114:ケルベルス
貼り草どもの根も、あらかた片づけ終わってしまい塹壕から這い出る。
「みんな遅いな」
土を払いながらの俺の言葉は、カイエンが岩から弾かれたように飛び下りて剣を構えたことで掻き消えた。これまでとは違い、両手でしっかりと柄を握り、虚空を睨んでいる。これまで、まったく見せなかった空気だ。
カイエンが、本気を垣間見せる状況?
空気を震わすような緊張に肌がひりつく。
遅れて、何が起こったのか気が付いた。いつの間に現れたのか、木々の狭間にはカイエンよりも大きな獣が佇んでいる。
あの巨体だというのに、風が葉を揺らすような、そんな前触れさえもなかった。
不気味さに、ただ立ち尽くす。
「なん、だ……あれ」
「走れるか」
カイエンの声は、やけに静かだった。
剣を構えて腰を落とし、今にも飛び出しそうな緊張をはらんでいながらも、異様に思えるほど落ち着いた声だ。俺を脅かさないように、気を遣ってくれてる?
そんなに、まずい相手なのかよ。
走るといったって、どこに。拠点か? 幸い遠くはないし道はまっすぐだ。ケダマも倒しながらきたし、拠点側ならほぼ居ないだろう。居たとしても近付くまでの動きは遅い。俺でも脇を走り抜けることはできる。
でも、逃げ切れるのか?
ケダマではなく、目の前のこいつから――。
全体的に黒い毛並みに覆われたそいつは、まるでライオンのようにしなやかな体つきだ。息づくように隆起する四肢は見るからに強靭で、カイエンの背さえ飛び越えて瞬時に俺の喉笛を掻き切れそうに思える。
ゆらりと木に絡みつく長い尾の先が割れ、ちろちろと糸が出入りする。
蛇だ。
威嚇するように、ゆっくりと膨らんだ首回りは、たてがみではなく歪な膜。
頭部はグレイハウンドのようにシャープな犬の顔だが、その両側面にも半分埋まるようにして犬の顔がついていた。
奇妙なキメラだが、見たときから背筋の震えは止まらなかった。
恐怖に竦んでも立っていなければと、シャリテイルといて学んだ。
敵から目を背けるなと、カイエンにも教えられた。
でも、逃げ切れないと悟ってしまったときは、どうすればいい?
気が付けば、カイエンの背が近付いたようだった。獣も体の角度が違う。いつの間に動いたのかも分からない。すぐにカイエンが、もう一歩下がった。上半身は固定したまま、すり足で下がるように動くと、獣も滑るように一歩前進する。
あまりに自然で、コマ送りしたようだった。
瞬きすれば、次のシーンだ。もう一歩下がったカイエンは、言葉を変えた。
「タロウ、もう走るのはナシだ。動くな」
今度は強い声だ。わずかな間に刻々と場の緊張感は増していく。俺が、逃げる機を逸したんだ。
ほんとバカだろ。
だけど、言われなくとも体は動かない。
それともカイエンは、俺が動けないことに気が付いたんだろうか。
怖いだとかそんな気持ちを超えて、俺が何をどうしようが、どう動こうが、どうにもならないと頭が判断して何の指示も下さない。
だからって、ただ諦めるつもりかよ。
何かないかと頭では馬鹿みたいに繰り返し続けている。
「……あれは、なんなんだよ」
別に正体を知りたいわけではない。記憶に引っかかる画像が、それが答えだと示している。
「ケルベルス」
素っ気なく言い捨てたカイエンの足元から、地面を踏みしめる音が鳴った。思い切り踏み込んだように、地面に響くほど大きな音だ。だが、地面も抉れているのに、その場を動いていない。
踏み込もうとした足を無理に止めた、ように見えた。
ケルベルスもわずかに頭を下げ、四肢に力が漲ったのが分かる。跳ぼうとしていたのだろうか。
どちらの動きも速くて、よく分からない。
カイエンが動こうとするも、ケルベルスはどう動くかを、すでに見切っているようでもある。
四肢がやたらと発達している魔物だ。さすがに反応速度は、獣の方が上なんだろうか。
「あれが、ケルベルス……」
名前を聞いて自然と浮かんでしまうゲームの絵。
でも目の前のものは、面影はあるが、もう別物というくらい異様だ。
ケルベルスは、ゆっくりと回り込むように俺たちの周囲を歩き始めながらも、頭だけはカイエンを真っ直ぐ睨んでいる。
カイエンも正面を取るように、体の位置をずらしていく。
攻撃の隙を伺いつつ睨み合うことに苛立ったようで、ケルベルスは頭を下げて速度を落とす。しかし立ち止まろうとすると、カイエンが素早く踏み込み、突きを放った。
さすがは高レベルの魔物だろうか、瞬時に後退する。カイエンも本気で間合いに入るつもりはなく、跳ばせないための牽制なんだろう。
ケルベルスは素早く、力強い。
瞬間的な速度ならハリスンよりも上だ。まるで巨躯を感じさせないことが、より不気味な存在に思わせた。
ケルベルスとカイエン。両者は息を殺して向かい合う。
隙を窺い合っているのか、俺には分からない動作の騙し合いという戦いの渦中なのか。
俺も、ますます下手に動けない。
ケルベルスの足から伸びる太く鋭い爪を見て、ふと思った。
幾ら高ランクのやつが強くても、ケルベルスを真正面から剣で受け止めるなんて無謀だ。体格が違いすぎるじゃないか。レベルみたいなもんがあっても、人間の皮膚が硬くなるわけではないんだ。
しかも向こうは手数が多そうだ。
今のところ、蛇の尾がどんな動きをするか分からないが、本体とは別の生き物のように動いて見える。
カイエンがケルベルスと同程度に素早く動けたとしても、外せば次の攻撃へ移るために、わずかな隙が生まれる。そうすれば次は躱せないかもしれない。
それに、カイエンが確実に攻撃を当てようと隙を伺っているということは、ただ斬りつける程度では止められないほど硬いんだろう。
だから、踏み込むのに慎重なんだ。
それでも、なんで動かないんだと、頭の中で叫んでしまう。
カイエンなら、もっと動けるはずだろ。
攻撃一つで倒せるんじゃないのか。
どこで聞いた?
そう、ウィズーだ。
特殊攻撃ありきだとしても、上位者だろうと中ランクのウィズーが、一撃で倒せるかもしれない相手なんだろ?
大げさではあっても、ここの奴が見栄をはるわけない。
だったら、カイエンが倒せないはずはないじゃないか。
また舐めプしてんのか?
――違う。
カイエンは、これまで俺といた中で、初めて真剣に魔物と向かい合っている。
それだけの相手なんだ。
でも、おかしいだろ。
違和感と焦りが募る。
なんで倒そうとしないんだ?
なんで、本気で動かないんだよ!
ケルベルスは一足飛びに横へ移動した。それだけで半周し、俺とカイエンの間に位置する場所へ来る。
まるで地面を滑るようなジャンプで、隙が少ない。
合わせるようにカイエンも、即座に俺とケルベルスの線上に割り込む。その動きも、まるで同じ人間の動きとは思えない速度だ。
以前見た、ビチャーチャを倒すキグスの動きと同様に、ぎりぎり目で追えないわけではないのに、気が付けば位置を変えている。
普通なら動きが見えたからといって、決して体は追いつけないだろう。即座に対応するカイエンの身体能力も、やっぱり尋常じゃない。
ケルベルスがかすかに首を竦めると同時に、カイエンは斜め前に踏み出しすぐに逆の手で突きにかかった。
フェイントを入れたのか、たてがみ膜を剣が掠ったが、ケルベルスは冷静に頭を引いたように見えた。
他の魔物のように叫ぶことはなく、低く唸るだけだ。一瞬、その濁った瞳が、俺を捉えたように思えた。
分かった。
ケルベルスが狙っているのは俺だ。
カイエンが外せば、その次は俺だから。
俺がいるから、カイエンは思い切った攻撃が出来ないんだ。
距離があっても、衝撃波っぽい攻撃でなら倒せるだろう。でも、特殊攻撃は多少時間が必要なはずだ。これまで見たときも溜めのような間を感じた。マグ消費のために集中する必要があるからだろう。それを避けられては、次の攻撃が防げないと考えてるのかもしれない。
それだけでなく、特殊攻撃を使う時は俺を下がらせていた。俺では、そういった余波に耐えることもできない。
思考が空回りする中でも、どうにかゆっくりと後ずさってはいたが、さっきのようなジャンプですぐに詰められる。この程度の距離では俺は逃げきれないし、カイエンも特殊攻撃を使えないんだ。
俯いて、ただ拳を固く握りしめるしかできない自分を見下ろす。
「……なんなんだよ、おまえら。名前は下らない駄洒落だし、今までの行動だって、さんざんギャグみたいな存在だったじゃないかよ……」
それが、いきなり、こんな本物の恐怖になる。
こんな場所で、みんなはずっと戦っているんだ。
ケルベルスが大きな唸り声を上げた。
これまでと違い喉の奥からではなく、やたら響いてくる。
「ガルルルゥ」
唸るたびに喉の皮が膨らみ、膜のたてがみは、幾つかの風船が連なった浮輪のように広がっていた。
ケルベルスは動きを止めたように見えた。隙だと思ったが、カイエンは焦ったように踏み込む。
「クソッ……!」
だが、寸前で剣は届かなかった。
ブオンッ――そんな風を薙ぐような重い音が全身を叩いた。
「ぐぅっ……!」
「うおぉっ!」
カイエンと俺は叫んだ。
触れられたわけではない。
魔技による攻撃でもない。
肝が冷える音に、瞬間的に全身の筋肉が硬直したようだった。
なんとかケルベルスに目を向ければ、後ろ足が残像が見えそうな勢いで喉の膜を蹴り、打ち鳴らしている。
まるで猫が首を掻くような姿だが、可愛らしさなど微塵もない。
何十もの太鼓が同時に打ち鳴らされたような重低音に、キーンとした高音も混ざっているようだ。頭を締めつけられるような感覚に歯を食いしばって耐える。
これが、こいつの麻痺攻撃。
飛びかかる寸前にこんなの喰らえば、そりゃシャリテイルも顔面スライディングするだろうよ。
幸いにもカイエンは立ち止まっただけだが、やばい。麻痺効果は音が鳴る間なのか、音が消えてもしばらくあるのかと、胸の奥で焦りが膨らむ。
カイエンが動いた。
「ぐおあああああ……!」
見えない縄を解くように仰け反り、音をかき消すようにカイエンは叫ぶ。腕が隆起し剣を構えなおそうとした。
麻痺効果を自力で無効化したのか!
体勢を戻したケルベルスが飛びかかったところに、カイエンは間一髪で剣を合わせていた。ただ、完全に戻ったわけではないのか動きにキレはない。
切っ先はケルベルスの首を狙っていたが、恐ろしいことに、それを読んだケルベルスは空中で体を捻り直撃を避けた。
「グラアアアアァァアッ!」
それでも、ケルベルスの膜のたてがみは裂けていた。マグの血煙を引きながら、空中で捩った体は、カイエンから大きく外側へ逸れる。着地しようとして間に合わず、体の側面で滑って一転し四肢を広げた。
これで、もう麻痺攻撃は使えないのか?
手のひらを開いて確かめた。どうやら動けるようになっている。
喜んだのも束の間、着地したケルベルスは四肢を突っ張って勢いを殺すが、地面を滑り動きが止まったときには、俺の手前に尻を向けていた。
は、はれええぇ……!?
カイエンは大枝嬢のような愕然とした顔を見せる。
俺も同じ顔をしているだろう。
「ぐぅ……!」
即座にカイエンはケルベルスの眼前に滑り込んでいたが、前足の長い爪がそれを止める。たてがみを傷つけられ、多少は冷静さを失ったようにも見えた。けれど、それだけで扱いやすくなるはずもない。ケルベルスはカイエンへと飛びかかった。
カイエンは力任せに剣を盾のように構えて動きを止めたが、どうにか倒れずに済んだといった感じだ。
「ぐぅ……!」
鋭く凶悪な爪を伸ばした前足が、カイエンの両肩に圧し掛かる。防具の質が高いおかげで砕けはしないが、爪が力を込めると歪んでいく。さっき心配したように、本体が耐えられるはずはない。ただでさえ体格が違うのに、よくも踏ん張れるもんだと思うが、それもどれだけもつか。
極々わずかに俺の頭も動きを取り戻したらしい。今度は頭に血が上り、顔が熱くなっていく。
なんてザマだよ俺は。
さらにケルベルスは後ろ足で立ち上がり、両前足に体重を乗せていく。カイエンの膝が落ち、体勢は今にも崩れようとしていた。
本気でまずい……どうにかしないと!
ケルベルスにはまだ余裕があるのか、それとも別の意志が宿っているのか。
蛇頭が俺を捉えると、するするとうねるように近付いていた。とっさに後ろに下がるも、木に阻まれた。
蛇頭の、本当に見えているのか分からない濁った眼と向き合って、ようやく頭がはっきりしてきた。
速すぎて逃げられない。
逃げられないなら、どうすればいいかって?
俺はアホか。
「戦うしか、ないだろうが!」
なんで、自分自身の命を諦めようとしてるんだ。
なんで人任せにしようとしてんだよ!
動け。動けよ。
誰かがじゃない。
俺が、動くんだよ……!
もちろん正面からは無理だしカイエンの邪魔になる。
だが、頭とは別の意識を持つように俺を狙う、この蛇頭の長い尻尾。
せめて、こいつの気を逸らせないだろうか。少しは犬頭と繋がってればもうけもんだ。
手さぐりで鞘に納まるナイフの位置を確かめた。
こいつで切りかかったところで、俺に当てられるとも断てるとも思えない。
尻尾の先についた蛇の頭が、細い舌をちらつかせたと思えば、口を開けて牙をむいた。体を傾けて必死に避けるも、蛇頭は俺の眼前に向き合ったまま離れない。
そしてしなったと思ったときには、激しい音が耳元で響いた。木の幹を叩いたのだ。樹皮が割れたようだったが、確認することもできない。そのまま、じっと動きを見極める。
所詮は尻尾なのか、攻撃のための動きは蛇のように直線的ではなく、左右にしなる。なら、そこに合わせるしかない。
俺にできることといったら、お前を掴まえることだけだ!
攻撃のため、しなって引いた蛇頭を追うように腕を伸ばす。
打撃が当たる直前で蛇の首に触れた。
「ひゅ……!」
だがそのまま押し切られ、腕ごと胸が潰されたのかと思えるような空気が口から漏れ出る。丸太で殴られたようで、バキンと腕の殻装甲が、胸元で砕ける音が聞こえた。
衝撃で頭が真っ白になる。
だが望んだ指先の感触にだけは、意地で集中する。
手は、蛇の首を握りしめていた。
「ぐうおおぉ……」
指に渾身の力を込める。
シャツのように裂けはしないが、がっちりと食い込んで離れることもない手応えはあった。
今度は俺を払おうとして、蛇は体を引く。その勢いで俺の体も浮いた。
なんて力だよ!
ケルベルス本体との対比で細く見えた尻尾は、実際は腕ほどの太さがあった。
たしか、このくらいの太さがあるニシキヘビだっけ、そいつらに巻き付かれたら人間なんて絞め殺されると聞いたことがあった気がする。こんな化け物なら、なおさらだ。
引き摺られながらも、体に巻き付かれないように思い切り足を踏ん張って上半身を背後へ倒す。体重をかけて、尻尾が伸びきった瞬間を狙い、逆に足を絡ませた。
それでも、取り付いた体は浮いた。
でも持ち上げる力はさすがだが、動きも鈍った。蛇の首を両手で絞めているが、片手をずらしつつ肘の内で締め直す。
俺を地面に叩きつけようと考えてだろう、高く持ち上がったところで動きが止まった。そのわずかな間を狙ってナイフを鞘からわずかに引き抜き、刃を押し当てると両足に力を込め、思い切り両腕を締めあげる。
俺の手を振り払えない程度なら、ダメージを与えられる……はずだ!
効いてくれよ……タロウスープレックスホールド――!
短い毛に覆われた硬い鱗から、ザクリと鈍い感触が伝わった。
「グルァアオオォッ!」
同時に、叫ぶような唸り声が本体の犬頭から上がっていた。少しは影響があったのだと思いたい。
シャーッといった蛇の声は、浮輪の栓を抜いて空気を押し出すような音を残して消えていった。
支えのなくなった俺も背中から落ちていく。
「でっ!」
また尻を打った……それより離れないと。
そのまま地面を蹴って後ずさろうとして、視界は横倒しになる。
何かが足を弾いた。
動きを捉えることもできなかった。
マグが血のように流れる切断面が見え、ケルベルスのわずかに短くなった尻尾が、俺を叩いたのだと悟った。稲妻のような痺れが足から全身を突き抜ける。
「ぎ、ぃい……っ!」
痛みに抱え込んだ足の感触は歪だ。骨が、折れた?
尻尾を制御してたのは、蛇頭だけじゃなかったのかよぉ……!
緊張が途切れて、痛みと焦りが鼓動の激しさを増し鼓膜を叩くようだ。それでも、敵の位置は、見ていなきゃ……。
這いずりながらも頭を上げたとき、ケルベルスの太い前足と首が、宙を舞った。
跳ね上げられた剣身は、日差しを受けて黒地に赤い模様をきらめかせる。
カイエンが、押し切ったんだ……!
赤い濁流が、カイエンだけでなく、俺にも流れ込んでいた。
体に活力が湧く。
一度……二度!
レベルが上がった。
徐々に痛みも治まり、荒い息を抑えるように深呼吸する。
そっと触ってみた足に、先ほどの異常はない。
コントローラーの機能は骨にも有効だったか……。
どっと汗が噴き出る。
運が良かった。本当に今回ばかりは、運が良かった……。
それにしても、この俺が、ケルベルスに傷を負わせてやったんだ。
これまでの、大げさな噂とは違う。
本当に、攻撃を当てた。
「は……はは…………やれた」
やってやった。
これぞ窮鼠猫を噛むだ!
カイエンが差し出す手を掴む。
引き起こされて初めて、あちこち打ち身があるらしい違和感に気付いた。
これ、コントローラーなかったら、相当痛むんだろうな。
「タロウ、歩けるのか? さっきの音はヤバイと思ったが……」
あんな動き回ってる中だったのに音で分かるのか……やっぱり人間離れしてる。
「装備が割れただけだ。ストンリが何かしたみたいだから、それだけで済んだよ」
「ストンリか。あいつはいっつも余計な気を回すんだよな。それなら良かった……なら、急いで戻りたいが構わないか」
緩んだ緊張は一瞬で、カイエンは表情を引き締めると来た道へと足を向ける。珍しいことに急ぎ足だ。
報告もあるんだろうと、よく分からないが慌てて後を追うと、とんでもないことを言い始めた。
「ちと、まずい。ケルベルスは、普段こんなところまで出てこない」
え。
俺は運がいいなどと思ったのは、錯覚だった……?
「悪い」
低くそれだけ言うと、カイエンは俯いてぶつぶつと呟きはじめた。
「やっぱりオレ、連携はダメだな。経験が乏しくて……これじゃ、幾ら力ばっかりつけても……」
「やめろよ」
「そうだな。言い訳だ」
別にただの形式的な返しのつもりはなかった。
カイエンが意外な性格というのも知ったばかりだが、多分それで俺の動きを気にし過ぎたんだと思えた。
俺、カイエンが思うよりも弱いだとか、言い切ったばかりだったな。多分それも思い出したから、すぐには逃げろとか離れてろとも言えず、全部をカバーしなきゃと思ってしまったんじゃないか?
そもそもパニック起こして逃げてたら、とっくに食いつかれてたと思うが。
とにかく、俺が足を引っ張ったんだ。
「違う。死んでたのは、カイエンの方かもしれないんだ。低ランクの奴が勝手な真似するんじゃねえって、怒るくらいしろよ! 先輩なんだろ?」
「……ああ、そうだな」
本気で落ち込んだらしいが、こんなことは幾らでも起こり得ると思う。
いや、もうこんな場所まで俺は来ないし、他の人族だって近寄らせないけど。もし来なければならないなら、鉱山なみの人員確保が必要だろう。
その理由もさ、幾ら護衛だからって、なにも人族を守るためだけじゃないんだ。
体を張って魔物の前に出る奴ら同士が、互いを守る意味だってある。
「それと、一つだけ言わせてくれ。とんでもない魔物相手に、良い戦いも悪い戦いもない。生き残ったなら、それで勝ちじゃないのか。俺は、そう思う」
俺が言っても説得力ゼロ!
「それには同感だ」
カイエンは、顔を上げて気まずい笑みを浮かべる。
今回ばかりはチョロエンとはいかなかったが、少しは持ち直したようだ。
良かった。
お願いだから、こんな場所で落ち込まないでくれ。
「なら、走るぞ」
今のところケダマも見ないが、急いで戻るべきだろう。
俺たちは拠点へと走った。
すぐに別の道へと入り込んで迷いかけた俺の首根っこがカイエンに掴まれ引き戻されるなどのハプニングもあったが、間もなく滝へと戻ることができた。
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