物語を紡ぐ

遠堂瑠璃

第1話蒼い木の実は魚の象

 リリオは、猫科の少年だ。

 リリオは、僕の部屋の屋根裏に棲んでいる。

 リリオは、チャコールグレーのサバトラ柄で、グレーブルーの綺麗なアーモンド形の眼をしている。


 リリオは肉や魚よりも、クランベリーやレーズンのライ麦パンを好んで食べる。

 死んだ生き物の臭いが嫌いなのだそうだ。

 リリオは、アーモンドやクルミも好きだ。

 綺麗な眼を細めて、嬉しそうに食べる。


 リリオは毎晩、屋根裏の小さな窓から覗く、白い月を眺める。

 リリオは、本当に月が良く似合う。

 月の淡い光を全身にまとい、リリオの毛並みはキラキラと夢のように、まるで銀河のように綺麗だった。

 リリオの象が、幻のように僕の瞳の中で揺らいだ。

 確かに、リリオはそこに居るのに。

 月の下のリリオは、いつでもそうなんだ。


 何処か遠い国で起きた戦争が原因で、タールのように真っ黒な原油が青い海に流れ出した。

 たくさんの海鳥たちが、白い羽根を原油に汚され寒さに震えている。

 青いリンゴのラジオが、何でもない音楽のようにニュースを伝えた。

「どうして人間は、戦いを続けるのだろう。この星に棲んでいるのは、人間だけじゃないのに」

 その夜、リリオがぽつりと云った。

 大好きな、クランベリーのライ麦パンをかじりながら。


  月齢12.7   月の出16:21  月の入3:17


 月が隠れるのは、僕らの眠る夜半過ぎ。

 いや、リリオはきっと、起きたまま眠らずに月を見送る。

 だってリリオは、月で生まれた猫科の少年だから。


 いつからか、リリオの屋根裏にプラムという猫科の少女がやって来るようになった。上半身はまるで雪のように真っ白で、下半分は夜の闇のようにしっとりと黒い。

 眼は、地平線に浮かんだ真っ赤な月のような色をしていた。

 綺麗な娘だった。


 私も、死んだ生き物の臭いは嫌い。

 プラムもそう云って、リリオと同じものを好んで食べた。


 二人の並んだ姿は、うっとりする程素敵だった。

 リリオとプラムは毎晩月を眺めながら、風のように語らい合う。

 僕の知らない言葉で、月が隠れてしまうまで、ずっと。

 僕は、二人が羨ましかった。

 だって僕はじきに眠くなり、月が沈むまで起きている事ができないから。


 プラムが死んだ。

 風の強い下弦の月の夜に、車にはねられて死んだ。

 歩道の端にはね飛ばされ、白い毛並みを真っ赤にして死んだ。

「どうして人間は、車なんて造ったのだろう。せっかくきちんとした、二本の足があるのに……」

 明け方リリオが、僕に背を向けたまま、小さく独り言のように云った。

 窓の外には、怖いくらい冷たい細い月が浮かんでいた。

 

 月齢27.0


 リリオは、涙を持っていない。

 だから、どんなに淋しくても、只じっと静かに月を見ている事しかできない。

 夜風の中に、月の泣き声が聞こえた気がした。


 桜が咲き始めたある日の青い満月の夜、リリオは屋根裏の窓を飛び出したきり。

 それっきり、帰ってこなかった。


 月齢14.7

 

                      ❬END❭

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