030:魔物いづる処

 あれこれ考えた割に、武器選びは無難な結論に落ち着いてしまった。

 剣だ。


 実用の知識なんぞないから、多分、無難な選択のはず。

 俺でも片手で扱うことのできる重さで、今のナイフより刃渡りの長いものと考えたんだ。

 劇的な効果よりも、ミスが少なく済むように現在よりちょいマシくらいが、現実的だろうと思ったからだ。

 それも実際に手にしてみないと分からないから決定はできないし、本職のストンリに相談してみるしかない。


 こうして、ひとまずとはいえ目先の目標を定めたおかげで、気持ちに張り合いが戻ってきた。草を掴む手にも力がこもる。

 ノルマ達成、いける!


 甘かった。


「ええい、そこをどけ!」

「シェッ!」


 カピボーめ、早起きしくさって。

 いい調子で草を刈れていたが、弱い魔物ほど数が増えるんだった。

 まじで繁殖期ってのはうっとうしいな!


 あまりに頻繁に相手してると、段々と殺る気も萎えてくる。

 この後も移動の予定もあるからと、ポンチョを着たままのせいもあった。

 カピボーは飛びついてきても、ごわごわした生地に爪だか歯が引っかかるようで、蠢きながらもぶら下がっているだけだ。


「あーもう面倒……」


 全身に飛びつかれながらも、俺は草刈りを優先することにした。

 そう重くもないし。

 時に、先にぶら下がっている奴の体を踏み台にして、よじ登ってくる奴だけ適当に潰していく。


「カピボーギリースーツか。新しいな。目立ちすぎ。擬装にならねぇよ」


 独り言で焦る気持ちを抑えつつ作業に没頭するも、タイムアップだ。


「草タロウ、貴様の相棒が戻ったぜ!」


 来るな。

 作業は止めずに視線を向ければ、暑苦しい笑顔を張り付けたカイエンが、仁王立ちしていた。

 俺の冷めた視線を受けてか、気まずそうに咳払いしたあと近付いてくる。


「なんだタロウ、草退治かと思えば……魔物で遊ぶんじゃない。ちょっとその服、面白そうだね?」


 物欲しそうにカピボー柄ポンチョを見るカイエンを無視して、刈り終えた草をまとめると、カピボーを駆除する。


「倉庫管理人に報告してくるから、待っててくれ」

「こんな時まで草刈りとは見上げた根性だな」


 俺のテンションは下がっていた。刈れたのは十束だ。

 当たり前だが、ノルマは果たせず。


 まあ、昼休憩の短時間なんだから、随分とペースは上がっているとは思う。

 ナイフの扱いにも慣れてきたらしく、前は掴んだ草を刈り取るのに何度か刃を引いていたのを、叩き切るようにして一度で刈れるようになったのだ。


 報告を終えて戻る途中で、ふと立ち止まった。


「それにしたって、カピボーにたかられながらってのは、慣れすぎじゃないか?」


 自分の危機感のなさに唖然とするが、それだけではなく。


「慣れってのは、何にでも鈍感になってしまうもんなのかな……」


 これこそ、レベルの恩恵ではないかと思わなくもない。ただ、カピボーだと弱すぎて慣れなのかどうかも分かりづらい。


 そうだ。初めにケムシダマと戦った時よりも、今日はよく動けていた。レベル10を超えて、違いがはっきりしてきたといって良いんじゃないか?


 レベルの存在自体が怪しいと思い始めていたし、当てにしないとも決めたが。

 一週間ほどの活動の成果にしては、変化が大きすぎる、気がする。


 ……気がするって言ってる時点であれだな。多分、レベルがあってほしいと望んでるための、思い込みなんだろう。

 ケムシダマの群れを相手にしたときは、カイエンを助けなければと必死だったから、火事場の馬鹿力とも言い切れる。




 草地に戻ると、カイエンは集めたカピボーに飛び込んでいた。


「キェシャピーッ!」


 何を、してんだよ。

 ダイブして自分の体でカピボーを潰したカイエンは、体を起こすと地面に両手をついたまま、唸るような声を上げる


「うぅむ、オレの装備が優秀すぎて、カピボーが引っかかってくれん」


 無視しよう。


「で、今思い出したんだが、今日のところは十分とか言ってなかったか」

「草原の方はな。魔物はケムシダマだけじゃないぞ」


 カイエンは飛び起きると、あっさり切り替えて言った。

 草原以下で俺レベルは、この南の森しかないぞ?

 俺、ギルドで何か聞き逃したか?


「心配ない。こっち方面で、ケムシダマの他に増えて面倒なのは、ケダマくらいのものだ」


 そうだった。

 森の中には、ケダマがいる。

 ケダマの大群……すっげー嫌。


「無理」

「ケムシダマより弱いんだ、オレたちの力をもってすれば、なんの問題もない」

「素早いだろうが」

「いけるいける」

「跳んでくるんだぞ!」

「そうだ、だから遅れるなよ!」

「待てって!」


 人族の鈍足をなめるな!

 森に突進するカイエンを、俺は反射的に追いかけていた。


 森の浅いカピボー地帯を抜ける前に、あっという間にケダマに囲まれていた。


「ケキェーッ!」

「ふんっ!」


 木が密集している場所ではないが、そう開けた場所はないにも関わらず、カイエンは器用に長い剣を振り回しケダマを消滅させていく。

 ただの力押しキャラじゃなかったのか。

 高ランクにまでなるからには、それくらいでないと務まらないのかもしれない。


 考え込んでいる暇はない。

 取り落とさないように両手でナイフを掴むと、俺も前へと走る。

 前を行くカイエンを避けて流れてくる奴らに向かってだ。

 次々と跳んでくるケダマを斬りつけていった。


「おら来いやあぁぁぁっ!」


 これ以上ないくらい必死だった。

 下がれば、後ろから頭に飛びかかられるかもしれないからな。

 これ以上頭皮にダメージを、与えて、なるかよ!


「ハハハッ! タロウ、いい気合いだ! 貴様の冒険者道は始まったばかり。オレたちの戦いはこれからだぞ!」


 これまでで結構です。


 一帯の魔物を、たった一人の冒険者が殲滅していく。

 どちらが魔物か分からんな。


 カイエンの移動はほとんど歩きだったが、それでもかなりの魔物を片づけただろう。溢れているのは主にケダマだが、他の低ランク魔物だって混ざっていた。

 俺はひーひー言いながら、時にカイエンのバカ笑いを聞きつつ、日が傾くまで南の森中をさすらっていた。




 カピボーの気配すら、すっかりなくなったところで、ようやくカイエンから終了の判断が下りた。


「これくらいやりゃあ上出来だ。てゆーかオレもう手足の限界。タロウは平気そうだな」


 俺に合わせて歩いていたのかと思ったが、違ったらしい。剣を持つ手からは力が抜けているように見える。しょっちゅう足を止めていたが、それでも回復しないもんなのか。

 まだいけそうな俺の体が不思議に思えてきた。


 違うな。そもそも、休みなく移動し続けるだけでも大変なことだ。俺も結構、こっちの感覚に馴染み始めているらしい。


「平気じゃねえよ。歩けても、戦闘はとっくに限界だ」

「こっちは歩く元気も残ってないぞ」

「歩けよ。置いていくからな」


 南街道側から森を抜けると、のろのろと街へ向かって歩きだす。


 ひどい一日だった。


 低ランクの魔物相手とはいえ、数が多すぎる。

 昨日の今日で、またレベルも上がったが、喜ぶどころではなかった。

 ……野郎、わざと時々こっちにけしかけやがって。

 そのうちギャフンと言わせてやる!




 ギルドに戻ったはいいが、すげえ混んでいた。俺はいつも微妙な時間に戻るのか、あまり窓口で待ったことがないから、これだけの冒険者がいるのかと驚く。

 早朝から戦闘続きだろうし、いつも以上に報告もあるだろう。

 カイエンの疲れ方を見れば、早めに切り上げるようにしてるのかもな。


 戻っていた大枝嬢の列に並んで、周囲の様子を伺う。


 ギルド職員が、夜の人員について室内に声をかけて集めていた。

 ああ、さすがに交代もして備えるのか。人間と違い、魔物がお行儀よく夜の勤務を控えるはずもない。


 それと珍しく、兵の姿もある。

 こんな時は合同で活動するよな。ただ数人だから、連絡係とかだろうか。


 いきなりの大イベントだったが、緊急時の活動を早い内に体験できたのは良かったのかもしれない。

 しかし、いつまで警戒すればいいんだろうな。


「繁殖期ってどのくらい続くんだ」

「数を減らすまでだ」

「そんなもんか」

「そんなもんだ」


 ふざけたように答えたカイエンだが、窓口を向いたまま答えた表情は硬い。


「何か、あるのか」


 言いすがるのもどうかと思ったが、この緊急の状況下で見逃せる反応でもなかった。高ランク者が考える懸念ってなんだよと思うと不安になるだろ。


「ほほぅ。誤魔化されないか」

「ふざけるのは時と場合を考えろ」


 魔物に囲まれた中でふざけるような奴に、伝わる気はしないけどな。


「ふざけてないさ。高ランクの仕事について考えていた。オレの仕事だ。他のランクには関係のない仕事だからな。それだけだ」

「高ランクの仕事ってのは極秘なのかよ」


 口を引き結んだまま、値踏みするように見下ろすカイエンを、俺は睨み返す。

 別に睨む必要はなかったか。


「シャリテイルが、タロウは物知りよぉと言っていたから知っているかと思ったが違うのか。あぁ偏りの差がジェッテブルク山なみとも言っていたな」

「……シャリテイルは、誰にでも俺の悪口を言いふらしてんのかよ」

「悪口? ほめてたぞ」


 どこがだよ!

 って、はぐらかされたんだろうか。


「秘密でもなんでもないけどな。繁殖期が終われば、仕事が入るだろうと考えていただけだ」


 明確に言えないから、言わなかっただけ。それなら言い淀むのも仕方ないが、結局何をするんだ?


「魔泉探索だよ。遠征討伐だから、準備にも時間を取られるし、面倒で気分も盛り下がるってもんだ」


 ません? 遠征して討伐? 探索なのか討伐なのかどっちだよ。

 全く見聞きしたことのない情報だ。ゲームの中でって意味だが。


「繁殖期前後に魔物が生まれることが多い。近々呼ばれるだろうと思ってな」


 魔物が生まれる?

 そりゃ、これだけ日々討伐しても魔物がいるんだ。

 邪竜がいなくとも生まれ続けているってことだよな。

 生まれる場所が決まっている?


「魔泉から、魔物が、生まれる……」

「すまん、不安になる場所だろ? だからあまり口にしないだけだ」


 俺が不安そうに見えたのか誤魔化せたようだが、これって知らないとマズイもんだったような気が……。


 なんだ、それ。

 他の違いは、まだマイナーチェンジってな感じがあった。だけど、魔物がどうやって発生するかなんて、説明書にすらなかったぞ。結構細かなところまで設定が書かれていたというのに。そこだけ、邪の質を持つ魔素から、魔物が発生すると書かれていただけだ。

 おおざっぱに言えば、それで合ってるとは思うけどさぁ。


「いや、ありがとう。出るときは、まあ気を付けてくれ」

「おぅよ!」


 軽いな、おい。

 珍しいことでもないのか?


 てっきり、この付近から出ないんだろうと思い込んでいたのもある。

 高ランクの場所は、山周辺だけじゃないのか。


 実際の世界ってのは、線で区切られているわけではない。

 分かっているとはいえ……知れば知るほど、俺の知らないことだらけのようだ。




「タロウさん、カイエンさん、お疲れさまでしタ。特にタロウさんは来たばかりだというのに、初めての体験続きで大変だったでしょウ」


 繁殖期だけでなく、人と組むことだよな?

 強くとも性格に難ありの奴と一緒で、別の意味で不安でした。


「まぁ、どうにかなりましたよ」


 ハハハとぎこちなく笑ってしまう。文句は強く言えない。


「コエダっちの言った通りだったぜ。タロウの、あの大回りの動きは、見せてやりたかったなあ!」

「余計なことを言うなよ!」

「褒められたからって照れんなよ」


 小さく叫んで反論するが、俺の怒りの眼光は全く届いていないようだ。

 大枝嬢もぐんにゃり笑って相槌を打つ。


「タグの記録を拝見すれば、一目瞭然ですヨ」


 それは無理やり片付けさせられた結果だ!


 基本はやかましい冒険者たちだが、突如背後の会話がひそひそ声に変わり、つい耳を傾けてしまった。


「聞いたか。あの、カイエンが、堂々と人を褒めてるぞ」

「ああ、この前もやけに絡むと思ったが」

「あんな、笑って相手を認めるとは……」

「一体、タロウは、どんな手を使ったんだ?」


 なにか、おかしな勘違いが起こっているような気がするが、耳を塞ごう。

 俺の事じゃない、似た名前の誰かだ!


「では、タグをお返ししまス。タロウさんのお陰で、早期対策がかないましタ。また何かあればお願いしますネ」

「は、はい。それでは」


 挨拶もそこそこに、タグを受け取ると、そそくさと窓口を離れる。

 カイエンも踵を返したが、扉の手前で呼び止められた。


「おっと、草タロウ。残念だが、貴様との仕事はここまでのようだ」

「とっくに終わってっから」


 カイエンが手を軽く上げるのが見え、そちらを向く。近くのテーブルから、へらへらと笑う数人が手を上げ返していた。

 そういえば、あれがカイエンのパーティーなのか?

 一人だけ派遣されたのは、力量を考えればオーバーキルだし頷けるが、どこか妙だ。

 岩腕族や森葉族とバランスを取っていて、他のパーティーとの違いはない。そう、でもバランスが悪いと感じたのは、装備の違いだ。カイエンも金をかけていると言っていたが、それがド素人の俺でも目を惹かれるようなものだ。

 席にいる奴らも、さらに周囲の奴らに比べれば、年季が入ってるし高価そうな装備に思えるがカイエンほどではない。ま、ただの趣味かもな。

 つい考えこみそうになるのを、挨拶で遮られる。


「んじゃ、またな!」


 二度と機会がないことを祈る。

 と心で言いながら頷くと、カイエンらと別れてギルドを出た。


「あーあ、今日も洗濯が大変そうだな……魔素パワーっで楽々お洗濯~」


 ケムシダマ対決で、全身に粘液のぽつぽつした染みが出来てしまっていた。

 憂鬱を払うように適当に節をつけて歌いながら、暮れ行く路を急いだ。

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