021:ギルドで絡まれる

 フラグか。

 フラグだったのか。

 頭は自然とかばうものだしねハハハ。

 なんて言ってた奴は誰だよ!


 ケダマめ……まさか、あそこまで気ままに跳ね飛びくさるとは。

 

 やっぱレベルは感覚だけなのか?

 もしゲーム通りにレベル6だったなら、もうちょとマシに動けているはずだ。

 想像以上に、種族特性による補正は厳しいらしい。


 とぼとぼと持ち場へ戻り、後は大人しく草を刈り、必死にカピボーをタコ殴って過ごした。




 その日は体を引き摺るようにして街へ戻った。精神的なものだ。

 ギルドへ踏み入れたとたん、入口の近くにいた男が叫んだ。


「不動にて緑薙ぎし者来たれり!」


 なんの呪文だ。

 知らず俯き気味だった顔を上げる。

 まるで周囲に注意をはらっていなかった。そんな時に限ってだ。


 いつも遠巻きに様子を窺うだけの冒険者たちだが、俺とは住むランクが違うからか、彼らの視線に非難や侮蔑の色を感じたことはない。

 冒険者ゆえの警戒心が、ただ入口をくぐる者へと自然に目を向けてしまう習慣なだけか、もしくは俺を傷つけないように気を使って、そっとしておいてくれているのだろう。なんて大人なのだろうか。


 なんて思っていたが、今日は俺が姿を現したのに気づいた奴から、キターとか指差して騒ぎだした。


「おっ地元住民期待の新人が戻ったぞお!」


 俺に、声がかけられた?

 自意識過剰だと、つい後ろを振り返ってみたが、俺しかいない。


 ガハガハと笑う冒険者達に動揺して、足を止めてしまっていた。


「グラスリーパーだ」

「よお、今日は草を抱えてないのか?」

「でもあちこち葉っぱくっつけてるぞ」


 グリムリーパーって死神がいたよな。命を刈るっていう。

 この世界にそんな話があるとは思えないから、草刈り人ってまんまの意味なんだろう。翻訳機能どうなってんだ。


 手を叩いて喜んでいるやつもいる。いや嘲笑っているのか?

 ど、どういうことなんだよ?

 俺の気持ちとは裏腹の、陽気な声が不気味だ。


「なにを驚いてんだ。お前さん、瞬く間に農地では話題の冒険者だぜ!」

「ああ、一日であんな量の草を刈り取る奴なんざ聞いたことがねえ」

「五十束だってなぁ! その半分だっていやしないぞ!」


 正確には四十五束だ。

 おいぃ昨晩のことだっていうのに、もう広まってやがるのか。だからって、そんな騒ぐようなことかよ。

 ふと大枝嬢の大げさすぎる労いを思い出した。あれ、本心だったの?


「根枯らしミノタロウってなぁどうだ」

「ださいだろ。草の波間に漂いし魂を導く者って方が格好いいとおもう」

「長くね?」


 ミノは余計だっつーの。

 何かをこじらせている奴もいるな。


 え、いったいなんなんだよ。キョドってしまうだろ。

 こんなに気安く声をかけられたのは初めてだ。俺のことはそっちのけだが。


「おい、通せ。道を開けろ!」


 固まって立ち尽くしていると、人垣の向こうから、一際大きく男の声が響いた。

 失敗した。さっさと窓口へ逃げていればよかったんだ。

 こうして冷やかされるほど目立ったなら、気にくわないと思う奴が出てきてもおかしくない。元々非難する理由はある。


 動こうとしたときには、すでに男は人垣から抜け出すところだった。だが、その行動のちぐはぐさに、また立ち止まってしまう。

 声の主は、本当に横柄な口調を発した本人なのかと思うほど、ぺこぺこと頭を下げつつ、人垣を両手で丁寧にかきわけて出てきたのだ。


 眼前に立たれて、男を見上げる。

 他の冒険者たちのように面白がっている様子はなく、眉間を寄せて見下ろす金色の目は眼光鋭い。


「お前が、ご近所で評判の冒険者か」


 なにか聞き覚えのある声だ。知り合いなんかいるはずないし気のせいだな。


 他の奴らもゴツイが、踏ん反り返って立つこの男は、それ以上に思える。背も俺より頭一つ以上高いが、他と並んでもやや飛びぬけているせいだろうか。

 体付きも劣らずで、全身が筋肉で太すぎるということはないが、無駄なく鍛え上げられているように見える。わずかに歩いて見せただけだが、力強さだけでなく滑らかに動く身のこなしからも、そんな風に思わせられた。


 浅黒い肌のてっぺんには、溶岩のように赤い髪がぼさぼさっと広がっている。いわゆる重力に逆らった髪型だ。ろくな整髪料なんて無いだろうに、こんな髪質だとしたら……髪で魔物が倒せるんじゃないか?

 要するに、炎天族らしく、いかつい男だ。


 ただものではない。

 いや、俺からしたら、ここに居る奴らは全員そうだが。

 つい黙り込んでしまい、そいつは苛立ったように口を開いた。


「今日も草の討伐か? ご苦労なことだな」


 その言葉で、数日前に、そんな風に声をかけてきた冒険者がいたと気付く。

 あの時すでに、俺は目を付けられていたのかよ。

 こんな奴に敵う筈もない。それどころか、あのカピボーを倒していた子供達にだって。


 思い出すと、情けなさと悲しさが、ケダマとの戦いで沈んでいた気持ちをさらに落ち込ませる。

 早く帰ろう――あのボロ宿へ。


「待て、人族のくせに冒険者を始めた男だなと聞いているんだ」

「ああ、そうらしいな。知らなかったもんで」


 早く移動したい。ここは、何事もなかったように振舞うのが一番だ。

 俺は会釈して男の横を通り過ぎようとした。

 だが窓口へ向かう俺を、でかい体が回り込み行く手を遮った。


「待ってくれ。おまえが草を刈りし者だろう?」

「確かに草刈りの依頼は受けてるよ」


 なんだその言い回し。知ってるだろうに何なんだよ。


「やっぱりおまえだろうが!」


 ビシッと指を突きつけてきた。

 なにこいつめんどくさい。


 いつもなら、こんな怖そうな相手に、ぞんざいな態度など取らない。窓口への報告も諦め、振り返りもせずにギルドから逃げ出していたかもしれない。

 だけど頭は、宿代と草とケダマで一杯だった。ケダマは余計だ。想像から切り離す。

 生活は人を強くするらしい。草が金に見えるなんて末期だな。


「そうです。じゃ報告があるんで」

「あの、まってください」


 上半身を折り気味にして、揉み手をする勢いで俺と向かい合う炎天族の男。

 俺の理解力は停止した。


「す、少しお話をうかがっていただけないだろうか。先達の言葉には聞く価値があるとオレはおもうんです。これでも高ランク冒険者だし損はさせません」

「ええと、まあ少しでいいなら。なんのご用件ですか?」


 目の前で男はパアッと顔を輝かせた。

 今はこいつに意識を向けていよう。気味が悪いし。

 威圧的に話しかけてきたと思ったら腰が低いし、何がしたいんだ。


 待てよ、高ランク冒険者……って、めちゃくちゃ少ないんじゃないの?


 頭でゲームのマップを思い浮かべるに、大抵のクエストの場所は中ランクに分類されるだろう。高ランクに該当する場所はごくわずかだ。

 そんな人が俺のような小物に、なんの用があるというのか。


「高ランクっすか。知らなかったとはいえ失礼しました。俺は最低ランクです。高ランクの方とは、ご一緒することもないでしょう。それでは」


 さすがに周囲で見守っている野次馬たちの手前、格上の相手に礼儀を示さないのはまずいだろうな。

 正面から一礼すると、今だと窓口へと駆けよろうとした。


「えっ、おいっ! 少しすぎるだろ! まだ何も話してないぞ!」


 即座にすっ飛んできた。

 タロウはにげられない!

 すごい必死だ。くっ窓口が遠い。はたして俺はこの迷宮を脱出できるのか。

 助けて大枝嬢!


「いえ、お話が終わったのかなあと」

「そっか勘違いさせちゃったか。では仕切りなおして改めて名乗ろう。知ってるかもしれないが、オレはカイエン・ファイリーだ!」


 また踏ん反り返って片手を腰に当て、もう片方の手は親指を立ててピシッと自身に向けている。

 泣きたくなっていたが、その名に憂いは飛んだ。


「え、あんたが……ご丁寧にどうも、タロウ・スミノです」


 言いかけて、慌てて言葉を止めた。

 ここでは知らなかった。でもゲームでは、見た。


 炎天族はみんな似たような頭に体格だからな。

 改めて衣装を確かめる。

 黒い蛇柄のような表面を持つ革製鎧で統一された装備は、鎧というよりはライダースーツのような趣だ。でも肩当て肘当てはあるが袖はない。

 同様の黒い鞘には、幅広の両手剣が収まっている。刀身は恐らく赤みがかった黒のはずだ。


 他の冒険者たちに、ここまで統一された装備のやつは見当たらない。

 この格好に武器を持つ者といえば、今聞いた名前のキャラで、ゲームの中では前衛役だった。力をつけて物理で殴るの代表で、雑魚では前線での酷使ナンバーワンキャラだ。

 仲間に出来たら心強いキャラだった。終盤の手前までは。


 雑魚限定なのは、まあボスは特殊スキル持ちが多いからね。仕方ないね。

 しかしこうして本物、といっていいのか分からないが、目の前に立っていると恐ろしいな。とうてい気軽に雑魚と戦えなんて指示はできない。俺が雑魚だ。


 思わず感心して見入ってしまった。

 カイエンはいい気になっているようだ。


「ほほう、来たばかりだってのに、すでにオレの名が知れてるとはな」


 なに照れながら言ってんだよ。知らねえよ。ここではな。

 しかもさっき自分で知ってるかもとか言ってただろ。

 そこで精神疲労はピークに達し、忍耐力は消えた。


「つーか、今まで遠巻きだったのに、なんでいきなり絡んでくるんだ」


 馬鹿馬鹿しくなって直球で文句だ。

 なぜか、カイエンだけでなく他の奴らの目まで泳ぎだした。


「え、だって。なあ?」

「いやぁ……その、『私が尋問予約してるんだから先に話しかけちゃだめよぉ!』なぁんて、シャリテイルが息巻いてたからよ」

「ぐっは、なんだ今の裏声!」

「似てる似てる! おめぇ、そのスキル磨け?」

「ぅるっせえな!」


 うっわ、マジで似てたよ。むさ苦しい野郎のシャリテイル口調。きめえ。

 つい気が削がれたが、彼らが大人なのではなかった。


 シャリテイルのやつ何をしてくれてんだよ!

 俺がぼっち人生計画を立て始めていた理由は、お前のせいだったのか!


 俺から話しかけることもなかったのだから、公平な言い分ではないな……やめとこう。

 思わずため息が漏れた。


「はははっ。シャリテイルのおかしな行動はいつものことだからな。気持ちはわかるぜ」


 脱力した俺に、共感めいた言葉が投げかけられる。

 どれだけの住民を毒牙にかけているんだ。


 続いたシャリテイルの話はひどかった。

 その後、尋問は終わった用済みだなどと知らせが来たらしいが、タロウは頭が固いとか頭の半分は謎知識でできているとか秘境から湧いて出たから仕方がないとか……なんかもう、散々言ってくれちゃってた。


 じゃあ解禁されたから話しかけてきたのかと思ったが、別に無理してシャリテイルに付き合っていたわけではなく、すぐ辞めると思われていたからのようだ。


 それが草刈り新記録で盛り上がったから声をかけてくれたと。

 分かった……。よく分かったから、もう解放してほしい。

 今こそ自分を売り込むときなんだろうが、居たたまれない気持ちが先立った。

 そろそろと窓口へとまた一歩後ずさった俺の動きは、不意に肩を掴まれ止められる。


「おい、てめえ!」


 うるせえ。近くで叫ぶな。

 ビクッとしつつ、振り返るとカイエンだ。

 そういや、こいつなんで話しかけてきたんだっけ。


「怪我してるじゃねえか! お前らその席空けろ!」

「えっ怪我?」

「はいはい。ほらよ」

「えっいや、ちょっと。大した怪我でもないから……!」


 瞬く間に人垣が割れ、押されて椅子に座らされた。

 服に染みはなかったと思うが見落としたのか。


「大した怪我でもないって、髪に血が固まってんぞ」


 ああ、そっちがあったか……。

 黒いから分かり辛いだろうと思ったが、上から見下ろされる身長差だ。


「どこいったかな回復薬。確かまだ残ってたはず。あったあった。ほら動くなよ」


 カイエンは得体の知れない物が詰まった小汚い道具袋を漁り、手のひらに収まる、黒く丸い入れ物を取り出す。汚れてないかそれ。


「痛くないから平気平気」


 俺が嫌な顔をしたのを勘違いしたのか、そんなことを言ってベタリと塗られた。

 塗られたところがひんやりする。


 え、回復薬って、塗り薬?

 ゲームのアイコンでも黒く丸い絵だったが、薬というから丸薬だと思っていたら、入れ物だったのかよ!


 俺は思い切り息を吸い込むと、勢いをつけて立ち上がった。


「もう大丈夫だ。戻って洗いたいんで」

「なにぃ洗うだと? せっかく塗ったのにもったいない」

「代金はいくらだ」

「そんなカリカリするなよ。うまくいかない日は誰にだってあるさ。な?」


 勝手になぐさめんな!

 こいつ一体なにをしたいんだ?

 

「ちっ、怪我してる相手に勝っても意味はねえし。決着は次回に持ち越しな」


 なんの決着だ。今まで突然始まった周囲のお喋りを聞いてただけだろ。

 一々ツッコミするのも疲れてきた。


「わざわざ薬までありがとう。それじゃ」


 これを貸しにして無茶を押し付けられるのか?

 などと不安にもなったが、話のネタにしたかっただけだな。

 そそくさと報告を済ますと、出来る限りの早足で出口へ向かった。


「よく休めよ草原の支配者!」

「お疲れーっす。無理すんなよグリーンカッター」

「また明日なー草刈り魔タロウ!」


 色々言いたいが我慢だ。早くこの場を去らねば。

 おい最後の。誰が魔タロウだ。

 そんな異名はいらねえんだよ!

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