049:暗がりに浮かぶ的
「今日はありがとうございました。では明日もお願いしますね!」
「……はい、お願いします」
片付けと採取作業だけだったというのに、四脚ケダマ相手以上のげっそりした気分だ。
報酬に目がくらんで引き受けたのは俺だから、やり遂げるけどさ。
気疲れだろうか、その晩はよく眠れた。
◇
そして夜が明けると、早々に道具屋フェザンに向かった。
狭苦しい店内にて、一人で開梱しては梱包する作業を続けている。
「これはまとめたから、こっちの箱はバラしちゃおう」
要らなくなった木箱は解体だ。ただ不要になっただけでなく、小汚いとかヒビが入ってるとか難があり危険だと思ったやつだけだ。空間を活用しなければ要らないもんの置き場さえないからな……。崩すのは最低限にするしかない。
必死ながらも心穏やかに仕事は進んだ。
フラフィエがいなかったからだろう。居ると何かしらハラハラするイベントが起きてしまう。とんでもないドジっ子だ。ドジで済むか?
そんな余計なことを考える暇はない。俺の拘束時間は日が沈むまでだ。
昨日は手順の確認と出かけてしまったために終わったから、量が量だけに残り二日で片付くのかといった不安はある。
大方の目星は今日中につけておきたいものだが。あれでフラフィエも見積もりは真っ当にできるらしい。まずは三日で様子を見ようと言われたのは、概ね合ってるように思う。片付ける算段はつけられないのに不思議だよ。
問題は、様子を見て日数を増やすと言われたからって、無駄に伸ばして稼ごうなんて思わないからだ。
世の中には、残業代目当てにわざと仕事をのんびりやって居残る社員がいるらしいと、親父たちの話題に上ったことがあったな。社会に出る前だった俺には、それがどういったことかなんてよくは分からないけど、これだけは分かる。
早く、この、汚部屋ダンジョンから抜け出したいんだ!
箱の山を掘れば掘るほど得体のしれない物体が出てくるんだぞ。金貰っても延長なんかしたくない。進行状況を見れば絶望的だが諦めるか。
仕分けバイトで培った勘を活かすときだ!
黙々と働いていると、花畑でスリバッチに襲われたときの光景が浮かんだ。
とっさに動けたのは今までの経験の賜物だろうと思う。
でも、その後がダメダメじゃん。
睨み合うだけで身動き取れなかったというよりも、取らなかったと思えるんだ。
きっとフラフィエがすぐに気付いて倒してくれると、そう思っていた気がする。
下手に動くとやられると思ったのだとしても。攻撃し返そうと考えなかった。
そうだ、当てにしていた。俺は弱いから、俺より強い奴がいるからって。
それで初めからどうにかすることを放棄するなんて、どうかしている。しかも俺は仮にも冒険者で、フラフィエは一住民だというのに。
もし、なんの反撃も出来ないまま攻撃を喰らっていたら言い訳にもならない。
「まだまだ、心構えが足りないんだろうな」
この仕事を終えたら、南の森で鍛え直すか。
約束通り、日が沈む頃にフラフィエは戻ってきた。
抱えていた、何かを詰めて一杯にした袋を床に置くと素っ頓狂な声を上げる。その第一声に頭を抱えたくなった。
「お? おおおーすごい、です! こんなに床があったんですねぇこの店!」
ぴょんぴょんと小刻みに跳ねながら、驚きと喜びらしき興奮を露わにしているが……自分の店だろうに、いつからこんななんだよ。
俺は、埃から守るべく口と鼻を塞いでいた布を取った。
「無理してあれこれ置くから、傷んでるものもあるし、高い場所にあるものは埃をかぶってる。商品の間隔をとり、手に取りやすい位置に置いた方が良いと思うぞ」
「それは良い案です。で、でも手の届き辛い位置にあるのは何も私だけのせいとも言い切れないっていうか……全部お父さんの背が高いのがいけないんですよ!」
「お、お父さん!?」
俺はこんなでかい娘を持った覚えはない! まだな!
「あっはい、お父さんの店をそのまま継いだので。元からあったものには手が届かないものもあって……」
びっくりした。それもそうか。家族、いるよな普通。
あ、でも継いだってことは今は引退したとか?
引退には、いくらなんでも歳が若すぎるように思うが。
まさか、いや、物騒な魔物がうろつく世界なんだし不幸なことが……。
「私が一通りの物を作れるとなったら、さっさと押し付けてお母さんと二人で旅に出ちゃったんです。ひどいですよね? まあ私は引きこもってる方が好きだから、渡りに船だったんですけど!」
「……はあ、そうなんだ」
随分と平和な理由で安心した。というか大らか過ぎるよ。フラフィエの親って感じだな。
「何を頷いてるんですか?」
「あいや、天井まで商品を並べていた理由が分かって納得してたんだよ」
それにしても高すぎるから、脚立のようなもんがあるはずだ。今日の調子で発掘作業が進めば明日には見つかるかもしれない。
ひとまず、片付けたものをフラフィエに確認してもらい、本日のところは終了することにした。
「それにしても、また、やけに素材を集めてるな」
ていうか素材?
フラフィエが床に置いた大きな袋の口からは、枯れた枝葉が覗いていた。
「良い機会ですからね。マグ自体も材料として使いますし、たまには人頼みでなく自分でも魔物を相手にしないと感覚も忘れちゃいます。っと、はい、今日の分の依頼書に署名しました」
「ありがとう。じゃあ、お疲れさまでした」
「また明日もよろしくですー」
挨拶を交わして道具屋フェザンを後にした。
「さて、今日の仕事はこれで終わりか」
フラフィエから受け取った依頼書を眺めながら、のんびりと通りを歩く。
これをギルドに持って行き金を手に入れれば、少しは一仕事を終えた満足感に浸れるはずだ。
「一仕事か……」
昼にぼんやりと考えていたことが気になって仕方がない。
自分の弱さ加減を認めるのと、日和るのは違う。胸をチクリと刺すような後ろめたさが残ったままだ。
依頼書を道具袋へしまうと、行き先を変えた。
柵沿いをしばらく歩くと足を止め、南の森を見据える。
空は紫色に翳っていき、木々の狭間はすでに暗い。ランタンを取り出し明かりを灯した。
「いつどこで何が起こるか分からない。様々な状況下での戦闘経験は、必ず役に立つはずだ、うん」
俺は左手にランタンを携え、右手に殻の剣を掲げた。
周囲は俺が背高草を刈り取った範囲で広々としている。そのままゆっくりと木々の側まで近付いた。
まばらに生える木の周囲にも下草は生えている。あれも刈った方がいいんじゃないだろうか。なんて考えつつも、息を潜めて影から目を離さずに進む。
完全に森の中まで入り込むつもりはない。この開けた場所で、結界の柵を背にし、カピボー相手に冒険するだけだ。
「さあ来いよカピボー。俺ではなく、この超新生殻の剣・改が貴様の相手だ」
最近ではカピボーごときに飛びつかれたところで、草を刈るように倒すことができる。とはいえ、暗い中を突然に襲ってこられてはドキッとするだろう。
「急に飛び出てくるなよ。絶対に跳ぶなよ」
森へ近づくごとに、声を潜める。
地面に張り付くように生えた雑草を踏みしめながら、剣が届く位置で足を止めると、緊張感も増して喉が鳴った。
「キャシャーッ!」
「ひあああっ!」
来ると分かっていながら俺は飛び上がるんだろうなって、思ってたよ!
「くそっ! どっから攻撃してんのか分かんねえ!」
「ぴギャッ!」
適当に振り回したら当たったらしい。薄っすらと赤い煙の流れがタグへと吸い込まれるのが見える。マグ自体は光らないため確認できるのは体に近い範囲だけだ。
さらに草むらからガサガサと音を立てて飛び出したカピボーの目が、明かりを反射して不気味にぎらついた。体を捻ってそちらを向く前に、カピボーは素早く回り込むように横へと跳ぶ。
こんなところは、ただの動物のようにしか思えないな。
落ち着け。よく見ろ。
大した敵ではない、はずだ。
小さく素早い敵だ。追おうとするな、心の目で見るんだ!
「漫画じゃあるまいし、んなことできるか!」
ブンッと投げやり気味に、剣を一際大きく振ったことで、ポンチョの裾に重みがかかるのを感じた。
「そこか!」
裾を手繰り寄せて、ぶら下がっていたヤツをぷすっと刺した。
「ほう、考えるな感じてみろとはこういうことか」
違うと思う。
「ふぅ、第一波は退けたか。夜間戦闘も、どうにかなりそうじゃないか?」
どうにかできそうな手応えに、引き続き藪をつついてカピボーどもを探って歩いた。
間もなく日が落ち、暗い中を弱々しい蝋燭の灯りだけが辺りを赤く染める。
月の明るい晩だろうと、森の側は暗い。少し大きめの月もどきを見上げた。
「そういや、月も太陽もあるのか。謎世界め」
もちろんといっていいのか星もある。当然、星座なんかは違うはずだが。
別にちょっとくらい世界線を超えたからって、地球と全く隔絶した環境である必要はないな。もし全く名状しがたい世界だったら俺の神経がやばいわ。あれ世界線ってそんな意味か? まあいいかどうでも。
さて、休憩は終わりだ。立ち上がって剣とランタンを掴み直すと暗がりを睨む。
「短い停戦協定だったなカピボーよ」
柵まで一時退避したのは俺の方だが。
夜でも戦える俺カッケーしてみたかったんだ。映画やアメドラの刑事モノとかで見た、ライトと拳銃を持って暗い廃工場内を移動するようなシーンには、ハラハラドキドキしつつ憧れの目で見ていた。何かプロっぽいというかね。
「どだいロウソク燃料のランタンでは無理な話だったのだ……」
撤退を余儀なくされた、先ほどの戦いを思い返し苦い気持ちになる。
ランタンが揺れる度に、火とともに視界も揺れる分にはまだ良かった。背後の物音に飛び上がって急激に動いた際に、幹にランタンをぶつけて火が掻き消えてしまったのだ。火をつけ直すついでの休憩を取っていたというわけだ。
ランタンの金属枠部分が当たっただけで良かったが、ガラスが割れていたら泣くところだ。実のところ、ガラスではなくマグ水晶っぽいから頑丈だとは思うが、試して割りたくない。
「だから、俺は急に大きな動きをしようたって向いてないんだっつうの。地面を滑るように、軽やかに舞え。いや舞うな。小刻みの移動を心がけろ」
それと、叫ばないようにしないとな。魔物が飛び出すたびに驚いていては戦いにならない。
そろそろ妙な悲鳴を上げる魔物が出たと勘違いされそうな心配もある。下手したら騒音問題に発展するだろう。ご近所付き合いは大切にだ。
「キェ!」
「ふくひゅっ……! こ、この驚かすなっての!」
悲鳴を抑えようとして変な空気が漏れたが気にしない。って、今の鳴き声はカピボーじゃないな。
灯りを反射して瞳をぎらつかせる、丸くもさもさした黒っぽい塊が顔面に迫っていた。
「ぅおおおりゃっ!」
「ぷキェー!」
「あ、あぶねぇ! 全く気が抜けねぇな」
こんな場所にまでケダマが来るのかよ。夜だからか?
いや、たまにそんな時はあるらしいことを聞かなかったっけ。
そうだ、大枝嬢から聞いた。なんでいつも俺は、はぐれ魔物と出会うのかって。
いやいや、多分夜だから。全体が藪のようなもんだからに違いない。
暗いと結界が弱まるとか、魔物の行動が活発になるといったことは聞いたことなかったな。今度訊ねてみよう。覚えていたら。
ふと空を見る。
月の位置はあんまり気に掛けたことがないから、時刻がぱっとは理解できない。
あまり遅くなって寝坊するのは困る。あ、それだけじゃなく、洗濯できる時間も気にかけた方がいいよな。水音が迷惑になるだろうし。
「あと一組くらい、カピボーを始末したら終わろうか」
時間といえば、マグ時計があるんだったな。そろそろ買っても良さそうじゃないか?
安くて五千マグらしいが、実際はもっと高いかもしれない。無難に過ごすだけなら無くても困らないが、今の内にそういった道具類を揃えておくと後が楽になるだろう。
フラフィエからの臨時収入を当てにしているのは否めない。
少しでも足しにすべく、これからは夜もカピボーを探し歩こう。
◆
いててて……足腰が痛い。幾ら疲れにくい体だからって、夜に戦うのはやりすぎたか。いつもと違って無理な動きをしたのは間違いない。
でも、おかげで良い経験になったはずだ。
「立て、立つんだタロー……今日を乗り切れば、箱詰め地獄とはおさらばだぜ」
きっちり予定を組むのも大事なことだろうが、今日中に終わらせる気概で挑むんだ!
「ほら気合い入れて終わらせっぞ!」
両頬を叩くと力が漲る。
よっしゃ、俺はこのゲーム「タロウの大冒険~汚部屋のダンジョン」を今日中にクリアしてみせる。腐ったパンは出てきても食べないけどな。
目指せタイムアタック!
汗を拭いながら、必死に取り組んだ。
手を止める時間を一分一秒でも短くと、考えごともしないように集中して、日が傾くまでひたすら動き続けた。
「やれちゃったよ」
店内の箱は片付き、分別済みの箱が裏手の木材置き場に積みあがっている。
積みあげると言っても、後でフラフィエが確認しやすいようにと、低めに積まなければならず場所作りも大変なものだった。
ダンジョンを脱出すると、後半は倉庫の番なパズルゲームとなっていた。使うのは頭より体力任せだったがな。
採取から戻ってきたフラフィエは、店内を見て、ぽかんとした後に戸惑ったまま立ち尽くした。
「う、ぅわあーすごいです。まさか、本当に三日間で終わらせてしまうなんて、考えもしませんでした。ど、どうしよう……」
店内に積むというか詰まっていた箱は綺麗さっぱりなくなったというのに、フラフィエは動揺している。
「まあ、まだ埃が残ってるから、すぐ片づけるよ。だけど、どうしようって、嬉しくないの」
「あっ! 嬉しいですよ嬉しいですとも! びっくりびっくりすぎなんです!」
まさか何か企んでいたんだろうか。
俺は箒を手に取り、床を掃きながらも胡散臭いと疑う目を向けると、フラフィエはボロを出した。
「その、まだ採取に行けるかなぁと、予定を立てていただけで……」
やっぱりか。
俺は精一杯、爽やかなつもりで笑った。
「どうせ休むならちょうど良かったな。片付けの後は再配置があるだろ? 在庫はこの木の台の下に置いてみたけど、陳列や置き場なんかも自分で把握しやすいようにやって貰わないとならないからさ」
フラフィエはあわあわしながら震えている。
後始末を考えてなかったのかよ……。
「ほら、踏み台も見つけたぞ。これで棚にも手が届くだろ」
案の定、高さのある階段状の踏み台が箱の奥地の壁沿いに倒れて埋まっていた。
これならフラフィエでも、棚に商品を並べることができるだろう。さすがに天井までは届かないだろうけど、フラフィエには活用してほしくないというか。
念のため、客としては取り出すのに時間がかかりすぎるし困るからという理由で、最上段には物を置かないようにやんわりと伝えてみた。誰もいない間にスッ転んで大怪我されても困る。
それと、もう場所がないからと箱を追加して積まないようにと念を押した。
もう片付けアドバイザーなど誰がやるか。
それに、二度とこんなディープなダンジョンはごめんだよ。俺はちょっとした段差を飛び降りて死んでしまいかねない某洞窟探検家なみの虚弱な冒険者だからな。
後は、フラフィエが再びダンジョンマスターにならないように気を使ってくれるのを祈るしかない。
「うぅわかりました。はい本日の依頼書です。本当に、終わっちゃうんですか?」
「もう終わったんです」
「ま、また依頼したら来てくれますよね?」
「そりゃ依頼されたら、俺だって冒険者だから請けるよ」
「や、やったぁ!」
両手を振り上げて喜んでいるのを見ると悪い気はしない。
でもな。
「なるべく依頼しないように頑張ってくれって!」
「は、はぃ、努力します。そ、それではまた、何かあればお願いしますね!」
ゴミを溜める恐ろしさが少しは理解できたようだ。これに懲りたら気を付けてほしいマジで。
フラフィエは両手の拳を握りしめると、気持ちを切り替えたように表情を引き締めた。それから布きれを手にして棚を拭きはじめる。
元々は働き者なんだろうな。一つのことに熱中しちゃうだけでさ。
「じゃ、お疲れさま」
すっかり後片付けに夢中になっているフラフィエの背に声を掛けて、店を後にした。
暮れ行く外へと踏み出すと、俺も再度気合いを入れ直す。
「よし、今晩も駆除活動やるか。またロウソクも買い足さないとなあ」
一晩の経験くらいでいい気になれるはずもない。
南の森方面へと足を早めた。
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