぇ……」

《クァ……さすがに我もこれ以上は走れん》


 石を割れないんだから走れたのは短い時間だが、あいつらから見えない場所まで来れただろう。というか、よりによって六脚ケダマ道じゃねえか。逃げよ。


「無茶はこのくらいにして、いつもの討伐に励もうか」

「クルァ」


 祠側の森でも、少し南側まで出向いて日が暮れるまで討伐を続けた。




 宿に戻って洗濯物を干していると、箪笥に立てかけておいた芋皮が目に入る。

 ちょっと部屋に置いておくにも邪魔だ。


 夜の部開始前にベドロク装備店に向かった。案の定、ストンリも忙しそうだ。

 忙しそうだがこちらを見て、なんだお前かといった視線をよこしたあと、眠そうな目を開いて振り返る。手を止めて作業場から出て来た。

 視線は思いきり訝しんでいる。


「それ、どうした」


 言いながらも手はすでに催促している。ストンリに渡すと、傍らの小さな作業台に広げた。

 ギルドには報告してるし、話しても構わないだろう。


「はぐれ魔物が出たんだ。南の森に」

「南に? 山並み周辺に穴が増えたとは聞いたが、南までとは深刻だな」


 そう言って僅かに眉間に皺を寄せたが、意識は皮から離れないらしい。さっと検分したストンリは、すぐに提案を始める。


「ここまで良い状態は久々に見る。買い取らせてくれ。それより注文分から」

「値引きしなくていいからな?」

「あれだけ情けない顔して前金払ってたのに?」

「それはまだ大金に慣れてないだけでだな……とにかく今はなにかと必要だろ」


 預かりの装備を詰めた箱が店内に増えている。修繕も注文も増えて大変だろう。是非とも最前線で活躍中の皆さんのために使ってくれ。


 ちょうど近所の職人が現れて話を切ってくれた。といっても挨拶くらいで、紙切れと交換にストンリが渡した箱を抱えて出て行く。

 俺も職人の後に続いて出口の前に立った。


「タロウ、買取」

「貰ってくれ。クロガネ代金だって俺は納得してないんだ。言い合ってる暇はないだろ。俺もだ」

「ハァ……分かった」


 出て行きかけて、振り返った。

 フラフィエであれなら、ストンリが大人しく避難なんてしないだろう。


「惜しくなったか?」


 フラフィエに言い負けたからと、ストンリから目を背ける気にはなれない。

 かといって、たんに避難しないのかとも聞くことはできなかった。


「俺は、周りの大人が、子供を守ってやらなきゃならないと思ってる。その子供より劣ってたとしても」


 思いっきり怪訝な顔された。いきなりなんだよって思うよな。遠回し過ぎた。


「クソ親父みたいなこと言うな」


 げんなりした顔は、そっちの理由か。

 ストンリから投げやり気味に答えが返る。


「好き勝手やれるのが大人なんだろ。結果がどうなろうと」

「そうだな……好きにやる」

「大人は、って話じゃなかったか」

「あ? 大人なんだが?」

「いつもみみっちいことを気にするのが?」


 以下、言い合いは続いたが、ほんの少しだ。危うく無駄に時間を食うところを、俺の大人の自制心で事なきを得たぜ。




 邪魔な芋皮を始末して、夜のケダマ戦に励む。両手で握った殻の剣を、思い切り水平に振り切った。ケダマの山が飛び散り、残って転がるものはスケイルが串刺しにしていく。


「そんなものかキングケダマよ、昼間に力を削がれたのが響いているのか?」

《このようなものに力も何もなかろう》


 などと言ってみたが、あれだけ片付けて回ったというのに、やはり減った感じはない。一匹を逃すだけでしれっと増えているとシャリテイルも言うくらいだ。普段からそうなんだから、俺達が倒した程度ではなんにも影響を与えないのも仕方がないのか?

 ストンリやフラフィエとの会話が頭を過る。


「こうしてバカみたいなこと言って過ごせる日は、どれだけ残ってるんだろうな」

《やれやれ何を気にすることがある。常に主らしくあれば良いではないか》


 人間とは、そうもいかない生き物なんだよ。

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