121:野良パーティーはカニ皿で

「お師匠ー、あとは、そこから来る数匹をお片付けしちゃえば済みそうですよ」

「フンッ」


 フラフィエの指摘が終わる前に姿を現したヒソカニへと、すでに待ち受けていたストンリがハンマーを振り下ろしている。

 首羽族も森葉族ほどではないが、魔物感知は得意なようだ。ギリギリなのが難点だが。まあフラフィエは職人なんだから、それを期待するのはお門違いだな。


「あわひゃ! ゆ、弓!」


 慌てたフラフィエも矢を落っことしながら、ストンリのもぐら叩きならぬカニ叩きゲームに参加する。

 なんで真っ先に感知する奴が一番慌ててんだよ。


 あのぉ数匹……というか十匹はいそうなんだが。

 フッ、二人の戦いぶりを見れば、俺が出るまでもなかろう。

 では警戒をするふりでもしておこうと、背後を振り返る。


 カササササ――ヒソカニが滑るように地面を移動し俺に迫っていた。


 わ、分かってた!


「おらっ、来い!」


 相手は一匹だが、二人もさすがに挟み撃ちは厳しいだろう。行く手を阻むべく、両手を掲げて待ち構える。

 カニがぶつかる寸前、側の木に跳び付いた。


「ぎゃっ!」


 ごいんと重い音が木を伝い、ゴリッと木の皮を剥ぐような嫌な音も耳に届く。

 怯んでる場合じゃない。すぐに手を離しカニの背に着地だ。


 喰らえ、タロウデスストンピング!


 渾身の重力任せ攻撃にカニの体が地面に沈んだのは一瞬だった。

 あえなく俺のデス攻撃は無効化された。


「ふあああぁ!」


 抑え込めると思ったのに! 俺だって筋肉ついたし軽くはない筈だろおぉ!

 視界がぐらりと揺れる。

 ヒソカニのやろう、カニ走りし始めやがった!


「な、なんのぉ!」


 腰を落として斜めに立ち両腕を開いてバランスをとる。満員電車で吊り革が掴めなくともカーブに耐える現代人の足腰を舐めるなよ!

 ちなみに俺は都会住まいではないため、そんな経験は少ない。


「どうだっ、カニサーフィン!」


 なんの解決にもなってねえ!


「あのぅ、お師匠ー、どちらへー?」

「ハァ……」


 行き先は波に聞け。ぎゃー! 森の中に進むんじゃない!

 っていうか、潜む習性があるんだったよな!


「ぱべっ」


 垂れ下がっていた枝葉に顔を鞭打たれる。

 止まれ、止まるんださもないと……カニと言えば、やっぱ足からだよな。

 関節は他より弱いはず!


「あうわばばばっ!」


 しゃがんで手を延ばそうとしてバランスを崩し、うまく脚の一本を掴んだはいいが引きずられる。

 ハサミは後ろには向かないようで助かった。


「負けるか、止まれや!」


 一部に加重されたせいで動き辛くはあるらしい。速度も落ちている今の内!

 カニ足に縋りつき、俺も足を地面に留めようと踏ん張る。関節を逆に曲げるように腕を回して、なんとか体を引き上げ上半身全体で力をかけるように圧し掛かるとミシミシと手応えを感じた。


「もげろぉ!」


 バキン――よし!

 砕ける手応えと共に、当たり前ながら俺は振り落とされてしまった。足の断面から赤い煙が流れてくる。もがくように震えるカニは、こちらを向くが動きはまどろっこしい。この調子で残りもいただく!

 折った方からハサミ攻撃を避けて回りこみ、足を二本、三本と砕いていった。


「最後のお楽しみは、カニみそだぜ!」


 ついに歩けなくなったカニのハサミを背後から両方とも掴む。もう俺の手を振り払う力も残ってない。そのまま素材の殻と本体の繋ぎ目のような部分をガンガン蹴り続ける。

 バカンッと音がして外れると、ようやく本体は赤く消えていった。


「ゼェゼェ……か、完食」


 残された、巨大なハサミのくっついた鍋の蓋のような殻を持ち上げる。

 まさか、自力で採取できるとは思わなかった。


 素材か。素材だよ。ヒソカニの素材。殻には違いないが、紛うことなき中ランク素材!


「す、ストンリ! ほらこれ、獲ったぞー!」


 嬉しさのあまり両手で抱え上げて振り返ったら、すぐ側に二人はいた。


「おめでとう、でいいのか?」

「えぇと……随分と独創的な、戦い方されるんですねぇ」


 ストンリはそっけなくも褒めようとしてくれたらしい。

 フラフィエは言葉に窮していた。

 いいんだ、初めて自力で真っ当に確保した中ランク素材だから。嬉しいし。


「人によって動きかたは様々で……そう、新たな防具を作る際の参考にはなった」

「とってつけたように言ったよな」


 目を逸らすなよ!

 そういう二人は、紐で縛って束ねた幾つものヒソカニ殻を、すでに肩からぶらさげていた。


「俺が死の踊り食いをしているときに、お前らってやつは……」

「そのっ、師匠が気を引いてくれたおかげで、うまいこと拾えたんですよ!」

「他から来てるのは気にかけてなかったし、助かった」


 お気遣いありがとう。節々は痛むが俺は満足だ。

 周囲を見渡して静かになったのを確認し、胸をなでおろしたところに叫びが。


「おぉぅい、タールォー!」


 なんだ巡回中の奴がいたのか。今は小まめに回ってるのかもな。これでもう俺の活躍を披露することはあるまい。ちょっとホッとした。


「二人とも、素材は足りるか」

「はい、私はこれで十分です」

「俺も」


 良かった。カニ皿地獄と、おさらばしよう。


「タルォーい!」


 気合いの入った声が近付いてくる。


「きっと戦闘中の掛け声だな。では皆さん、彼らに場所を譲ろうではないか」

「呼ばれてるの分かって言ってるだろ」

「お師匠、こちらに来てますよ」

「くっ……」


 仕方なく振り返ってみれば森沿いを、岩腕族の男を先頭に森葉族二人がついてやってくる。この構成は、腹黒いヤミドゥリとトワィラ兄弟。


「おう、タロウ。それにストンリとフラフィエか。森に入るのかと見に来たんだが、素材集めの護衛だったんだな」

「いえ素材集めです」


 こんな場所で俺に護衛なんぞできるか。


「またまた謙遜すんなよこの野郎! さっきのヒソカニとのあれ、驚いたぜ!」

「まさか取りつくとはなぁ。斬新な戦い方じゃねえか!」


 嬉しそうに喚くなウザ兄弟。つうか見えてたのかよ。ヤミドゥリが補足した。


「さっき、そっちの森の中にいたんだ。こいつらがタロウが森に入り込んでると言うんでな。何をしているのかと思って見ていたんだが、あれは不可抗力だな」


 紛らわしい現れ方しやがって、ばっちり見てるじゃないか!

 ヤミドゥリが指さした辺りを見ると、初めに俺が居た場所から結構離れていた。

 こんなにヒソカニと移動してしまってたのか……。

 そうだそうだヒソカニが悪い。


「カニ素材は取れたし、花畑に向かうところでして」

「うん、ならいい」

「では俺はこれで……」


 ヤミドゥリは笑顔を浮かべたが、こそこそと背を向けた俺に言った。


「みるみる実力を上げてるそうだな。それでも、まだ低ランクだ。こっちの森に一人で入るなよ」

「も、もちろんですとも」


 しっかりと釘を刺された。


「ははは、人の成長を垣間見るのは楽しいもんだ。気を付けろよ!」


 手を振って別れたがヤミドゥリはその場を動かず、俺たちが花畑へ向かうのを見届けた後に森の中へと戻っていった。

 ホッ、危なかった。やはり怒られるところだったか。


 でも、また助けられた気がする。

 思ったより移動してたが、その間に他のヒソカニが現れなかったのは、俺が無様に戦う周囲を片付けてくれたのかもしれない。必死になると周りが見えなくなるからな。

 やっぱり少しくらい動けるようになったからと、間違っても他の種族と同じような気になって行動してはだめだな。




 ぶらぶらと草原を横切りながら、ストンリに質問を投げかけた。


「それにしてもさ、なんで素材持ちのヒソカニが、こうも毎日大量に現れるんだろうな? 殻作りなんて時間がかかりそうなもんだ」


 ツタンカメンなんかは甲羅用素材が足りないためか少ないというのに、不思議だった。

 カラセオイハエは動きも鈍く、他の冒険者にとっては羽を閉じる前に突くのは容易いためか、殻はそのまま残ってることが多い。だから使い回されてるだろう。だがヒソカニは、カワセミなどと出てくることも多いからか、結果的に割れてる方が多そうだ。

 さっそく蘊蓄を語ってくれるストンリの声に耳を傾けた。


「その割れたやつを集めて固めてる。誰も片づけるわけじゃないし」

「一応は再利用してるんだな。数に対して量が足りないように思えるけど」

「あれ、崖の辺りを齧って作ってる」


 ストンリが山並みの方を指した。


「げっ、それってマズイんじゃないの。どんどん山が削れたら……ん? 戦い易くなっていいのか?」

「……因みにカワセミだが」


 ストンリは俺の困惑をものともせずカワセミの講義に移った。

 カワセミのソフトな皮の羽も、樹皮や虫の殻などを練り固めたものらしい。マジかよ、虫もかよ……。

 来ている防具が気持ち悪く感じるから深く考えるのはやめよう。


 本来は小動物を取り込んでいたが、生息数が減って動物成分は少なくなったようだ。人間を襲うくらいだし動物も襲うよな……。

 街の近くで見られる野生動物といえば、イタチとかリスくらいしか浮かばないが、こっちの森の中で見た覚えはない。せいぜい、鳥が数種類いるくらいか。思えば、その鳥も街の中で暮らしてるな。


 以前、虫類は森の中に見かけるから襲われないものと考えたが、虫の数を考えてなかった。種類にもよりそうだが、羽虫類も大発生したのを見たことは……一度あったな。金たわし草に潜んでた奴。

 もしかして、あいつら、この周辺で他に暮らせる場所がなかったんじゃないか?

 一寸の虫にも五分の魂なんて言葉が浮かぶ。

 人の生き易い環境づくりのために、別の奴らの居場所を奪ってるのか……そういうもんだよな。滅入ってる場合ではない。


「皮と言えば、中ランク素材も仕入れる算段をつけた方がいいのか?」

「そっちは普段から仕入れてる。確かにこの時期は減るが」


 中ランクの皮素材は最も使うものだから在庫は確保しているらしいが、この状況だと修繕にもかなり消費しそうだと話している。


「確か、イモタルがドロップするんだったな」

「あいつは、一人では無理だから」

「あ、そうなんだ」

「さすがに、まだ見たことはないか」


 低ランクの俺に、そんなもん見る機会があると……最近は見てもおかしくない状況だったな。


「洞窟の中の高レベル帯といえば、ナガミミズクを見たくらいだな」

「へえ、惜しかったな」


 命のことかな?


「そっちの素材は気にしなくていい。常設依頼を出してある。この時期は持ち込みも増えるから、最終的にはとんとんで済むよ」


 なるほど常設依頼か。ボードに何枚もまとめて貼られていた依頼の一つだろう。

 ああ強敵を討伐して、お宝を調達する依頼とか、すごく冒険者っぽい。だが俺が冒険といえる活動ができるのは、せいぜい目の前の場所くらいだ。

 花畑に差し掛かり、ある一点を見据える。

 俺は、ある気配を察知していた、ような気分に酔いしれる。


「おっと、スリバッチが来るぞ」

「えぇっ、お師匠って感知できるんですか!?」

「コツがあるのだよ」


 あいつの行動範囲は綿密に調査済みだ。自分で囮を張ってな。まだ姿は小さいが、言ったそばから手前の五匹が身じろぎする。

 飛ぶ挙動を認め、ストンリは無言でハンマーを掴みなおした。


 待った。なんで、手前だけで五匹もいるんだよ。しかも縄張りにも同じだけ残ってるじゃねえか。


「この時期にしては、少ないですねぇ」


 え、そうなんだ。

 フラフィエはさらっと言ったが、スリバッチの群れを想像してぞわっとした。虫にたかられて死ぬとか、とんだ拷問だ。えぐすぎる。


 フラフィエの矢で二匹死んだが、その時点でかなり近づいていた。残りの三匹にストンリが真っ直ぐ踏み込み、ハンマーをサイドから振り抜く。

 すべて巻き込まれて死ぬかと思ったが、ギリギリで一匹がすり抜けた。


 しかしストンリに気を取られていた一匹だ。すぐ後を追っていた俺に羽を掴まれ、あっけなく膝で胴を叩き折られて終了。

 秘密兵器のすり鉢を使うまでもなかったな。


「外したか。悪い」

「いいってことよ」


 なあに人の陰からおこぼれを頂戴したまでだ。すっげダサい。




 そんなこんなで夕日が迫る中、俺たちは青っ花採集を終えようとしていた。

 もっと早く戻れると思ったが、出たのが午後も遅めだったし、こんなもんかな。

 俺がヒソカニに手こずった時間は、そんなに経ってないと思いたい。


 ストンリは二皿で「飽きた」と言って、スリバッチやコチョウを倒している。マグそのものも材料として必要だからと言っていたが、面倒な方が先だろう。

 それにしても、仕事とはいえ金や材料が一緒くたなんて管理が面倒くさそうだ。

 物々交換が、少し進んだだけと考えればそうでもないのかな。同じ単語でも場面によって自然と使い分けるのは、日本語でもそうだから理解できるけど。


 二人はマグタグを持ってないのに集めたマグをどうしているのかと思ったが、似たものは持っているようだ。ストンリとフラフィエは、手のひらサイズの丸く平べったいマグ水晶を見せてくれた。


「冒険者用は、少し良いやつなんですよ」


 フラフィエによれば、マグタグは小さめで内蔵可能限度も大き目と、品質が上とのことだ。冒険者のみに配布されるものらしい。だから、みんな自然とタグを見て判断するんだろう。決して俺が人族の癖にタグをぶら下げてるから思わず二度見してしまう、なんて理由ではないはずだ。

 なるほど、大量の魔物を相手にしないなら一般の住民には必要ないもんな。


「そうでした師匠、採取皿を交換しましょう。そろそろ固める効果が切れるはずです」

「お、忘れてた。助かる」


 フラフィエは慣れてるから、俺より早く十皿を確保すると立ち上がって伸びをした。やや遅れをとったが、俺も負けずに十皿目を採集中だ。


 フラフィエに助けてもらうことを当然のように期待していたのが、今はどうにかとはいえ自分で対処できると思うと、気負いなく過ごせる。

 そんな前のことじゃないから、一緒に採取できるようになれたなんて不思議な気分だ。


 俺を待つ間、フラフィエは嬉しそうに採取した木皿をしまうと、こんな場所だというのに座り込んで欠伸をしつつ採取道具を拭っている。ストンリを見れば、遠くにいるコチョウへ眠そうな視線を向けながら、ハンマーを杖代わりにして休んでいた。


 つい苦笑した。

 ストンリの親父さんの言ったことを思い出したんだ。

 パーティーなどと嘯いても、子供が背伸びしてちょっと冒険に出たといった自由な空気だった。

 お前にはちょうどいいってのは、俺にとってもそうだったんだろう。




「ほい、終わり」

「師匠ー、助かりました! はい、依頼書です。この分はしっかりお支払いしますから」

「ありがたく受け取るよ」


 今回採集した青っ花は、その場でフラフィエに渡した。まだまだ大量に魔技石を作成するのに必要だったそうだ。

 また店内の箱にも話は及んでしまったが、必死な説明によれば持ち出していた箱は、まだ半分は空っぽらしい。引き渡し時に慌てないように、前もって置場を準備しておこうと思ったのだとか。極端なやつだ。

 道具をしまって俺たちが立ち上がると、ストンリも戻ってきた。


「今日は楽しかったですね! あ、楽しいってのも変ですけど」

「いや俺も、むっちゃ楽しかった」

「ただの殻拾いでか」

「お、そんな呆れた顔したって、ストンリだってノリノリでハンマーを振り回してたろ」

「それは力を乗せるためで……なに変な笑いかたしてるんだよ」

「わ、分かった分かったから、そいつを振り上げるなって!」


 多分、二人には分からないよな。

 こうして誰かと、気負いなくぶらぶらと出かけられるのが、俺にとってはものすごい進歩だってこと。

 赤く染まっていく夕日を仰ぐと、俺もフラフィエに倣って、危険なはずの花畑のど真ん中で思いっきり伸びをしてみた。


「よし、任務完了。帰るか!」


 狭かった世界が、少しだけ広がった気がした。

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